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70話 肆使の力

 ゆっくりベッドに横になって、イヤホンで曲を聴きながら静かに過ぎる時を満喫する。これほど素晴らしい時間が他にあるだろうか?

 森や山の中ならなお良しだ。庭に餌を置いておいて、それを食べに来る鳥を眺めながら自分は茶菓子を食べる…隣には見たい雑誌や漫画が並べられていて、いくら読んでもなくならない。

 そんな生活がしたかった。それは今も昔も変わらない…


 それが叶うなんて…そんなわけがないだろ!!



 気がつくと、俺はその「俺の理想郷」にいた。部屋には西洋風の、しかし日本人でも落ち着くような雰囲気を醸し出し、暖炉には赤い火が光り輝いている。

 目の前には庭があり、木々の隙間では小鳥たちが楽しそうに囀り、俺はそれを見ながら隣にあるティーカップに手を伸ばす…

 今まで、俺は何をしていたんだ?思い出そうとしても、狙撃手を倒してからの記憶がない。

 もしかしたらもうあの戦争は終わっていて、何かしらの力を使って前世の世界に戻ったのかもしれない。それにしては、時が過ぎすぎている気がするが…よく分からないけど、一旦ここを出てみるか。


 俺がいた部屋は、一階の玄関前にあった。すぐに建物から外へ出ると、少し肌寒い風が俺の前を通り過ぎていく。俺が出てきたそこは、見覚えのある建物だった。だが、名前は思い出せない。


「……少なくとも、ここは日本みたいだな」


 外に出ると、その旅館の名前が漢字で書いてあった。「旅館 深氷」…小さい頃、祖父母とよく来ていたところだ。俺にとっての理想郷は、昔からここだったんだ…

 しかし、なぜ急にこんなところにいるんだ?キュラゴクス、ラナリリスは?頂上遊宴(ヴィクター・レガリア)はどうなった?


(そんなことは、考えなくてもいい…俺はただ…幸せになればいい…)


 …?そうだ、確かにその通りだ。俺はあの部屋にいると、何もかもを忘れられてただ幸せになれる。それだけで十分じゃないか。


(起きろ、バーザール。嘘偽りに満ちた幸せに、溺れるな)


 そうだ。俺はあの戦いの最中に…


(全て忘れて、目の前の幸せに飛び込め…)


 戦いって、なんのことだ?俺はただ、今までもこれからもここにいるだけだ。


(起きてください、バーザール様…あなたが必要です)


 聞き覚えのある声だ。妙な懐かしささえ感じる…ラナリリスか?


「起きろ…起きろ。起きろ、バーザール!!」


「はっ!!」


 顔を上げてすぐ目に飛び込んできたのは、2人の背中だった。その顔が向いている方向には、数多の敵がいる。2人は俺を守りながら、この大量の敵に耐えていたのか…俺は寝起きのまま、地面に槍を忍び込ませる。


おはようございます!(全てを突き刺そう!)待たせた、、2人とも!」


 そうだ、俺は…あいつと戦っている時に眠らされたんだった!宙に浮いているその敵は、こちらを見ている。のか…?

 やつには、頭がなかった。頭があるべきところには剣があり、関節は布によって見えないがおそらく存在していないだろう…


「起きたのか…覚悟が決まっている、いい証拠だ。さあ、もう一度かかってこい!もちろん、本気を出せよ?それでようやく、相手になるんだからな!」


 俺たちはそれを聞き、三方向から同時にやつへと斬りかかる。俺は頭の剣目掛けて、刀を振り下ろす。


「うおおおおおお!!!!」


 だが、その剣頭の人間は逃げるそぶりも見せず、体を大の字にしてただ寝ているだけだった。いける………倒せる!


「仕留めるぞ!!」


「ああ、これで…おしまいだ!」


 行けるはずだった。しかし、振り下ろした刀がやつに触れる直前に、無から剣が生まれる。剣…?!俺が驚いている隙をついて、その剣は俺へと向かって斬りかかってきた。

 俺は咄嗟にそれを受け流し、後退りながら2人の方を向くと、ラナリリスとキュラゴクスも同じように剣に退けられているのが見えた。あいつ、なんて技を持っているんだ…!


「はぁ、残念だ。どうした、バーザール?オマエもできるんじゃないのか?」


 俺ができるのは、槍を動かすだけだ。どうやってこんなにリアルに動かせっていうんだ…!しかも、追われている状態で、だぞ?!

 奴はゆっくりと起き上がり、この場を後にしようとしている。まずい、このまま取り逃すわけには…


「バーザール様!この剣は私たちが対処します!彼を止めてください!」


「……わかった!」


 俺は魔気を持っている刀に押し込む。刀は青色に光り、小刻みに震え出した。よし、このまま…


「動け!そして刀よ、やつを切り裂け!!」


 成功したのか、刀は一直線にやつの背中へと飛んでいく。やはり、すんでのところでまた剣に防がれるが…今回はそうはいかない!当たった剣はそのまま粉々に砕け、俺が力を込めた刀は止まることなくもう一度やつに斬りかかる。

 

「はは、面白い!刀でくるか…!それでは、こちらも行かせてもらうとしよう!」


 それが聞こえた瞬間、やつの首の上にあった剣が消えた。瞬きをする間に、それは俺の目の前にくる。


「くっ……」


 俺は咄嗟に槍を生み出して、斬りかかってきたやつの剣を防ぐ。しかし、一本如きでやつの頭が止まるわけがなかった。俺は翼を生やして後ろへ下がりながら槍をどんどん生み出し、奴の剣から逃れていく。






 どれだけ斬り合っても、どれだけ剣を防いでも戦況は一向に変わらなかった。


「バーザール、オマエは覚悟が決まりすぎだ…見ろ、あの2人を。疲れ果てて、今にも剣に貫かれそうだ!かわいそうに…」


「ふざけるな…」


「このまま少しずつ死んでいくのか…見ているこちら側も、忍びない。彼らには、優しい死を与えよう」


 「死」に、優しいも何もねえよ…!焦って奴の元へと行こうとすればするほど、奴の剣は鋭さを増していく。


「何を、するつもりだ…?」


「オマエは、お前達は、俺の厚徳載物の精神によって、その命を繋ぎ止められていた……肆使である我、ここに、一瞬でお前達を安らかな『死』へと導くことを誓おう」

「さらばだ、ドラゴン」


 その声が聞こえた瞬間、俺の視界は横に傾いて地面へと向かっていった。力を入れようにも、入らない………?

 その一瞬で俺の体は、見るも無惨な様子へと成り果てた。四肢はもげていて、周りには子が使ったおもちゃの如く手や足が散乱している。

 くそ……俺は腕や足を再生していくしかなかった。こんな状況でも再生できる、ドラゴンの生命力には驚かされる…


「そう焦るな、バーザール。俺が責任を持って、彼らを葬る」


 踏ん張りながら顔をラナリリスの方へ向けると、奴の手が剣へと変化しているのがわかった。まずいまずいまずい……!早く、早く再生しろ!!

 俺の願いも虚しく、奴は2人の前へと辿り着いた。2人は剣との戦闘に疲れていて、抵抗する手段を持ち得ていない…


「やめろ!!!」




 剣が振り上げられ、2人に向かって振り下ろされた。


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