44話 敵国と俺の狙い
「核投下地点の都市は、完全に消え去ったのを確認した。それと、護衛に付いていたElf Schreckenの1体が死亡。何者かに攻撃されたようだ」
ホガ=ドルナ公国の対ゲリシュト作戦司令部に、報告がくる。その部屋ではモニター地図を広げ、会議をする数人の人が見受けられた。
「そして、中心部に何かデカいのがいたと聞いた。今、その正体を確認している」
「そんなことは重要じゃないだろう。次だ、次」
「オーディスでの暴動はうまく行っているようだ。運が良ければ、政府も占拠できるかもしれん」
「……了解した。ファラウルはどう動いている?」
「予想通り、参戦してきた。理想的な耐久期間は、9か月と言ったところか」
9か月以内にゲリシュトを崩壊させ、ファラウルを叩く。この場にいる全員が頭に想像したことだった。
少しの間包まれた静寂を、新しい情報がかき消す。
「報告です!核開発用として立入禁止区域で使用していた施設に何者かが侵入した模様です!ほとんどの人間が殺され、データも盗まれました!」
「………なに?」
「そして、核爆弾の爆心地にいた大きな動物は…ドラゴンである、と判明しました……!」
「色々想定外が多いな………それで、ドラゴンはどうなった」
「汚染と膨大な核エネルギーがあり、生存は困難と思われましたが……数十分後に空中を移動中の熱発生源を確認。人数人分以上であったため、おそらくはドラゴンであったかと」
「現段階の我々の最高火力を耐えるのか。敵に回したくない相手だ」
「いや、そもそものSchreckenたちとの交渉条件を考えれば、別に悪くない存在と言える」
「それでは、こちら側の利益が出ないだろう!」
「双方、矛を収めよ」
部屋全体に声が響く。その声は、肩に重くのしかかる。
「今貴様らが話すべきはそれではなかろう。建設性のある話をせよ」
「「……承知いたしました」」
「この場にいたとしても時間の無駄のようだ。私はこれで出るとしよう。引き続き、会議は続行せよ。いい知らせを期待する」
「はっ!」
帝王は、靴音を立てて部屋から出ていった。重い空気の中、その場には重臣たちが残る。
「……さて、陛下に釘を刺されてしまったな。再開しよう」
帝王の威圧感が去った後の部屋で、一人の重臣が深く椅子に背を預けた。張り詰めていた空気がわずかに緩む。
「……ドラゴンの件は正直敵に回しさえしなければいい。問題は盗まれたデータだ。あれには核兵器そのものの設計図以上に、我々が他国に知られてはならないエネルギー波形の核理論が含まれている。もしあれを解析されれば、我々の優位性が無くなる」
「解析できる者がいると?」
「……一人、心当たりがある。東側に下ったかつての国立工学学院の異端児だ。あやつにだけは、見せてはならん」
モニター上のゲリシュトとファラウルを繋ぐ街道が、赤く強調される。
「Elf Schreckenの動ける者を数人国境に回し、ドラゴンを避けながらデータを仕留め、ついでにファラウルの戦意をへし折る。陛下へのいい知らせは、それ以外にありえんだろう」
重臣たちの視線は、ファラウルへと向けられた。そこには、キュラゴクスの家がある都市が大きく表示されている。
ゲリシュトの街にあの出来事があってから、三日が経過した。
背後を振り返っても、あの空は見えない。ここまで来れば、影響はないみたいだ。
「……あと少しだ、スフィウス。家に着くぞ」
俺は胸で静かに息を立てるスフィウスを、ずり落ちないよう慎重に抱き直した。爆心地から脱出した直後、スフィウスの精神的なショックを抑えるために、スフィウスには強制睡眠の術をかけてある。
3日間も家族、友人が死んだと思い続ければ彼女の心は壊れていただろう。布越しに伝わる温もりが、スフィウスが生きていることの証明だった。
俺たちは、飛び続けていた。脳の情報は全知王が整理してくれる。エネルギーも、魔気があれば十分だ。やろうと思えば、三日三晩飛び続けられる。
「ガルヴァ、周囲の気配はどうだ」
(……目立った追っ手はいません。ですが、ホガ=ドルナの偵察機らしき影が、何度か上空を通過しています。俺たちがこの境界を越えたことは、おそらく向こうも掴んでいるはずです)
ガルヴァの声も、連日の警戒で疲労が滲んでいる。いくら動き続けられるとしても、疲労は溜まっていく。
四日目の朝。霧が立ち込める森の先に、ようやく見覚えのある街が視界に入った。同時に、安堵ととてつもない疲れが流れ出てくる。
俺は翼をしまい、地面に降り立つ。初めてこの街に来た時と同じ景色が見えた。やっと、戻って来れた……
キュラゴクスの家に着くや否や門をくぐり、玄関の扉を叩く。キュラゴクスたちが戻ってくるとしたら、ここにくるはずだ。
「おい……俺だ。戻ったぞ」
だが、返ってきたのは自分の声が吸い込まれていく感覚だけだった。
そうだった。俺たちは魔族だからこれだけ早く帰って来れたが、キュラゴクスたちは違う。
しかも、いるのは敵国であるホガ=ドルナなんだ。そう早く帰って来れるわけがない。
この家が空であることは分かっていたはずなのに、静まり返ったエントランスを目の当たりにすると、やはり一抹の寂しさが過ぎる。
俺は家の中へ入り、ガルヴァを庭へ連れてゆき、スフィウスを近くのソファへ慎重に横たえた。彼女の寝顔を確認し、ようやくその場に腰を下ろす。
彼女に使っていた強制睡眠を解除すると、眠気が襲ってくる。前世よりも辛かった4日間だった。
「……まずは、休むか」
俺は少し荒くなった息を整えながら、ヘルメスに呼びかけてみる。
「なあ、ヘルメス。核施設を襲撃した時の資料のデータ、残っているか?」
〈はい。大まかな内容としては、Elf Schreckenの存在、核爆弾の投下計画、エネルギー波形の核理論…簡単に言いますと核爆弾の設計図のなどが記載されていました。〉
気がつかないうちに、設計図まで入手していたとは。当分は、スフィウスの介護とこの情報の解析に努めることになりそうだ。
キュラゴクスたちが敵国から帰って来れない中、スフィウスを守れるかは俺と、ガルヴァにかかっている。
窓の外には、興奮した街の人たちが道に出てきていた。人々は、ホガ=ドルナへ出兵する志願兵として名乗り出ようとしている。
ホガ=ドルナをこれから敵国とみなす。今、手元にある設計図のデータと眠っているスフィウスやガルヴァの安全は、俺が守り通すしかなかった。




