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42話 戦争開始

どれくらい時間が経ったのか。

 鼓膜を焼くような耳鳴りと、全身を刺すような熱さで目が覚めた。

 視界は赤黒く濁り、覚えのある血の香りが漂う。


「……ぁ……」


 身体を起こそうとして、気がつく。左肩から先の感覚がない。

 見れば、左腕が無惨に失われていた。ドラゴンの再生能力があれば数十秒で繋がるはずの傷口は黒く変色し、不気味な熱を持ったままほとんど変化はない。

 核による魔気の汚染………細胞そのものが毒に侵され、再生を拒んでいるのだった。


 顔を上げると、そこにはかつての景色はない。

 スフィウスが向かっていた街は、ただの黒い焦土と化している。空には、太陽をも覆い隠す巨大なキノコ雲が、静かに立ち昇っていた。

 死んだ……のか? スフィウスも、この街の人々も……俺は腹底からせり上がる吐き気を押し殺し、自分に言い聞かせる。


「……落ち着け。落ち着け。まだ、終わってない……」


 だが俺の手は、言葉とは裏腹に恐怖と怒りとで痙攣していた。頭が、この事実を拒絶している。

 その時、雷鳴が聞こえた。その直後、空気の唸る音も続いて届く。土煙の向こうから、腕を失ったはずのあの悪魔が現れた。固まっている俺の後頭部に、殴りかかってくる。


「……ハハ、無様だな!トカゲ……。貴様は、戦争を止められなかった!どうだ!味わったことのない気持ちだろう!」


 その嘲笑うかのような声を聞いた瞬間、俺は飛びかかる。落ち着こうとする理性などは微塵もなかった。


「……お前には、わからないだろうな…………二度も、目の前で失ったやつの気持ちは!」


 自分を制御できない。俺は、無我夢中になって悪魔を攻撃し続ける。


「死ね! 死ね!! 死ね!!!」


 技術も戦術もない、ただの暴力。悪魔の顔面に拳を叩き込み、地面に押し付けて何度も何度も殴りまくる。

 俺はボロボロになった悪魔の胸ぐらを掴み、強引に上空へと飛び上がった。そして、力無くのびている悪魔を放す。


 右手に魔力を凝縮し、魔気で構成された無数の槍を生成する。自由落下する悪魔の身体に向け、俺はそれを一斉に掃射した。

 空中で串刺しにされた悪魔の肉体が跳ね、血が霧となって舞う。落下速度を上回る速度で次々と突き刺さる槍が、奴を更に地面へと押し付けていく。最後の一本を、俺は急降下しながら悪魔の心臓へ直接叩き込んだ。

 轟音と共に、悪魔の身体が再びクレーターの底に沈む。


「……クソッ……!」


 考えるほど、動くほど呼吸が激しくなってくる。息がしづらい。俺は何をしているんだ?二度も、目の前で死なせてしまうなど…

 俺はよろめきながら地上に出て、近くの瓦礫に寄りかかる。その拍子に、瓦礫の棘に右肩まで貫かれる。


 だが、不思議と痛みは感じなかった。俺は山を見つめていた。信じられない。


「……え?」


 俺の目は、数キロ先の山の峠に小さな人影を捉えた。

 足を少し引きずりながら、こちらを見つめている女。間違いない。スフィウスだ。


 彼女は街に到着していなかった。


「生きて……る……?」


 その事実に、全身の力が抜ける。よかった…!よかった!!スフィウスは、巻き込まれていなかった!

 足元でまだ息のあった悪魔が、不意を突いて突きを放ってくる。俺はその腕を掴んで無造作にへし折り、そのまま一撃で悪魔の核を粉砕する。

 今からでも会いに行きたい。だが、やはり俺はドラゴンなのだ。それがバレると、まずい。俺はできるだけ速く森へ走りながら、ガルヴァと脳対話をする。


「ガルヴァ、聞こえるか!?無事か?」


(は、はい……! 街の外の岩場に隠れていました。バーザール様………あれは、一体……)


「説明は後だ。北の山道にスフィウスがいる。今すぐ回収して、安全な場所へ運んでくれ。頼む、あいつを連れてできるだけここから離れてくれ!」


(了解しました……! すぐに向かいます!)


 そう、核爆弾を生き残ったとしても…黒い、死の雨がこの地を襲う。それは、かろうじて生き残った者たち目掛けて確実にとどめを刺しにくるのだ。


〈報告。先ほど、ホガ=ドルナがゲリシュトに宣戦布告をしました。これより、戦争が始まります。〉


 俺は森へ入ると立ち止まり、木々の隙間から煙を吐き続ける空を見上げる。

 スフィウスは生きていた。だが、世界はもう、戻れないところまで来てしまったのだ。




 これが必ず来ると分かっていても辛かった。ここから、単なる戦闘ではなく戦争が始まる。

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