41話 核は、1945と同じように
周りの空気が悲鳴を上げている。俺の体は、あまりにも速すぎるスピードのせいで少しずつ焼けてきている。ドラゴンの再生能力を持ってしても、再生が追いついていない…?
翼が一度羽ばたかれるたびに周囲に円のような雲ができ、凄まじい衝撃波が地表を揺らす。
「ヘルメス………! 目標までの距離は?! まだ見えないのか!」
脳内に直接響く全知王の、冷徹なまでの冷静さが今は恨めしい。
〈目標、前方23キロ。高度2000m……相手もこちらを感知したようです。爆撃機の後部ハッチより、魔力反応が急速に増大……来ます、先ほどモニターで見たElf Schreckenの一体のようです〉
前方、銀色に光る小さな機体から、一筋の黒い雷が射出された。それは空中で軌道を変えながら、超高速で飛来する俺の眉間に向かって真っ向から突っ込んでくる。
「……ッ、これが本当の悪魔か…!」
俺は、間一髪で避けて再び爆撃機へ向かいにいくが、悪魔は瞬時に動き後ろから前へ乗り出してくる。次の瞬間、目の前にその悪魔がいた。
「飛ぶトカゲが、俺たちの邪魔をしにくるか!」
脳を掻き毟るような声が周囲に響きわたる。悪魔は、もう一度俺へ突っ込んできた。流石に、この巨体で避けるというのは部が悪すぎる。俺は人間の姿へと変身して、二度目もなんとか避ける。
こんなことをしていたら埒が明かないぞ。そう思いながらも、こいつを放っておいたら怪我は必至だと直感が言う。こんなタイミングで怪我をしたら、なおさら辿り着く前に爆弾が落とされてしまう。ここは、瞬殺して行くしかないみたいだ。
だが、あまりの速さに目で捉えられない。目で捉えられなかったら、強制発火さえも使えない。そのうえ、火弾さえも当たるか怪しい。俺は、対抗できる攻撃手段を持ち合わせていないのか…?
「おらあぁぁぁぁ!」
俺は、全方向にファイヤーボールを撃ちまくった。これで、少なからずルートは制限できたはずだ。あとは……
背後から、大気を裂くような鋭い殺気が迫る。気がついた頃には、やつの爪は俺の背中に辿り着く直前だった。まずい。貫かれると、再生に魔気を使う…その分、必要な時間も伸びる。
「かかったな……!」
そう、それは”貫かれたら”のことだ。後ろのファイヤーボールの密度は、わざと薄くしておいたのだ。案の定、悪魔はそこを最短ルートだと確信して突っ込んでくる。
俺は空中で強引に体を捻り、胸を突き出す。胸は、部分的に偽装を解除してある上に鱗を厚くしてあった。悪魔の爪は、胸に刺さるが痛くない。
「なっ?!」
気がついた時には、もう遅い。俺は、悪魔の腕に触れてリンヴァーを放つ。
至近距離での強制発火。悪魔の腕が一瞬で炎に包まれる。だが、化け物は叫び声一つ上げなかった。奴は発火した部位を自らの爪で瞬時に切り離し、肉が焼ける臭いを撒き散らしながら後退する。驚異的な判断力だ。
「……下等が、小細工を」
欠損した部位を魔力で補いながら、悪魔が再び顔を上げる。だが、その視線の先に俺はいない。
「上を見ろ」
俺はすでに垂直上昇し、上空数百メートルに達していた。急降下しながらドラゴンに変身し、質量を一点に集中させる。逃げようとする悪魔の胴体を強引に掴み、そのままの勢いで地表へ向かって一気に加速した。
轟音。剥き出しの岩盤が悪魔を挟んで粉々に砕け、巨大なクレーターができる。奴の生死を確認する暇なんてない。俺の目的はこいつを殺すことじゃなく、あの爆撃機を止めることだ。衝撃でまだ震える体を持ち上げ、俺は再び空へ飛び上がった。
「ヘルメス、目標との距離は!」
〈前方51キロ。……投下可能範囲に到達しました。バーザール様、ハッチが開放されます!〉
「……!ふざけんな! まだだ、まだ間に合う!!」
限界を超えて魔力を翼に流し込む。視界が速度の暴力で歪み、体が溶けそうになる。50キロ、40キロ……20キロ。銀色の機体が豆粒から、やがて巨大な鉄の鳥へと変わる。
追いつく。絶対に、追いつく!!!
しかし、俺の執念を嘲笑うかのように、銀色の腹からそれが切り離された。ゆっくりと、だが重力に従って確実に、スフィウスが向かっている街へと落ちていく。
「……あ、あああぁぁぁぁ!!!」
もう間に合わない。俺は、全ての魔気をファイヤーボールへと回す。さっきより早く、多く!俺は喉の奥を焼き切るような勢いで魔力を練り上げた。
ドラゴンの咆哮とともに放たれるのは、最大出力の、最大数のファイヤーボール。狙いは、今まさに落下を開始した弾頭そのもの。
空中で爆散させれば、少なくとも街への被害は防げるはずだ。
「消えろぉぉぉぉぉ!!」
放たれた火弾は、空気を切り裂き真っ直ぐに黒い爆弾へと向かっていく。当たれ。頼む、当たってくれ……!
だが。
極限状態の加速による反動か、それとも悪魔との接触で狂った平衡感覚のせいか…俺の放った火弾は、全てが無情にも爆弾の数センチ横を通り過ぎ、空中で虚しく弾けた。
「……嘘、だろ」
指先を伸ばしても、もう届かない。
次の瞬間、すべての音が消えた。視界が、この世のものとは思えないほど真っ白な閃光に塗りつぶされる。
一拍置いて、ドラゴンの強靭な鼓膜さえも突き破らんとする猛烈な爆音と、すべてをなぎ倒す地獄のような熱風が俺の体を襲った。
眼下に見えるはずだった街が、一瞬にして巨大な火の玉に飲み込まれていく。あの、写真でしか見たことがなかったキノコ雲に巻き込まれる。
「……あ………」
それは、戦争が始まったことを示していた。
1931/11/8 13:27:17。ホガ=ドルナが、ゲリシュトに宣戦布告をした。




