29話 街でできた迷路
「……クソ!どこだ、ここ……!」
バーザールは膝に手を突き、荒い息を吐きながら周囲を見回した。
灰色の花びらが舞う中、俺は確かに神殿から宿へと向かったあの道筋を、完璧に走ってきたはずだった。
石畳、あの角にあるパン屋の看板、緩やかな下り坂……すべてのポイントを通って今、目の前には宿の扉があるはずだった。
だが、そこに在るのは、古びた民家の壁と、行き止まりを告げる不気味な静寂だけだ。
「……嘘だろ。さっきこの家は通りすぎたはずだ」
バーザールは狼狽した。
景色は確かに「いつもの街」なのに、いくら歩いても一行に宿へたどり着かない。
焦りにかられて、再び走り出す。今まで通ってきた道を戻り、右へ左へ行ってみる。
だが、曲がるたびに街並みは少しずつ、しかし確実にに組み替わっていく。何百回と繰り返すうちに、知っているはずのガンドゲウスは見たこともない異形の迷路へと姿を変えていった。
「右、いや左か……?……違う、ここはさっき……!」
完全に方向感覚を失い、立ち尽くす。その時だった。
〈読み込み完了。最適なルートを検出しました。〉
灰色の視界に、突然蒼い光の地図が浮かび上がる。それは、事件の前に見たあの地図だった。
「ヘルメス……!?これは……」
聞かなくてもわかるだろう、と言われた気がした。お前はこれを見て宿へと急げ、と。
蒼い光で描かれた地図には、最短ルートらしきものが記されていた。このおかしな街の上に引かれた、宿へと直結する道だ。
俺は、蒼く輝くその直線を凝視する。その直線は今まで視覚に頼って歩いていた道と全く違う方向だったのだ。
……なるほど。視覚を惑わされていたってことか。それなら、おかしな状況になっていたのも納得がいく。
俺は辺りを見回し、地図上の戦闘のとおりに一歩を踏み出した。
視界の端では、歩くたびに路地奥の景色が激しく警告するように歪みはじめる。
右、左、右、左、左…
俺は地図に書かれた線の通りに、一歩ずつ進んでいく。
あの男のせいで、目に入る景色は相変わらずグチャグチャでデタラメだ。宿に向かっているはずなのに、全く知らない建物ばかりが並んでいる。
だが景色がどれだけ宿から遠ざかっているように見えても、地図のルートだけを辿り続けた。これしかない。間に合ってくれ…!
「……着いた……?」
地図の終点で足を止める。
目の前の景色は知らない空き地のままで、宿などどこにも見えない。だけど、地図はここが宿の入り口だと言っている。
俺が何もない空間に向かって手を伸ばすと、キィという音と共に宿の扉が開かれた。
そのまま扉を押し開ける。
中に入った瞬間に街の景色は消え失せ、仲間たちのいるいつもの宿のエントランスに戻っていた。
相変わらずの無音にうんざりしながら、俺は急いでキュラゴクスたちの部屋へ向かう。




