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28話 灰色の花弁

 食後の余韻と心地よい疲れに包まれ、俺は上着を脱いでベッドに潜り込んだ。明日はみんなで海へ行く。初めてのバカンスだ。

 そんな他愛のない約束を反芻しながら、ゆっくりと意識を手放そうとした。ああ、すぐそこに美しい雲海が見える……

 ……だが、すぐに俺は目を開けた。


「……なんだ?」


 奇妙な違和感。まるで鼓膜に厚い膜を張られたような、不自然なほどの無音だ。

 さっきまで階下から微かに漏れていた片付けの音も、遠くの波音も、風が建物を叩く音さえも、一滴残らず消え去っている。人間、音が全くなくなると、自分の心音さえもが大きく聞こえるものらしい。

 俺は起き上がり、導かれるように窓を開けた。


「……花びら?」


 夜の闇の中、空からひらひらと、灰色の花びらが舞い落ちていた。

 それは幻想的でありながら、どこか不気味だった。花びらが触れた場所から、街の色彩がじわりと泥のように溶け落ち、すべてが無機質なモノクロに塗り潰されていく。


 街の真ん中で、何かが起こっている。俺は窓を飛び出し、静まり返った夜の街へと走っていった。




 花びらが最も濃く舞っている方へ、吸い寄せられるように歩いた。

 そこは、昼間に見た活気ある市場の裏手。色の消えた路地の奥に、一人の男が立っていた。

 狼のような鋭い眼光。この色彩を失った世界の中で、その男だけが、異質な存在感を持ってそこに存在していた。


「……お前は誰だ?なにをしたんだ」


 俺の問いに、その男は感情の読めない薄い笑みを浮かべた。


「お前の血が天の眼を潰し、俺の灰が地上の意識を奪う。ここは神の加護も届かない、俺らの箱庭だ」


 何を言っているんだ、この男は?ただ、彼から放たれる圧倒的な隔絶感に、一瞬だけたじろぐ。


「……街をどうするつもりだ!」


 俺が詰め寄ろうと一歩踏み出した瞬間、男の姿が陽炎のように揺らいだ。


「さあ、始めるぞ。彼らのテストを……ついてこい、異常個体(バーザール)


 その言葉を最後に、彼の手が空に向けられた。指を鳴らすとその姿は灰色の花びらとなって霧散し、闇に消えていった。




「おい、待て!」


 消えた男を追い、舞い散る花びらの軌跡を追って俺は飛んでいた。気づけば、街の灯りも届かない、森とは反対側の外れまで来ている。

 あと少しで、花びらに手が届く…!そう思った瞬間、背後の森の方から、この世のものとは思えない地鳴りが響いてきた。


 ――ガァァァァァァァッ!!


 空気を震わせる狂暴な咆哮。

 振り返り目を凝らすと、森の闇の中から、瞳を真っ赤に染めた動物たちが、雪崩のように街へと向かってくるのが見えた。


 あれは、普通の動物じゃない。魔族でもない。あんなもの、見たことがないぞ。


「……冗談だろ」


「今から帰ったとしても、間に合わない。お前の仲間は、まだ街で寝ているぞ」


 判断を間違えた。起こしてから、来るべきだった。せめてキュラゴクスさえ起こしていれば…!いや、あれほどの量だ。キュラゴクスですら難しいだろう。4人が…!


「…クソ!!」


 俺は即座に踵を返し、色の消えた街へと全速力で駆け出した。花びらが、その後を追いかけてきているのを見ている暇はなかった。

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