97話 肆使vsバーザール
「強いな、そこの人間。久々に愉しくなってきたぞ!!!」
炎の中から姿を現した忌避は、狂気じみた笑みを浮かべながら両腕を掲げた。
その瞬間、彼の背後の空間が大きく歪み……今さっきまであったものを遥かに凌駕する規模の無数の剣が、次々と生成されていく。
空を覆い尽くすほどの剣の群れが、ギラギラとした鋭い殺気を放ちながら一斉に俺たちへと照準を合わせた。
「クソッ、キリがない…!」
さっきの剣の雨の何十倍、何百倍もの規模だ。一つ一つなら容易に打ち返せるだろうが…
あんなものが一斉に降り注げば、防御しようが回避しようが、この周辺一帯ごと跡形もなく塵と化してしまう。
「ハハハハッ! 耐えてみせろよ、4人とも!!」
忌避の甲高い叫びとともに、空を埋め尽くしていた剣の大群が一斉に放たれた。空気が悲鳴を上げ、一筋の棘とも見える刃が連なって俺たちへと降り注ぐ。
「今だ…!!」
俺はとっさに地上に向かって意識を集中させ、前もって仕込んでおいた火弾を一気に解放する。
地響きとともに、俺たちの足元の地面から炎の柱がいくつも噴き上がった。裏で密かに研究を重ねていたファイヤーボール……その自在化の延長線上に、この技はあった。
地中から爆発的な勢いで打ち上げられた無数のファイヤーボールが、上空から降り注ぐ剣の濁流と真っ向から衝突する。
空中で激しい爆発の連鎖が起こり、その雨は地から昇っていく炎によって掻き消される。上空では、俺たちを狙っていた刃が次々と砕け散っていった。
「地面に魔気を仕込んでいたのか……面白い!!実に面白い!!!」
「当たり前だろ! 何度も同じ手にやられるかよ!」
爆煙を切り裂き、俺は一気に間合いを詰めた。
だが、忌避もただ怯むような相手ではない。忌避は一瞬驚くそぶりを見せたかと思うと、最初出会った時に見た姿へと変わって俺に斬りかかってきた。
「なら、これはどうだぁっ!」
忌避の両手が剣となり、凄まじい速度で踏み込んでくる。それと同時に、爆発を免れた周囲の浮遊剣が自律駆動を始め、俺の死角から一斉に襲いかかってきた。
「くっ……!」
「させません!」
横から躍り出たのはラナリリスだ。その見た目に似合わず大槍を豪快に一閃させ、俺の背後から迫っていた浮遊剣の群れをまとめて叩き折る。
「感謝する!」
「集中してください、バーザール様!ゲライウスも!」
「分かっている!」
自動で四方八方から襲いかかってくる浮遊剣と、狂暴な勢いで刃を振るう忌避の本体。その両方を同時に対応するのは、至難の業どころではない。
俺は周りくる浮遊剣を全て2人に任せ、忌避との斬り合いに専念した。刀である分、普通なら斬り合いには弱いが…
斬り合って初めて気がついた。キュラゴクスから叩き込まれた剣技が、身体に染み付いている…?
あの数日の数十時間が無駄な動きを極限まで削ぎ落とし、相手の隙へ最短距離で刃を滑り込ませるに至っていた。
「ガッ……!? この……チョロチョロと!」
行ける……!このまま……!このまま、押し切る!!
3人の息の合った連続攻撃に、次第に忌避の表情から余裕が消えていった。自慢の剣の生成も追いつかなくなり、防戦一方になっていく。
「これで……っっ!!!」
俺は全身の魔気を一点に集中させ、魂を込めた横一文字の斬撃を叩き込んだ。
身を揺さぶるような凄まじい金属音が響き渡り、忌避の巨大な腕剣が強烈な衝撃に耐えかねて弾き返される。忌避の巨体がガラ空きの状態で大きく後ろへよろめいた。
「今です……!!」「いまだ……!!」「これで……!!」
俺は刀を振り上げた。その勢いでつけてあった鞘を外し、刀身をあらわにして、 これで決めると言わんばかりに首を狙う。
だが、伊達に死線を潜り抜けてきたモンスターではない。
絶体絶命の体勢から、忌避は自分の体躯を無理やり捻りながら空中に刃を生成し、それを足場にして後方へと跳躍した。
距離を取り、体勢を立て直して逃げようとしているのか…!!しまっ……逃げられる……!!
間合いが離れる。踏み込み直しても届かない。くそっ、あと数十センチ届かない……!
俺が焦燥に駆られた、まさにその矢先だった。
空中を滑るように離れていく忌避の動きが、唐突に、まるで時が止まったかのように一瞬だけピタリと停止した。
「なっ……!? 体が……動か……!?」
忌避が目を見開き、自身の身動きが取れなくなった原因を焦りながら必死に探した。すると、バーザールの後ろの方にある、小高い丘ーーー
その上に立ち、弓を限界まで引き絞っていたのは……キュラゴクスだった。
前回、キュラゴクスの弓が時に見た、あの森の硬直。あれは、俺の見間違いなんかじゃなかった。
キュラゴクスの矢の標的にされたものは、例外なく狙われた瞬間だけは硬直するのだった。
(キュラゴクス……!!)
一瞬。時間にすればほんのコンマ数秒の隙。だがその時間は、俺たちにとっては、それで十分すぎた。
「これで……終わりだぁぁぁぁぁぁッ!!!」
俺は鞘から解き放った刀に、ありったけの魔気を注ぎ込んだ。光を放つ刃を上段へと振りかぶり、無防備に硬直した忌避の喉元めがけて、全身全霊の力で振り下ろす。
空気を真っ二つに引き裂く斬撃が、忌避を一刀両断にした。




