40.里で出会った師匠
図書館でのヒイラギとの勉強の帰り、俺は考え事をしながら歩いていた。
あいつは、俺たちがならず者に追われているのも、海岸部ギルドを追放されたことも、全部自分のせいだという顔をする。
実際には誰も責めていないし、責めたところで何も解決しない。それがヒイラギの中では「自分のせいで皆に迷惑をかけている」という一点に、いつまでも変換され続けているらしい。
仲間なんだから気にするな、と何度も言った。
だがそう言っても、ヒイラギの表情は曇ったままだった。
ショートケーキを食べた時。褒められた時。動物と触れ合っている時。
ヒイラギが稀に見せる、心から嬉しそうな笑顔をどうしたら日常的に引き出せるようになるだろうか。
考えても答えは出ず、足だけが勝手に進んでいく。
俺は気づけば里の外れ、土がむき出しの広場に出ていた。
そこに、その男はいた。
上半身裸で、丸太のように太い両腕を大きく振りかぶり、地面に突き立てられた巨大な岩に拳を叩きつけている鬼人族の男。
俺はしばらく声もかけられずに立ち尽くしていた。
「見てるなら、突っ立ってねえで水寄越せ」
「お、おう・・・・・・」
不意に声をかけられ、俺は慌てて近くにあった水瓶から椀に水を汲んで差し出した。
男は一気にあおると、俺の顔を値踏みするように見た。
すると突然、目にも止まらぬ速さで近くの地面に差してあった斧を取り、俺に突進してきた。
「なっ・・・!?」
咄嗟に身体を横へ投げ出す。
一拍遅れて、俺が立っていた地面に斧が振り下ろされた。
土が爆ぜる。すかさず追撃が来た。
男は斧を手放すと、下段からローキックを放ってくる。
剣を抜く暇もなく、俺は鞘を当てて受けた。
骨まで痺れるような衝撃。
だがその時にはもう、男の手は俺の顔に伸びていた。
「しまっ・・・・・・」
視界が反転し、背中から地面に叩きつけられる。
「なっ、なんだ!? 何しやがる!?」
「立ち姿で大体の力量はわかるもんだ」
男は押さえつけたまま、平然と言った。
「本来おめえはこの程度の攻めなんか凌いで反撃できたはずだ。なんか迷いがあるな、兄ちゃん」
言われて、認めざるを得なかった。
確かに洗練された動きではあったが、普段組み合いをしているウチのリーダーよりは遅かった。
あれに対応できなかったのは、単純に俺が心に問題を抱えているからだ。
男は俺の顔から手を離すと、削れた岩の上に腰を下ろした。
「辛気臭え目だ。どれ、言ってみろ。話を聞くくらいはしてやる」
「あ、アンタに関係あるかよ」
「あん? 言わなきゃおめえがコイツの代わりになる」
鬼人族の大男はさっきまでサンドバッグ代わりにしていた岩を、無造作に叩いた。
あんなパンチを何度も叩き込まれたら、苦悶の末に死ぬことになるだろう。
俺は観念して、近くの切り株に腰を下ろした。
「・・・2つ、ある。今俺が悩んでいること」
男は何も言わず、続きを待った。
「俺は冒険者だ。この里には昨日外からやって来た。でも、最近思うんだ。俺は冒険者の資質なんてないんじゃないかって。元々は絵本の中の勇者に憧れて、あんな凄い力で魔物を薙ぎ払えたらカッコいいだろうなって思って始めたんだ。今思えば、浅ましい動機だよ。要はただ、絵に描いたような最強の男になりたかったってだけ」
男が鼻で笑った。バカなやつだ、と思われて当然だろうな。
「でも現実は甘くなかった。俺は戦闘の才能なんかないし、勇気もない。パーティーを組んで仕事をしてみたものの、逃げ惑って守られてばかりの存在だ。実力だけじゃない。周りの熱量と比べても、俺はモチベーションも劣ってる。俺はきっと、冒険者である必要がないんだ」
言葉にすると、思っていたより惨めだった。それでも俺は続けた。
「もう一つは、仲間のことだ。変わった境遇の奴がいるんだ。そいつは厄災の種を持ってて、俺達は危ない目に遭い続けてる。実際に迷惑は被ってる。でもあいつは萎縮しすぎなんだ。そんなの、仲間だから大丈夫だっていうのに。あいつが自分のことを迷惑だって思わなくなるにはどうしたらいいんだろうって」
しばらく、男は黙っていた。それから、吐き捨てるように言った。
「ったく。これだから人間ってのは。仲間ですら互いに信用できず、人の夢を、ましてや自分のものを浅はかだなんて冷笑しやがる」
「夢・・・・・・?」
「そうだ。おめえのその最強になりたいってのは、ガキの頃に抱いた最も純粋な形の夢だったんだろうが。そうじゃなきゃ、腕がそんなになるまでの魔術回路は作れねえはずだ」
男は俺の左腕の魔術回路を指差していた。
服の袖に隠れて外からは見えないはずだが、正確に指差した。
こいつは、バラクーダの事を見抜いている?
「いいか? 坊主。才能のない人間が才能のある奴に追いつくことは出来ねえ。度胸だって、簡単に身につくものじゃねえ。大事なのは、解像度だ」




