39.里の図書館
朝食を終えると、俺は昨日サルマトさんに案内された図書館へ向かった。
里に一つだけしかない建物で、蔵書はそれほど多くないが、役に立つものはそれなりに揃っているという話だった。
その扉の前で、俺は足を止めたまま動けずにいた。
半地下になっているらしく、入り口からは数段の階段が下へと続いている。
その先の暗がりを見ているだけで、喉の奥が細くすぼまっていくような感覚があった。
石の壁。閉じた空間。低い天井。
頭ではただの図書館だと分かっているのに、身体の芯の方が勝手に前世の記憶を掘り起こしてくる。
「一緒に来てって言われたから来たけどよ・・・ここに入りたいのか?」
カフェからそのまま連れ出してきたヤリスさんが、俺の顔と扉を交互に見て、怪訝そうに首をかしげた。
「えっと・・・時間、取らせちゃいましたか・・・・・・?」
ヤリスさんにだって他にやることがあったかもしれない。
悪いとは思う。思うのだけれど、どうしても一人では、この階段を降りていける気がしなかった。
「ああ、いやそういうわけじゃないけど・・・俺がいたほうがいいのか?」
「その、魔法の勉強しようかなって思ったんですけど・・・窓とかなくて、壁は全部石造だし・・・しかも地下にあるなんて思ってなかったんです・・・・・・」
「もしかして・・・怖いのか?」
ヤリスさんは、俺が閉所を苦手にしていることを知っている。
だから納得がいったようだった。
ふっと笑うと、明後日の方向を向いて、とぼけるように言う。
「あーあ、そういや俺も『バラクーダ』の強化がしたくて、調べ物しようと思ってたんだった」
きっと今この場で思いついた建前だ。
やっぱりヤリスさんは優しくていい人だと思う。
「あ・・・ありがとうございます!」
扉を開けると、埃と古紙の匂いがどっと押し寄せてきた。
天井まで届く書架が、薄暗がりの中に何列も並んでいる。
それでも、ヤリスさんが先に中へ入ってくれているというだけで、不思議と足が動いた。
2人で内装を見渡しながら、本を手にとって確認する。
「それで、魔法について基礎から詳しく知りたいんだよな?じゃあ・・・これなんてどうだ? 『三歳児でもわかる魔法学入門』だってさ」
「う・・・ありがとうございます・・・・・・」
なんだかバカにされているような気がしないでもないが、分かりやすいに越したことはない。俺は素直にそれを受け取って、ページを捲った。
まず第一章には、魔法の系統についての基礎が書かれていた。
「えっと・・・人は得意な魔法の種類によって、大きく7つの系統に分けることができる・・・・・・」
身体強化や肉弾戦を得意とする戦士系統。
弓矢や投石、銃火器といった中遠距離を得意とする投擲系統。
仲間にバフをかけたり、体力や傷を癒したりする神聖系統。
自然現象を操る自然系統。
情報の収集や改竄といった情報戦を得意とする情報系統。
物体を生み出す錬金系統。
そして、呪いをかける呪怨系統。
見分け方は単純で、その人が使う魔法の色でわかるのだという。赤、橙、黄、緑、青、紺、紫。
虹と同じ7色が、そのまま7つの系統に対応している。
人によって魔法の色が違っていたことに、今になってようやく納得がいった。
「ということは・・・・・・」
俺とヤリスさんは赤。戦士系統だ。
フランクさんは黄色で、神聖系統。
てっきりあの盾と体格から力押しのパワー系統だと思い込んでいたけれど、あの人の本領は、仲間を癒し守る側にあったらしい。
アリシアさんは青で、情報系統。
スパイレーダーで地形や気配を探るあの得意技を思えば、これ以上ないくらい腑に落ちる。
ミアさんは緑で、自然系統。
特異魔法そのものは見たことがないけれど、あの人がいつも使い魔を操っている姿は、確かに自然操作の側なのかもしれない。
「そうそう!俺とお前は系統仲間ってわけだ」
「でも、なんか・・・解釈違いっていうか」
俺は思わず本を握り直した。
「自分で言うのもなんですけど、俺って外で散歩したり景色を眺めるのとか好きだし、どっちかと言えば自然系統が合う気がするんです。それが赤ってことは・・・つまり俺は暴力が大好きってことになるんですか・・・・・・?」
口に出してから、じわじわと嫌な想像が広がっていく。
すると、ヤリスさんが大げさに顔を覆って、わざとらしく肩を震わせ始めた。
「そんな・・・ヒイラギ・・・お前、俺のことずっと最低な暴力男だと思ってたのかよ・・・・・・」
「あ、いえ!そんなことないです!ヤリスさんは、その、優しいですから・・・・・・!」
慌ててそう言うと、ヤリスさんは覆っていた手をぱっと外した。
「じゃあ、ヒイラギも優しいってことだな」
「そう・・・なのかな・・・・・・?」
魔法の勉強はまだ始まったばかりだ。
半地下の閉じた空気も、さっきまで喉に絡んでいた息苦しさも、いつの間にかどこか遠くへ退いていた。




