38.里の困りごと
食後の茶を飲んでいると、隣のテーブルから視線を感じた。
振り返ると、恰幅のいい鬼人族の男が、こちらをじっと見つめていた。
角の形からして、そこそこ歳を重ねた人物だとわかる。
男は意を決したように席を立ち、こちらのテーブルへと歩み寄ってきた。
「あの・・・失礼ですが、閻魔様、ですよね」
声が微かに震えている。俺は思わずフランクさんと目を合わせた。
「里では噂になってるんです。閻魔様がこの里にいらっしゃるって。なんでもあのウザ──いえ、とても仕事熱心な調査員の方々のいざこざを丸めてくれたと・・・・・・」
男に言われて俺は昨日のバーでの出来事を思い出した。
「あ、ああ・・・その話か。あ、あんな鼻クソみたいな連中、俺の手にかかればティッシュに丸めてゴミ箱行きだ」
俺は脊髄反射で閻魔の演技をしていた。
すると男は深々と頭を下げた。
「ぶしつけで申し訳ありません!ですが、もしお時間があるなら、少しだけ話を聞いていただけないでしょうか」
「え・・・話・・・・・・?」
フランクさんが静かに頷き、男に席を勧める。男は何度も恐縮しながら腰を下ろすと、少し声を落として話し始めた。
「実は・・・ひと月ほど前から、その調査員を名乗る野郎──いえ、方々がこの里に出入りするようになりましてね。それから、どうも治安が悪くなった気がするんです」
「調査員?」
ヤリスさんが眉をひそめる。
「なんでも、この里の豊かな自然を保護するためにエルグラン帝国から派遣されたんだとかなんとか。里の外れに拠点があって居座っているんです。実際何をしているのか問いただそうにも、門前で高圧的に追い返されるだけで」
男はそこで一度言葉を切り、拳を握りしめた。
「というのも、この里には昔から、天然記念物に指定されている生き物がいましてね。ここ最近、その数が明らかに減っているんです。連中が来てから、というのが気になって仕方ない」
テーブルに沈黙が落ちる。フランクさんは腕を組んだまま、男をまっすぐ見据えていた。
「それで、バルムンクに依頼を?」
「はい。里長がシャーロット様に相談を持ちかけたと聞いています。ですが、確たる証拠がない以上強硬手段には出辛いらしく・・・・・・」
男の声には、縋るような響きがあった。
しばらくの沈黙のあと、フランクさんが口を開いた。
「なぜボルガンに頼まない?」
男の肩が、びくりと震えた。
「ボルガン? ボルガンって、あのあいつか?」
ヤリスさんが声を上げる。俺たちの頭に浮かんだのは、アンデッドの恐ろしい男の顔だった。
フランクさんは、渋るように言った。
「この鬼人族の里は、冒険者パーティー『アンデッド』の幹部『城壁のボルガン』の出生地だ」
俺たちは思わず息を呑んだ。
まさか、そんなビッグネームがここで出てくるとは。
男は首を横に振った。
「頼めるわけないんです。この里のことを知ったら、あの人は絶対に・・・怒髪天を衝くでしょうから」
「そりゃそうだ。あんな奴が暴れたら、解決どころか里ごとめちゃくちゃにされる」
ヤリスさんが苦笑する。
ボルガンは残忍で暴力的な男だ。
その恐ろしさは、俺達が身を持って知っている。
きっと、罪もない人々まで巻き込んで、すべてを壊してしまうだろう。
だが、俺はふと、男の横顔に小さな違和感を覚えた。
まるで、何かを必死に噛み殺しているような、そんな表情だった。
「そこで、閻魔様の持つ特異魔法『最強千里眼』で調査員共の心を全て見透かし企みを暴いていただきたいのです!武力だけでなく、統率、心理掌握、処世術、全てを極めし閻魔様だからこそ出来ると信じておるのです!」
「わ、わかった・・・前向きに検討しよう・・・はは・・・・・・」
俺はその男の気迫に、断ることが出来なかった。
「ありがとうございます!」
男は何度も頭を下げながら席を立ち、自分のテーブルへと戻っていく。
「頼もしいなぁ〜閻魔様♪」
アリシアさんがニマニマと笑いながら追加のパンを運んできた。
「からかわないでください・・・どうしたらいいんだこれ・・・・・・!?」
そもそも男の言っていた謎の特異魔法なんか持っているわけがない。
アリシアさんは俺の悩みに答えてくれることなく、さらに難題を突きつけてきた。
「里助けもいいけどな、資格の勉強はどれくらい進んだんだ?君たち」
俺とヤリスさんは思わず顔を見合わせた。
「え、いや、その・・・・・・」
「言い淀んでる時点で答えは分かった」
アリシアさんが腰に手を当て、深いため息をついた。
「内陸部の奥に行くには、ちゃんとした資格がいるんだからな?せっかく過去問まで用意してもらったんだから、受からないとフランクが泣くぞ?」
「わ、分かってるよ、それは・・・・・・」
ヤリスさんが目を逸らしながら答える。
「分かってて手をつけてないのが一番タチ悪いんだよ」
アリシアさんはテーブルに身を乗り出し、俺たちの顔を交互に睨みつけた。
「ハインツが来るまで、この里に足止めなんだろ?なら好都合じゃんか。今日から毎晩、君たち2人は私の部屋に集合な」
「は?」
「当たり前だろ?これから毎晩、ちゃんと勉強してるか私がチェックする」
有無を言わさぬ口調だった。厨房から店主の呼ぶ声が飛んでくると、アリシアさんは明るく返事をして、俺たちに向き直る間もなく踵を返した。
「サボったら承知しないからな!」
言い残して、彼女は忙しなくテーブルの間を縫うように去っていった。




