41.謎の司祭
「解像度・・・・・・?」
「ガキの欲望をそのまま叶えようとすんじゃねえ。『これなら命を天秤にかけてもいい』って形になるまで、自分と向き合うんだ」
「・・・それで、何が解決するんだ?」
「物わかりの悪い野郎だな!」
男が岩の上で身を乗り出した。
「ゴールがはっきりするから、やる気が湧くんだろうが! なりたいもんがガッチリ決まった時、おめえは自分でもビックリするほどの狂戦士になれる!才能と勝負するんじゃねえ。度胸を身につけるわけでもねえ。おめえがやりたいから、修羅場に笑って特攻できんだよ。そうすりゃお仲間のモヤシ野郎も尻尾振って仲良しできんだろうよ」
言葉選びが感覚的なもの故、相手が何を言っているのかわからない。
だが・・・なぜか心の奥にざわめくものがあった。
「・・・なあ」
俺は自分でも驚くほど強い声を出していた。
「その夢ってのを見つける手伝い、頼んでもいいか?」
男が初めて手を止め、俺を振り返った。
値踏みするような目の奥に、わずかな笑みが浮かんだ気がした。
「腰抜けが、急に威勢がいいな。だが俺は、話を聞いてやるって言っただけだ。その先は自分で考えな」
「俺なら、そこの岩よりもアンタを楽しませられる」
バカが移ったのかもしれない。
俺は、『アリシアならこう言っただろう』という言葉を口にしていた。
「ほう?」
まだ形になっていない何かを、無理やり言葉にしようとして、うまくいかない。
ただ、夢を語る時のアリシアのような、命を懸けてでも掴みたい何かを、俺も欲しいと思った。
そして、そのマインドこそが、ヒイラギを元気づける解決策となることも。
「強くなりてえんだ。誰かに引っ張られてじゃなく、俺自身の足で、危ねえところに踏み込んでいけるくらいに」
そうすれば、もうヒイラギを苦しませずに済む。
俺も、なりたい俺になれる。
男はニタリと笑った。
「なら、暇だし今日から付き合ってやる。俺の名前はゴライアスだ。泣き言は聞かねえぞ」
「上等だ」
甲冑を着たまま握りしめる左拳に、いつもとは違う熱がこもっているのが分かった。
夕陽が完全に落ちるまで、俺はその夜、恐らく生まれて初めて自分から泥にまみれた。
***
里に来てから、何日が経っただろう。
美しい場所は、ほんの一部だけだった。
鬼人族の里の中心、広場や社の周辺こそ手入れが行き届き、色鮮やかな木々と清らかな小川が観光地のような佇まいを保っていた。
だが、そこから一歩踏み込めば、様相はまるで違う。
切り倒されたまま放置された巨木は、断面がとうに黒ずみ苔むしていて、何ヶ月も、誰の手も入らず晒され続けてきたことを物語っていた。
掘り返されて水を失った沢には、干からびた魚の骨が転がっている。
乾いた風が土埃を巻き上げるたび、鼻の奥に錆びたような匂いが刺さった。
歩けば歩くほど、里の傷が深く、広く刻まれていることに、俺は気づかされていった。
社の前を通りかかった時だった。
「ああ、司祭様・・・・・・」
「司祭?」
謎のローブを纏った、明らかに里の者ではない人物を囲むようにして、若い鬼人族たちが地面に膝をつき、両手を組んで頭を垂れていた。
誰もが恍惚とした表情を浮かべ、司祭の声に合わせて何かを唱えている。
「──我らが傷は、痛みではなく、赦しへの道である」
司祭の声は柔らかく、よく通った。
「大地は穢れ、獣は減り、里は貧しくなろうとも、それは試練にすぎぬ。魂を清め、真に価値あるものへ心を向けよ。汝らはやがて、この苦しみの向こうで満たされる」
「満たされる・・・満たされる・・・・・・」
若者たちが唱和する。
その中の一人の少女が、涙を流しながら何度も頷いていた。
「司祭様、あたし、もう猟なんてしたくありません。獣を殺すたび、心が汚れていく気がして・・・・・・」
「よい心がけだ。汝はもう、獣を狩る者ではない。祈る者だ。祈りこそが、この里を、いや、汝自身を救う」
司祭が彼女の頭に手を置くと、少女は嗚咽しながら、幾度も頭を下げた。
周りの若者たちも、羨むような目でその光景を見つめている。
誰も、里の外れで進む荒廃には目を向けていなかった。
俺は、その場を離れながら、数日前のカフェでのことを思い出していた。
「司祭様が来てからよ、みんな熱心にお勤めってやつに通ってる。ガロの息子なんか、畑放り出して三日も社に籠ってたって話だ。里のために汗かくより、あっちで祈ってる方が救われる気になるんだと」
俺達に助けを求めてきた鬼人族の男の話だ。
その時の俺は、ただそういうものかと聞き流していた。
里ごとに信仰の形があるのだろう、くらいにしか思わなかった。
今、目の前の光景と結びつくまでは。




