34.サルマトとの出会い
シャーロットさんは俺の前まで戻ってくると、小さく頭を下げた。
「お話の途中で失礼しました」
「・・・い、いえ」
声が裏返った。あれだけのものを見た直後に平静を装えるほど、俺は役者ではない。
「ああ、そうだ」
シャーロットさんは少しだけ考えるように視線を上げた。
「滞在ついでに、もしご迷惑でなければ、一つお願いがあります」
「お願い、ですか?」
「うちのパーティーに、皆さんと年の近い最年少の魔法使いがいるのですが、よろしければ、元閻魔であるヒイラギ君に、少し稽古をつけていただけないかと思って」
「へ?えっと・・・俺が・・・その人に・・・・・・?」
「はい。筋はいいのですが、魔法への探究心がとても強い子でして、自分に納得がいかないようです。ヒイラギ君なら、彼をさらなる高みへ導いてくれるのではないかと」
俺は、最強格の冒険者に、教育者として期待されてしまっている。
隣ではアリシアさんが肩を震わせて笑いを堪えているのがわかった。
フランクさんはゆっくりと視線を逸らした。
どうして俺の閻魔の噂は、こうも順調に独り歩きしてしまうのだろう。
***
俺は一人、鬼人族の里を歩いていた。
木造の家々の間を縫うように細い道が続き、その向こうには青々とした畑が広がっている。
頭に浮かぶのは、シャーロットさんとの会話だった。
バルムンク若手の魔法使いに稽古をつけてほしい、と頼まれたのだが、結局断ってしまった。
魔法をろくに使えない俺が人に教えるなど、詐欺も同然だ。
だから曖昧に笑って「行けたら行きます」とだけ返して、その場を離れた。
シャーロットさんも、本気で了承したとは受け取っていないはずだった。
そう自分に言い聞かせながら歩いていると、視界の先に異様なものが見えた。
「・・・でかい」
それは一本の木だったが、木というにはあまりにも巨大だった。
何十人で手を繋いでも囲みきれそうにない幹。まるで山そのものが一本の樹木になったような、圧倒的な存在感だった。
気になって近寄ると、その根元に一人の青年が立っていた。
年齢は俺より少し上くらいだろうか。
白いジャケットの下には深紅のワイシャツ。
整った顔立ちに、片目が隠れるほど長い前髪。同性の俺から見ても驚くほどの美青年だった。
青年がこちらに気づいて振り向いたので、俺は軽く会釈した。
「あ、えっと・・・こんにちは・・・・・・」
すると青年の目がぱっと輝いた。
「ああ、君が閻魔!?初めまして!シャーロット隊長に教えてもらったよ。僕に魔法を教えてくれるんだよね?僕はサルマト。バルムンクの魔法使いだよ」
「あ、え、あなたが・・・・・・」
聞き覚えのある、俺に魔法を教わるという話。
シャーロットさんが話していた相手にまさか偶然遭遇するとは思わなかった。
向こうからすれば、俺は約束通り稽古をしに来たようにしか見えない。
フランクさんも、アリシアさんも、助け舟を出してくれる人間は誰もいなかった。
俺は苦し紛れに話題を逸らした。
「そ、その・・・サルマトさんはここで何を?」
サルマトさんは巨大な木を見上げた。
「今、この木を調べてるところだよ。最近、里全体の魔素が少しずつ減ってきてるんだ。僕は、その原因がこの木にあると考えてる。この木は里中の魔素循環の中心だからね」
研究者のような真剣な眼差しで、彼は木の幹に触れる。
「せっかくだし、まずは僕の研究を見てもらってもいい?君の意見を聞いてみたかったんだ」
断る間もなく、サルマトさんが触れた手に魔力を込めた。
淡い緑色の魔法陣が幾重にも展開する。
一つ、二つ、三つ。いや、それだけではない。
木の根元を中心に何十もの魔法陣が地中へ潜り込み、蜘蛛の巣のように広がっていく。
地面が淡く光り始め、離れた草木から青い粒子が細い光の糸となって木へ流れ始めた。
幻想的な光景だった。
「これは、周囲から魔素を集める補助回路。木から失われている魔素を、一時的に外部から供給するシステムなんだ」
説明しながらも、サルマトさんは次々に魔法陣を書き換えていく。その手つきに迷いはない。
「ただね。供給量を増やすほど流速が不安定になる。回路も熱を持つし、維持魔力も馬鹿にならない。しかも、木そのものの循環能力が落ちてるなら、これは応急処置にしかならない。それに供給元の土地まで痩せる危険がある。結局、木の魔素量が一時的に増えるだけで、里全体の根本的な解決にはならないんだよね」
「ほへー・・・・・・。」
完全に専門家の話であり、俺には一言も理解できない。
それでもサルマトさんはどこか楽しそうで、こういう話が心底好きなのだろうと思った。
一通り説明し終えると、彼は期待に満ちた笑顔でこちらを向いた。
「どうかな?君なら、このシステムをどう改善する?」
「え?あー・・・そうですね・・・・・・」
俺は必死に先生らしい顔を作りながら、何かそれらしいことを言わなければと頭を回した。




