33.魔族最強の大剣豪
「アンデッドの閻魔。戦場では味方すら近づけず、敵からは災厄そのもののように恐れられた方。そう聞いていました」
シャーロットさんは少し言葉を選ぶように間を置いた。
「ですが、今のあなたはなんだか、素直で親しみやすい少年のように見えます。
例え記憶をなくしたとしても、人の本質というものは、そう簡単には変わらないものです。」
それがあなたの本心なのですね、と彼女は温かな視線を向けてくる。
アリシアさんは自慢げに声を上げた。
「そうだぞ!今のこいつはもう閻魔じゃない!ヒイラギ・レイジっていう立派な名前があるんだ!」
「おい!」
フランクさんが低く制止したが、アリシアさんは言い返した。
「もうまどろっこしいのはいいだろフランク!この人達は、悪者じゃないさ!」
そうしてアリシアさんが詳しい要件を話した。
俺自身やスズランを守るために、閻魔の力と記憶を取り戻したいこと。
閻魔としての手がかりを見つけるために、魔大陸で閻魔と似た波長の魔法を観測した隊員に、話を聞きたいこと。
アリシアさんの話を聞くと、付き添いの男がシャーロットさんに意見を述べた。
「その話なら恐らく、ハインツでしょう。冒険者パーティー『バルカン』と仕事をしていた時期と一致する」
「彼なら今頃獣人族の国にいますね・・・・・」
シャーロットさんは、改めて俺の方に向き直った。
「では、ヒイラギ君。あなたは今、閻魔としてアンデッドの戦線に復帰するためではなく、大事なものを守るためにここへ来たのですね」
守るため。その言葉は、不思議なくらい俺の胸にしっくりきた。
「・・・はい」
シャーロットさんは、その返事を聞いて満足そうに微笑んだ。
「わかりました。現在、我々の同志・・・ハインツはここにいないので、呼び寄せるようにします」
「助かる」
フランクさんが感謝を述べると、シャーロットさんは難色を示した。
「ただ、ハインツさんを呼び寄せるのに数日はかかるかもしれません」
「構わない。その間、俺たちはこの里に滞在する」
フランクさんがそう言うと、シャーロットさんは頷いた。
その時、川向こうの林が、不自然に揺れた。
地面が震え、重い足音が、一本、また一本と木を揺らしながら近づいてくる。
暗い樹間の奥から、巨大な影が姿を現した。
外殻に覆われた二足歩行の怪物。
鈍く光る赤眼が、俺たちをまっすぐ見据えていた。
の姿を見た瞬間、息が止まった。
「・・・ボルゲノン」
「マジか・・・・・・!」
以前、スズランとバルカンが総力を挙げてようやく討伐した、S級討伐モンスター、『ボルゲノン』。
それが今、2体同時に現れたのだ。
なぜ。今。何の前触れもなく。そんな疑問が頭に浮かんでくる。
護衛の男が一歩前へ出ようとした。
しかしそれより先に、シャーロットさんが静かに右手を上げた。
「ここは私が」
その一言だけで、男は足を止める。
シャーロットさんは慌てることなく腰の剣へ手を添えた。
ボルゲノンの一体が咆哮を上げると、ゆっくりと首を巡らせた。
その視線が俺を捉えて、巨体がこちらへ向き直ったことで、今起きている事態を理解した。
2体のボルゲノンは、1体がシャーロットさんに、もう1体が俺を狙っているのだ。
シャーロットさんは少し口角を上げると、俺にアイコンタクトを取った。
俺が魔法をロクに使えないことを、この人は知らない。
シャーロットさんは、俺を閻魔だと思っている。
世界最強格のアンデッドの元No.2。
そんな人間なら、この程度の魔物を一体受け持つのは当然の話だ。
だから彼女は暗黙のうちに判断したのだろう。一体は自分が。もう一体は俺が、と。
俺は膝が震えるのを抑えながら、彼女に向かって声を上げた。
「待って!シャーロットさ──」
だが次の瞬間、信じられない光景が広がった。
「重深斬」
シャーロットさんはそう呟くと、目にも止まらぬ速さで抜刀した。
すると、轟音とともに世界が上下に割れた。
眩い閃光の中で、2つの巨体は豆腐でも切り裂くかのように両断されていた。
「・・・・・・っ!?」
俺は言葉を失った。
一体目だけではない。俺へ向かっていた二体目まで、まとめて斬っていた。
一直線に。一振りで。
万全ではなかったといえ、スズランとバルカンが総力を尽くして、ようやく倒した怪物を。
剣を納める音だけが、小さく響いた。
シャーロットさんは振り返り、何事もなかったような顔でこちらを見た。
「休んでいてください、ヒイラギ君。あなたは客人なんですから。ここは私が」
その言葉でようやく、自分の身体から力が抜けた。
助かった。その事実を理解するまでに、数秒かかった。
アリシアさんはぽかんと口を開けている。
「・・・は?」
珍しく、その一言しか出てこない。
フランクさんも目を細め、倒れた二体を見比べながら静かに呟いた。
「・・・流石、というべきか。魔族最強の大剣豪。シャーロット・ビクトリア。」
護衛の男は驚いた様子もない。
シャーロットさんの腕前を、よく信頼している証だ。




