31.バルムンク
川辺は、穏やかすぎるほど穏やかだった。
道中、鬼人族の子供たちがこちらを見ていたが、近づいてはこない。
大人たちが止めているらしかった。
自然だけを見れば、心が休まる場所だったが、空気は休まらなかった。
「・・・なんか、すごい見られてませんでしたか?」
俺が声を落として言うと、隣でアリシアさんが胸を張る。
「当たり前だろ!ヒイラギがバルムンクにタイマンを申し込んだことになってるんだからな」
「そんな覚えはないです・・・・・・!」
「噂というものは恐ろしいな。最初は『バルムンクに会いたいらしい』くらいだったのに、途中で『閻魔がバルムンクを呼び出した』になって、最終的に『川辺で決闘する』まで育ったなんて」
アリシアさんは悪びれもせず、むしろ面白がっていた。
フランクさんは、そんな俺たちのやり取りを聞きながらも、川上の方へ視線を向けていた。
いつものように落ち着いているが、顔つきは普段より少し硬い。
「ヒイラギ。念のため言っておくが、今回は情報提供を申し出る立場だ。相手がどう出るかはわからない」
「はい」
「お前の正体については、できるだけ曖昧にしておけ。転生したことも、力が使えないことも、簡単には話すな」
わかってはいるのだが、正直、今回もハッタリを貫ける自信はない。
「ところで、バルムンクっていうと・・・・・・」
俺は改めてこれから会う相手について確認した。
「アンデッドと対を成す、世界最強パーティーの一つだ」
「アンデッドと・・・・・・」
アンデッドは、かつて俺がいた極悪非道な組織。
あれと肩を並べているということは、やはりプレッシャーは大きいのではないだろうか。
「・・・やっぱり、俺が喋らない方がいいんじゃないですか」
「無理だろうな。向こうはお前に会いに来る」
「ですよね・・・・・・」
「安心しろ。まずい時は俺が口を挟む」
「ありがとうございます・・・・・・」
その時、川上の木立の向こうから、人影が二つ現れた。
一人は男性だった。
邪悪さや冷たさはないけれど、その存在感は異様だった。
雰囲気は、『城壁のボルガン』を思い出させられる。
その隣には、若い女性。
20代半ばくらいだろうか。
軽量型の鎧を身につけ、白いマントを肩にかけている。
2人とも頭からは角が生えており、魔族だとわかる。
だが、女性の方は腰に剣を携えていた。
魔族でも剣を使うのか、と疑問が走る。
俺が思わず見ていると、付き添いの男がこちらに視線を向けた。
鋭い目だったが、敵意はない。観察するような目だった。
女性の方が、先に口を開いた。
「お待たせしました。内陸部ギルド第2パーティー『バルムンク』の隊長を務めております、シャーロット・ビクトリアです」
「バルムンクの・・・・・・」
「隊長・・・・・・!?」
俺とアリシアさんは同時に驚いた。
いきなりトップが挨拶に来るなんて思いもしなかったからだ。
それも、名乗ったのは、若い女性。
てっきり俺は、白髭を蓄えた筋骨隆々の老年男性を想像していた。
フランクさんが一歩前に出る。
「冒険者パーティー『スズラン』の隊長、フランクだ。急な頼みに応じてくれて感謝する」
「こちらこそ。少し、騒ぎになってしまいましたね」
アリシアさんが小声で俺に囁いた。
「ほら見ろ。決闘会場っぽいだろ」
「やめてください!」
すると、シャーロットさんの視線が、俺へ向いた。
「あなたが、閻魔さんですね」
名前を呼ばれただけなのに、肩に力が入った。
ここで怯えてはいけない。閻魔として。堂々と。
俺は息を整えて、できるだけ低く落ち着いた声を作った。
「・・・あ、ああ。そうだ」
沈黙。川の音が妙に大きく聞こえた。
シャーロットさんは俺をじっと見ていた。
敵意はないが、目を逸らすこともない。
「初めまして。お会いできて光栄です。アンデッドのナンバー2といったら、謎に包まれた大物という印象でしたからね。」
意外なことに、その口ぶりでは閻魔はバルムンクとの接点はほとんどなかった可能性が高い。
これなら、上手く乗り切れるかもしれない。
「まず、一つ伺ってもよろしいですか」
「・・・どうぞ」
「なぜ、アンデッドを離れたのですか?一時期、界隈ではとても騒がれていましたよ」
俺の心臓が嫌な音を立てた気がした。
当然だ。相手からすれば、それを聞かない理由がない。
アンデッドの大幹部が、なぜ組織を離れて、帝国の小さなパーティーと行動しているのか。
世界最強格の一人が所属を変えるというのは、それだけで事件なのだろう。
俺は、喉の奥を無理に動かした。
「ま、まあ・・・色々、あったからな」
自分で言っていて、あまりにも弱い答えだった。
シャーロットさんの表情は変わらない。




