30.鬼人族の里
近くを歩いていた住民達の姿を見て、俺は少しだけ目を見開いた。
「・・・角だ」
鬼人族。魔族とは、若干印象が違う。
魔族の角は側頭部から伸びるが、彼らの角は額の近くから生えていた。
子ども達が物珍しそうにこちらを見つめ、母親らしき女性が苦笑しながらその手を引いていく。
農具を担いだ男は軽く会釈すると、そのまま畑へ向かって歩いていった。
決して閉鎖的ではないが、よそ者を静かに観察している空気は確かに感じられた。
その空気をぶち壊すように、隣で弾ける声が響いた。
「いい場所だな!ちょっと探検していいか!?」
声の主はアリシアさんだった。
目を輝かせながら今にも走り出しそうになっている彼女を、フランクさんが制止する。
「今日はとりあえず泊まる予定だ。時間はまああるから、落ち着け」
「はぁい」
不満そうに唇を尖らせるアリシアさんを横目に、フランクさんは俺達を見渡した。
「ミアとヤリスとアリシアは宿を取っておいてくれ。ヒイラギは俺と一緒にバルムンクについて聞き込み調査だ」
「分かりました」
「あ、だったら私も行く!バルムンクって奴らのメンツも気になるしな!」
「忙しいやつだな」
ヤリスさんが苦笑を漏らした。
俺達が訪れたのは里の中心という雰囲気のバーだった。
木の梁が剥き出しになった店内には、酒樽と香辛料の匂いが漂い、昼食をとる鬼人族たちがぽつぽつと席を埋めている。
俺たちがカウンターへ歩み寄ると、グラスを磨いていた店主が顔を上げた。
「いらっしゃい。旅の人かい?」
「少し聞きたいことがある」
フランクさんが軽く頷いた。
「バルムンクっていう冒険者パーティー、この里に来てないか?」
店主は少しだけ手を止め、意味ありげな笑みを浮かべた。
「ああ・・・来てるよ。最近、この里も色々と抱え込んじまってね。腕の立つ連中が助け舟を出してくれてるって話なら、耳にしてる」
「・・・本当にいたんだ」
「昼頃になると川辺に集まることが多いよ。仲間同士で情報を持ち寄ってるみたいでさぁ」
「ありがとうございます」
フランクさんが礼を言うと、店主は興味深そうに俺たちへ視線を移した。
「ところで、その人達に何の用だい?」
「それは──」
フランクさんが答えようとしたその時、下卑た笑い声が店内へ割り込んできた。
「おい、お姉サン」
振り向くと、奥の席で二人の男が若い女性を囲んでいた。
胸元には腕章。この里の役人らしいが・・・・・・
「知ってるよなぁ?俺達、帝国から派遣された、エリート調査員なんだぜ?里の生態系を維持して、皆が安心して暮らせる社会を作るために一生懸命働いてるんだ」
男の一人が胸を張り、もう一人が女性の肩へ手を伸ばした。
「だからよぉ、お姉サンの身体も『調査』させてもらおうかなぁ?」
「これも里のみんなのためなんだからよォ!」
「や、やめてください!お願いです・・・・・・!」
鬼人族の女性は身体を縮め、涙目で声を震わせた。
異常事態だというのに、店内は静まり返っていた。
周りで酒を飲んでいた男達は止めようとするどころか、俯いたまま誰も視線すら向けようとしない。
俺は考えるより先に、足が動いていた。気付けば、男達の前に立っていたのだ。
「あ・・・あのっ!・・・その人、嫌がっています・・・・・・」
「あ、おいヒイラギ!」
フランクさんが慌てて呼び止めるが、もう遅かった。
二人の調査員が俺の顔を見て、ヘラヘラと笑う。
「あァん?どしたチビ。帰ってママンのおっぱいでも吸っとけよ」
「魔族ごときが人間様に偉そうにすんじゃねぇ!魔族ごときが・・・魔族・・・・・・・」
俺の顔を見た片割れの男から、みるみる血の気が引いていく。
「・・・おい」
「まさかこいつ・・・『アンデッド』の閻魔!?」
「なんでこんなところに!?」
男達が目に見えて狼狽し始めた途端、アリシアさんが勢いよく割って入ってきた。
「そうだぞ!こいつはマフィアも尻尾巻いて逃げ出す恐るべき冒険者、『閻魔』だ!昨日だってなんの罪もない客船を一撃で吹き飛ばして、乗客を虐殺したんだ!スピーネの連中もビビってたって話だぞ!」
「な、なんだってぇ!?」
「ちょっとアリシアさん!?」
昨晩のあれは、全部ソニヤさんが作った幻覚だ。
男達が驚くとともに、俺も度肝を抜かれる。
騒ぎは店内に広がり、視線が俺へ集まった。
喉が渇いて、心臓が嫌なくらい速く脈打ち始める。
俺はどうしようかと、震える右手首を左手で掴んで押さえ込んだ。
閻魔だと周りに思われている以上、怯えなど絶対に見せるわけにはいかない。
だが、俺の思惑とは裏腹に、調査員の一人が、震える指で俺を指した。
「み、見ろ・・・!あの右腕を・・・左手で封じてる!」
「え?」
思わず間の抜けた声が漏れてしまうのを他所に、男は半狂乱で続けた。
「聞いたことがあるぞ!閻魔は本気になると、自分でも抑えられない呪いを右腕へ宿す!だから左手で封印してるんだ!」
「ま、まさか・・・今から解放する気だ!」
「ち、違──」
否定しようとした瞬間、緊張で喉が引きつり、小さく咳き込んでしまった。
「ゴホッ・・・・・・!」
すると二人は飛び上がった。
「始まるぞ!秘技――『冥獄・封呪解放』だぁぁぁ!!」
「逃げろぉぉぉ!!」
椅子を蹴飛ばしながら、店を飛び出していく。
彼らの剣幕に釣られるように、店内にいた客達も悲鳴を上げて壁際まで後退し、誰一人として俺へ近付こうとしなかった。
「・・・・・・」
腫れ物扱いされるのは初めてではないが、こうも露骨に避けられるとやっぱり傷つく。
そんな俺を横目に、フランクさんは苦笑しながら店主へ向き直った。
店主はまだ青ざめたまま、小さく頷いた。
「・・・さっきの質問の続きだ」
フランクさんは俺の頭に手を置いた。
「この閻魔について大事な事を知っているバルムンクの隊員を、紹介してほしくてな」




