29.不気味な少年
やがて全員が荷物をまとめると、アリシアさんが首を傾げた。
「そういえばさ、バルムンクって普段どこにいるんだ?そいつらに話聞きに行くんだろ?」
ヤリスさんが肩を竦めた。
「それが分かりゃ苦労しねぇよ。内陸部から魔大陸まであちこち飛び回ってるからな」
「なにしろ、有数の冒険者パーティーだ。依頼があればどこへでも行く。今どこにいるかなんて普通は分からねぇ」
フランクさんが補足すると、アリシアさんは面倒そうに顔を歪めた。
「じゃあ探すしかないのか」
「まずは内陸部ギルドだろう。彼らは真面目だ。同じトップランカーでも、『アンデッド』と違って活動報告を怠らない。だからギルドへ行けば何かしら──」
「ねぇ」
フランクさんが行動指針を示そうとした時、不意に声がした。
全員が振り向くと、たった今すれ違ったばかりの人物がこちらに向き合っていた。
背丈からして、年齢は俺よりも下だろうか。
粗末な灰色のフードを深く被っており、朝日が差しているのに顔の上半分は影に隠れ、目元が見えない。
「お兄さん達、冒険者?」
その子供の質問に、アリシアさんが答えた。
「そうだが?」
「へぇ」
フードの奥から声が返る。
「見ない顔だね」
俺たちは少しだけ警戒した。
確かにこの地域ではよそ者だ。
だが、わざわざ話しかけてくる理由が分からない。
子供の好奇心にしては、声色があまりにも平坦だった。
ヤリスさんが子供を見る。
「・・・何だよ?」
「別に。珍しいなって思っただけ」
少し嘲笑の混じったような声とともに、子供は肩を竦めた。
俺たちを見ているというより、品定めしているように見えた。
人数。装備。会話。立ち位置。
全てを確認しているような。そんな視線。
俺達はその子供に違和感を感じ、少し目を細めた。
「さっきバルムンクって言ってたよね。バルムンクの人達を探してるの?」
ヤリスさんが警戒を強める。
「・・・そうだが」
「彼らなら、今は鬼人族の里にいるよ」
「・・・鬼人族の里?」
「そんなのどうして知ってるんだよ」
少年は少し首を傾げた。フードの影で表情は見えない。
「まあ、行ってみれば分かるよ」
そして港の外を指差す。
「街道を真っ直ぐ行って、三つ目の分かれ道を左。そこから山沿いに進めば着くから」
淀みない説明を受け、フランクさんが地図を広げた。
「・・・割と近いな」
ヤリスさんも眉をひそめる。
説明された方角は確かに未開拓地帯へ続くルートだった。
「じゃあ行こう!助かったぞ少年!」
アリシアさんは子供の手を取ると、感謝を述べた。
「お前はもう少し警戒しろ」
「でも、他に手がかりもないんだろ?いなかったらいなかったで、また探せばいいじゃないか」
「それはそうだが・・・まあ助かったよ、君」
結局、俺たちはその情報を頼りに動くことになった。
荷物を担ぎ直し、港を後にする。
去り際に、俺がなんとなく子供の方を振り返ると、少し強めの風が吹いた。
その瞬間、少年のフードが僅かに揺れ、黒髪の奥に隠れていた顔が一瞬だけ見えた。
「・・・・・・ッ!!」
背筋が凍った。
口角の上がった口元とは不釣り合いの、全く笑っていない目。
ソニヤさんのものともまた違う、ドス黒い何かが奥で渦を巻いているような・・・・・・
「ヒイラギ?どうした」
ヤリスさんの声で我に返る。
「いや・・・・・・」
俺は首を振って少年の方をもう一度見直したが、もう姿はいなくなっていた。
視界に入るのは、街を行き交う人々だけ。
一体何者だったのだろうか。
俺たちはその子供の素性など知る由もなく、鬼人族の里へ続く街道へ足を向けた。
***
目の前に広がる景色へ、俺は思わず息を呑んだ。
最初は深い緑だと思ったが、近づくにつれ、その緑が幾重にも重なる山並みだと分かってくる。
青く霞む山々は空へ溶け込むように連なり、その麓には濃い森が広がっていた。
森を縫うように一本の川が流れている。
底まで見えるほど透き通った水は、陽光を受けて銀色にきらめき、小石へ当たるたびに涼やかな音を立てていた。
川沿いには小さな田畑が整然と並び、風に揺れる穂が波のようにうねっている。
畑では老人が鍬を振るい、子ども達が走り回り、女性達は収穫した野菜を籠へ運んでいた。
家々は木と石を組み合わせた素朴な造りで、煙突から細い白煙が立ち昇っている。
豪華さはないが、人が人らしく暮らしている温もりが、この里には確かにあった。
「・・・綺麗だ」
港町とも帝国の街とも違う。
魔物の脅威がある世界だということを、一瞬忘れてしまうほど穏やかな景色だった。
土を踏みしめた瞬間、草木の青い香りが鼻をくすぐる。




