26.閻魔VSタランチュラ、2度目
タランチュラは少しだけ考えてから、鼻で笑った。
「いいや。お前ほどの男がそんな話に飛び付くわけねぇな」
レイジもまた笑った。自然に、余裕を持って。
「随分と買われたものだ」
「世界最強の大幹部様が、しょうもねぇ宝探しに夢中になる姿は想像できねぇ」
「元、だ」
「あ?」
「元大幹部だ」
タランチュラが、少しだけ口元を歪めた。
笑ったのか、それとも別の何かなのか、判然としない表情だった。
「そうだったな」
奇妙な空気だった。
殺気はある。それは確かだ。
タランチュラの周囲に漂う死の気配は、死体の数が証明している。
スピーネの戦闘員たちも、武器こそ下げているが、いつでも動けるように重心を低く保っている。
だが今すぐ斬り合う雰囲気でもない。
互いに互いを測っている。
何者なのか、何を知っているのか、どこまでが虚勢でどこからが本気なのか。
「お前達こそ何をしている」
レイジが尋ねる。
「仕事だ」
「山賊の仕事か?」
「そうだ」
「この船を襲う価値があると?」
「あるから来た」
「言い草からして、宝ではないのか」
タランチュラは答えなかった。
レイジがその沈黙を受け取って小さく笑うと、タランチュラの目が細くなった。
「・・・どこまで知ってる?」
「さあな」
レイジは海を見た。波が穏やかに揺れている。血の臭いが漂う甲板とは不釣り合いなほど、静かな海。
「だが少なくとも、こんな茶番に釣られたわけではない」
ミアは一歩も動けなかった。
いつものレイジじゃない。
頭の中で、その言葉が繰り返される。
確かに彼は強敵を前にしてハッタリの演技をこなすことがあるが、今夜のそれはいつもと少し違う気がしたのだ。
「・・・妙だな。前に会った時のお前はもっと小物に感じた」
「そうか」
「別人みてぇだ」
レイジは少しだけ笑った。
「人は変わる」
「数週間でそこまでは変わらねぇ」
その時、タランチュラがナイフを突きつけた。
「関係ねぇならどけ・・・と言いたいところだが、行きがけの駄賃だ。お前の首も貰っていくとしようか」
スピーネの戦闘員たちが武器を構えた。
ミアも反射的に杖を握り直す。
だがレイジは動じなかった。
まるで当然のように、タランチュラを見返した。
距離を測っているわけでも、逃げ道を探しているわけでもなく、ただそこに立っている。
「それは困るな」
「なぜだ?」
「今の私は死ぬ予定がない」
その言葉に、タランチュラが笑った。
短い笑い声だったが、空気が緩んだわけではなかった。
周囲のスピーネの戦闘員達は、誰も笑っていなかった。
ミアも杖を握ったまま動けなかった。
スピーネの連中にはわからずとも、ミアからすれば、今のレイジが言っているのはハッタリだ。
本当に戦いになれば、展開がどうなるかくらい子供でもわかる。
レイジもミアも、確実に助からない。
レイジはゆっくりとタランチュラを見た。
「本当に私を殺すつもりか?」
タランチュラが鼻で笑う。
「今さら何言ってやがる。お前の首は高く売れそうだ」
「そうか」
レイジは小さく頷いた。
そして、何気ない動作で、右手を横へ向けた。
魔法陣もなく、詠唱もない。予兆すらない。
ただ、指先に赤い光が灯った。
次の瞬間、隣を航行していた大型客船へ向かって、赤い閃光が一直線に突き刺さった。
一瞬にして、船体の中央が、消えた。
爆発ではなく、破壊でもなく、中央からごっそりと抉り取られたのだ。
木材も、鉄も、人間も、区別なく消滅した。
その光景に、誰も声を出せない。
ミアの顔から血の気が引いた。
スピーネの戦闘員達も、荷物の陰に隠れていた連中も、全員が凍りついたように沈黙している。
他の船で暴れていたならず者達は、何事かとこちらに視線を向け、レイジとタランチュラの姿を確認する。
「おい・・・あれって・・・・・・!」
「嘘だろ!?冒険者狩りに、閻魔!?」
「今の・・・閻魔がやったってのか!?」
「聞いてねえよ!みんな死んじまう!」
「ズラかるぞ!」
ならず者達はすっかり怯え、一目散に自分達の船に飛び乗っていく。
「・・・乗客ごとか」
タランチュラの口から、それだけが零れた。
初めてだった。彼の表情から、余裕が消えていた。
対してレイジは穏やかな顔をしている。
まるで何事もなかったかのように、静かな目で海を見ていた。
「これを見ても同じ事が言えるのか?」
「・・・・・・」
「お前がどれほどの力を持っているかは、先ほどの暴れっぷりで理解している。だが、こんな不安定な環境で私とやり合えば、誰も生きて帰れないだろうな」
タランチュラはしばらく黙ったまま、レイジを見ていたが、やがてゆっくりとナイフを下ろした。
レイジもそれ以上動かなかったため、戦場は、膠着することとなった。




