22.息抜きの餌やり体験
「おお、来た来た!」
ヤリスさんも餌を買って俺の隣に来ると、遠くに向かって粒を投げた。
「あ、今の私の方が遠くなかったか?」
「バカ!俺の方が遠いに決まってんだろ!」
いつの間にか、ヤリスさんとアリシアさんが遠投の競い合いを始めている。
「この魚の餌、材料は何なんでしょうね」
一摘みした茶色の粒に、俺はふと疑問を口にした。
「人肉だったりして」
「死体処理じゃねぇんだぞ!」
ミアさんの適当な返答に、ヤリスさんが突っ込む。
右へ投げると、魚が右へ集まる。左へ投げると、今度は左へ。
少し遠くへ投げれば、群れ全体がそちらへ移動する。
何十匹もの魚が、俺の手の動き一つで右往左往している。
俺は今、この魚の群れを支配している。
魚たちが殺到する光景を前にして、俺は心の中でドス黒いものが湧いてくる気がしていた。
「なんか・・・楽しいですね」
「恍惚とした笑みを浮かべるな!闇が深いぞヒイラギ」
海風が吹き抜け、魚たちは相変わらず餌を求めて波間でひしめき合っていた。
気付けば頭を締め付けていた試験勉強の重圧は、少しだけ軽くなっていた。
***
夜中に目が覚めたのは、航海を始めて1週間経った頃だった。
「はっ・・・はっ・・・・・・!」
嫌な夢だった。
前世の、狭くて逃げ場のない独房で暮らしている日の記憶。
夢だと分かっていても、胸の奥に残る感触は消えなかった。
息苦しさが胸の中にこびりついて、まぶたを開けても容易には剥がれなかった。
寝台から起きた俺は、とても寝られそうになかったため、静かに外へ出た。
夜の海は静かだった。
甲板に足を踏み出すと、月明かりが波の上に細い道を描いていた。
「ミアさん・・・・・・?」
甲板には、見知ったシルエットの女性が立っていた。
ミアさんの腕には1羽の鳩が止まっていたが、俺の姿に気づくと、腕をそっと上げて鳩を放した。
鳩は夜空へ飛び立つと、そのまま夜闇に溶けていった。
「鳥と触れ合ってたんですか?」
「床に落ちた餌をつついていたから、近づいたら懐かれた」
「そ、そうなんですね・・・・・・」
静かな夜だったので、会話がないとなんとなく気まずい。
「あの・・・ミアさんは、巻き込んだこと・・・実は怒ってますか?」
これまで俺が閻魔である関連で、あらゆる組織に追われて危険にさらしてきたこと。
口にしながら、改めて重くなった。
言葉にして初めて、その重さが自分の中にずっとあったことに気づいた。
「どうして?もし怒っていたなら、とっくに抜けてる」
「・・・・・・!」
彼女の本当に気にしていなさそうな顔に、少し肩の力が抜けた。
だが安心した途端、別の不安が顔を出す。
俺は手すりにもたれ、暗い海をぼんやりと眺めた。
夜の水面は深くて、どこまで続いているのか分からなかった。
「はじめにアンデッドに追われていた時は、いつか俺に閻魔の力と記憶が戻るんじゃないかってみんな思ってました。でも結局、何ヶ月経っても閻魔の力なんて出せたことないです」
波が砕ける音が足元から伝わってくる。
「これからも逃げたり騙したりしながら生きていくんですかね」
自分の乾いた笑いが夜風にすぐ消えた。
そもそも、もしかしたら元の閻魔だって、本当は力なんてなかったんじゃないだろうか。
アンデッドの隊長があっさりと俺を手放した理由。
もし本物の閻魔が無力だったのなら、あの男の反応にも説明がつく。
考えれば考えるほど、それが正解のような気がしてきた。
「あなたは、これからどうするの?」
「え?どうするって・・・・・・」
「内陸へ行って、逃げたり騙したりして人の目を躱すことはできる。でも、そんな生き方を一生続けるわけにもいかない」
ミアさんはまっすぐにこちらを見ていた。
遠慮も、濁しもない目だった。
「どこか、目指す場所はない?」
答えに詰まった。考えたことがなかった。
生き残ることで精一杯だった。明日のことばかり考えていた。その先なんて、一度も。
黙り込む俺に、ミアさんは続けた。
「もっと言うなら、ヒイラギ君は、前世に帰りたい?」
「・・・帰りたいです。家族とか友達に迷惑かけたこと、謝りたいです」
あの日、突然終わった人生。
何も伝えられなかった。何も残せなかった。
母さんにも、父さんにも、友達にも。別れの言葉すら言えなかった。
「あなたは冤罪で処刑された。戻ったところで居場所はないかもしれない」
「それでも・・・友達にも親にも何も言えずに別れちゃったから・・・せめて謝りたいなって」




