21.後を追うスピーネ
港の見張り台から悲鳴が上がった。
夜の波音を切り裂くような、短い叫びだった。
見張りの男は喉を切り裂かれ、そのまま暗い海へと落とされた。
波が彼を飲み込む音さえ、あたりの静寂に溶けて消えた。
暗闇の中から武装した人影が数人現れる。
全員が特殊なナイフを持ち、その柄には蜘蛛の形を模した魔術回路が紋章のように刻まれていた。
その事実から判断できることは、彼らが山賊組織スピーネの戦闘員であることだ。
「次」
仲間の一人が無言で倉庫裏へ向かう。
物音に気づいて出てきた警備兵が状況を把握するより早く、ナイフが弧を描いた。
男は抵抗する間もなく崩れ落ちた。
「知ってそうな奴を探せ」
別の構成員が周囲を見回しながら言う。
「船乗りか?」
「港湾管理の連中のほうがいいだろ」
数分後、一人の男が倉庫の壁へ押し付けられていた。
首筋に冷たい刃が当てられているのは、港の管理補佐。
「聞きたいことがある」
「な、何だ・・・・・・」
「最近の荷物に、帝国が送り主の高級魔道具があっただろう。それは今どこにある」
「高級魔道具?・・・・・・ああ、某国出荷予定のアレか。昨日、大勢の旅行客と一緒に港から出荷して、今頃ステュクス川を登ってるはずだが・・・・・・」
「何?」
返答を聞いたスピーネの男の男の顔色が変わった。
自分も殺される、と思った管理補佐官は足の震えが止まらない。
スピーネの男はナイフを下ろすと、通信魔法で連絡を取った。
「兄貴。どうやら一足遅かったみたいですぜ。ブツは既に出航していて、港にはないそうです」
通話の相手は、一呼吸の間を置いて指示を出した。
「わかった。船の手配をしろ。俺も合流する」
「了解」
「今回はそれなりに色のついた大仕事だ。場合によっちゃ輸送船を沈めてでもブツを処理するぞ」
連絡相手の男、『冒険者狩りのタランチュラ』は通話魔法を切ると、座っていた木箱から腰を上げた。
***
VIPルームでの勉強会。
資格試験の参考書を閉じたのは、もう何度目だっただろう。
閉じたところで覚えた内容が頭に残るわけでもない。数秒後にはまた開き、同じページを睨みつける。
「・・・内陸危険区域第三種における毒性植物群の判別基準・・・・・・」
昨日までは地形。今日は植物。その前は魔物。さらに前は応急処置。
覚えたと思ったら別の知識が押し寄せてきて、頭の中から古い情報を押し出していく。
「無理だよこんなの・・・・・・」
俺は机に突っ伏した。
当然といえば当然なのだが、内容が広すぎる。
毒草だけで何十種類あるんだ。人間を殺す気か。
いや、危険区域で死なないための知識だから、人間を生かす気なのか。
「んうぅううぅう・・・・・・」
一人で唸っていると、突如部屋の扉が勢いよく開いた。
「みんな!」
「うわっ!?なんだアリシアびっくりするだろうが!」
飛び込んできたのはアリシアさんに、ヤリスさんが文句を言う。
俺は1番手前にいたからだろうか、何かを言う暇もなく腕を掴まれる。
「向こうでなんか楽しいことやってる!行くぞ!」
「は?いや勉強は──」
ヤリスさんが口答えする間もなく、俺は部屋の外へ連れ出されてしまった。
「あっ、ちょっとアリシアさん!」
「何だってんだ全く・・・・・・」
俺達が階段を上って甲板へ出ると、涼しい風が顔を叩いた。
「ほらあれ!」
アリシアさんが指差した先には、小さな屋台のようなものがあった。
木箱の上に餌の入った桶が並べられており、船員らしき男が客へ説明している。
「魚の餌やり体験?」
「そう!みんな勉強で脳みそ煮えてるだろうからな!息抜きに連れてきたんだ!」
「ええっと・・・・・・」
俺がフランクさんの顔色を伺うと、特段気にしていなさそうな雰囲気だったので安堵する。
俺達は餌の入った紙袋を受け取り、甲板の縁へ歩いた。
水面は穏やかで、船が進むたびに白い泡が広がっている。
試しに餌を一粒投げると、水中の影が一斉に集まってきた。
銀色の魚が水面を割って飛び出す。
一粒ずつ、何度も餌を投げていると、10匹以上が集まってきていた。
水面がざわつき、魚同士が競い合うように口を開けている。




