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20.盗賊アリシア

アリシアさんが腹を抱えて笑い出した。


「ハハハ!ヒイラギ口パクパクしてるぞ!」

「嫌だったら断ってもいいんだぞ!」


横からヤリスさんまで面白そうに笑っている。

俺はミアさんとアリシアさんへ交互に視線を移し、アリシアさんに向けて歩き出した。

アリシアさんは財布を指先で揺らしながら、後ろ向きに下がっていく。

俺はじわじわ距離を詰めて、彼女を船の端近くまで追い込んだ。


「アリシアさん・・・人のもの盗るのはよくないと思います・・・・・・!」


恐る恐る言うと、アリシアさんの口元がゆっくり吊り上がった。


「ほう?」


俺は財布を取ろうと手を伸ばしたが、アリシアさんの身体が、俺の横をすり抜けた。

バスケで相手に抜かれた時の感覚に似ていた。

後ろを振り向けば、アリシアさんはもう数歩先で笑っていた。

そこからしばらく追いかけっこは続いた。

追いかけているはずなのに、完全に遊ばれている気分。

だが、しばらくして、前を駆けていたアリシアさんの足が不意に止まった。

さっきまで響いていた笑い声が糸を切られたように途切れる。


「アリシアさん?」


彼女は返事をせず、口元を手で押さえたまま、じっと動かなかった。

欄干へ頼るように手を伸ばすと、木の縁を掴んで、そのまま力なく体重を預ける。


「うううう、気持ちわるいぃ・・・・・・!」

「ええっ!?だ、大丈夫ですか!?」


俺は慌てて駆け寄り、アリシアさんの肩を支えた。

顔色は真っ青だが、熱がある感じじゃない。

そのまま肩を支えながら近くの木箱へ座らせる。


「大丈夫か?」


ミアさんとフランクさんとヤリスさんが歩いてきてアリシアさんに水を渡す。

その代わりに財布は返してもらった。


「船酔いだな。初めてだから無理もない」


しおれきったアリシアさんの症状から、フランクさんが判断する。


「バチが当たったな!盗みなんかするからだ」

「うるさいぃ・・・・・・」


横からヤリスさんがにやにやしながら覗き込む。


「まあこれに懲りたら大人しくしていろ」


フランクさんが数枚の紙束を俺達にそれぞれ配った。


「とりあえず、船にいる間はこいつの対策をしてもらおうか」


受け取った表紙には、『危険区域開拓資格』と大きく書いてあった。


「なんだ?これ」

「内陸部で冒険者として活動するために必要な資格試験だ。魔物の生態、地形、応急処置、法規、安全規則。生き残るための知識が問われるものだ」

「うげぇ・・・難しそうだな」


隣で質問したヤリスさんが、苦手そうな顔をした。


「まあ、少なくともそこで伸びてるバカみたく退屈せずにすむだろうさ。コイツに合格しないと内陸部ギルドで相手にされんから心してかかるように」


***


翌朝、俺達は船内のテーブル席で、それぞれ問題用紙と格闘していた。

まずは過去問を解いて、自分達の現時点を確かめる。

しばらく会話のない空間で、紙をめくる音、ペン先が走る音、窓の外で鳴く鳥の声が耳に届く。


「そこまで」


試験監督役を買って出ていたフランクさんが、机の上を回りながら答案用紙を回収していく。

船室の中は適度に静かで、窓の外では波が船腹を叩き続けている。

フランクさんは集めた答案へ目を通し始めた。

結果を待つ時間というのは妙に長く感じるものだ。

やがて採点を終えたフランクさんが、答案を一枚ずつ机へ並べていった。

俺の結果は当然わかりきっていたことだったが、ヤリスさんとアリシアさんも顔をしかめていた。

だが、その中で一枚だけ、異様な存在感を放つ答案があった。


「満点!?」


アリシアさんが音を立てて椅子から立ち上がり、ヤリスさんも目を丸くした。

その答案の持ち主は、ミアさんだった。

驚く俺達に向けて、無言のままピースしてみせた。


「ミアは素晴らしい結果だったが、後はとても合格点は上げられないな。」


フランクさんが講評する。


「そっか!さてはこいつ魔法学校で真面目に勉強してたな!」


大げさにため息を吐いて、椅子の背中にもたれかかった。


「いいなぁ。私も普通の学校行きたかった!」


アリシアさんに視線を向けた時、俺が思い出したのは、真っ青な顔で欄干にしがみつき、今にも倒れそうになっていた昨日の姿。


「そういえばアリシアさん。もう船酔いは大丈夫なんですか?」

「ん?ああ、寝てたら治った」


実際には、治ったというより慣れたのだろう。

一通り騒ぎ終えたところで、フランクさんが椅子から立ち上がった。


「まあ、とりあえず、各々、現時点の学力がどの程度かは分かったな。ヒイラギ、ヤリス、アリシアは資格試験の勉強に励むように」

「はぁい」


返事として聞こえたのは、3人分の重たい溜め息だった。

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