19.退屈が嫌なアリシア
「交渉のこの字もない駄々でしかなかったがな」
「でも、リーダーちょっと笑ってなかったか?」
ヤリスさんが尋ねると、フランクさんは肩をすくめた。
「そう見えたか?」
俺も横目にフランクさんの口角が上がっていた気がした。
普段手を焼いているアリシアさんだから、その大変さはわかっている。
はじめから高圧的な態度を取ってきた港長のことは気に入らなかったのだろう。
船はステュクス川の河口から上流に向けて進んでいく。
俺は、もう一度、海の方に目をやった。
恐らく俺達が潜った辺りは、ずいぶん遠くに見える。
もしかすると、海流の本当の原因は、洞窟そのものじゃなかったんじゃないか。
頭の中で、勝手にその考えが転がり始める。
帰りに見た巨大な竜は、肌がひりつくほど強い魔力を纏っていた。
それが、洞窟のダンジョンが崩壊した途端、こちらに目もくれずに深海へゆっくりと泳いでいった。
「あの歌に、引き寄せられていた・・・・・・?」
「ん?なにか言ったか、ヒイラギ」
ヤリスさんがすぐ横で振り返ったので、俺は慌てて首を振った。
「いえ、何でもないです」
「あー、もういいだろ。早く荷物下ろしに行こうぜ。疲れたよ俺」
ヤリスさんが大きく伸びをした。
片手で首筋を揉みながら、心底うんざりした顔で肩をぐるりと回している。
「えー?こんなにデカい船なんだ、皆で探検しよう!下の階とか、絶対なんかあるって!」
欄干にもたれかかって海を眺めていたアリシアさんが、勢いよく振り返った。
「嫌だよ!やっと休める機会を得られたってんだから、寝るに決まってんだろ!」
ヤリスさんが即座に切り返した。
二人が真正面から睨み合う横で、フランクさんがため息を吐いた。
「アリシア。これ、何日で着くと思ってる」
「ん?一週間だろ?時間はたっぷりあるじゃないか」
「お前、俺達が今どういう立場かわかってるか?」
フランクさんに続くようにミアさんが静かに口を開いた。
「私達は偽りの名前で乗っているの。あちこち嗅ぎ回ったりしたら、余計なところで顔を覚えられるかもしれないでしょ」
「えー。じゃあどうするんだよ。寝るだけなんかつまらないぞ」
アリシアさんは不満そうに欄干に顎を乗せる。
フランクさんはそんな様子を見ながら、ミアさんへ視線を向けた。
「ミア。何か、こいつが部屋で時間を潰せる知恵はないか」
「瞑想とか?」
ミアさんが答えると、間髪入れずにアリシアさんが顔をしかめた。
「やだよそんなジジババの嗜み!」
その時だった。
「パパ!カモメがウンコしたよ!」
突然、足元から元気な声が響いた。
「ん?」
フランクさんが視線を落とすと、小さな男の子が、いつの間にかフランクさんの服の裾を掴んでいたのだ。
だが、その子は顔を見上げた瞬間に固まった。
「あ、え・・・・・・」
どうやら間違えたらしい。
少し離れた場所から、慌てた声が聞こえたかと思うと、一人の男性が駆け寄ってきた。
「す、すみません!ほら、お父さん違うだろ!」
子供の手を取って引き寄せる。どうやら本物の父親らしい。
「どうも、すみません・・・・・・」
申し訳なさそうに頭を下げる男性に、フランクさんは軽く首を振った。
「いえ」
しばらくその背中を見送った後、フランクさんが小さく息を吐いた。
「・・・とうとう俺もオッサンに見られるようになったか」
フランクさんが少し肩が落としているところにヤリスさんが身を乗り出す。
「パパ!お小遣いほしいな〜」
「やめろ」
ヤリスさんのからかいに笑いそうになった時。
「隙あり!」
アリシアさんは手をミアさんの服へ滑り込ませ、数歩後ろへ飛び退いた。
フランクさんの方へ意識を向けていたミアさんは反応できない。
アリシアさんの手の中で、ミアさんの財布がひらひらと揺れていた。
「返してほしかったら、捕まえてみろ!」
アリシアさんは勝ち誇った顔で掲げて、完全に挑発している。
だがミアさんは慌てず、静かに俺の肩へ手を置く。
「使い魔を召喚するわ」
「え?」
「ヒイラギ君。取り戻してきなさい」
「えっ・・・ええ・・・・・・!?」
一瞬理解が追いつかなかった。
ミアさんは普段、鷹や小動物を使い魔として偵察や支援を行うことがある。
今、俺はその枠に指名されたのか?




