15.壊された2人の未来
新婦の手を取って、そこで止まった。
数秒の沈黙の後、また同じ旋律が空気の中に滲み出てきて、骸骨たちが立ち上がり、最初のステップに戻った。
ループ再生だ。何度も、同じ。
とても、悲しい歌だった。
歌詞のない、楽器の名もわからない、ただの旋律。
だけどその一音一音が、何か取り返しのつかないものを撫でているみたいで、鼻の奥が勝手に痛くなる。
聞き続けたくない、だけどずっと聞いていたい、が、同じくらいの強さで重なっていた。
俺は息を整えてから台の上に近づいて、骸骨をよく見て、気づいた。
「これ・・・魔術回路・・・・・・!」
新郎の骸骨の肋骨の表面、新婦の骸骨の鎖骨の根元に、細けれど確かに走る線が刻まれている。
次に踊りが止まったその一瞬、俺は新郎の骸骨の魔術回路に指先で触れた。
すると、眩い光とともに情景が流れ込んできた。
「うっ・・・・・・」
いつの話かもわからない、この2人の過去。
かつてここは、地上の、海沿いに建つ城だった。
崖の上に張り出した白い石造りの城で、窓の向こうで波が砕けている。
広間は同じだ。今と同じアーチ型の梁。
けれど絨毯は新しく、椅子には人が座り、花が飾られて、空気は祝福で満ちていた。
中央に、2人。若い男と若い女が、手を取り合って誓いの言葉を交わしている。
幸せそう、なんて言葉では足りなかった。
あれは、これから一生を共にすることへの、ただひたすらに穏やかで、ひたすらに信じきった、2人だけの空気だった。
そこに、誰かが入ってきた。黒い影。
あれは、俺だ。
いや、正確には、俺が転生する前の。閻魔。
閻魔が──会場にいた全員を殺した。
新郎を、新婦を、参列していた全員を。
一瞬だった。何が起きたのか誰も理解する間も与えられず、空気が祝福から血と肉の温度に塗り替えられる。
新郎が新婦を庇おうとして間に合わず、2人とも同じ床に折り重なって倒れた。
手は、最後まで離れなかった。離す暇もなかった。
情景が解けた時、俺は骸骨の前に膝をついて息を整えていた。
「あれを・・・閻魔が・・・・・・?」
なぜ、この人達を殺したのだろうか。
何の話し合いもなく、何の理由も提示されず、ただ突然、災害のように現れて、2人の一生分の幸せを1秒で消した。
それで、死んでもなお、白骨化してもなお、ずっとここで踊り続けているのか。
最後の踊りも、誓いの言葉も、指輪の交換も、何もできずに殺されたから、ずっと、繰り返しているのか。
人の想いに応える魔素が、この2人の結ばれたかった想いに応えて、これを作り出したのか。
足元の絨毯の毛羽立ちが、視界の中でぼやけた。
間違いない。俺たちが追ってきた海域の不自然な海流、商船を沈めた原因はこれだ。
俺は腰に差しているナイフに手を伸ばした。
だったら、この魔術回路を壊せばいい。
骨の表面に走る模様にナイフで切り込みを一本入れるだけでいい。
それだけでこの現象は終わって、任務は達成される。
俺でもできる、簡単な作業だ。
だが、どうしても、俺は実行する気になれなかった。
やらないと任務を達成できない。
俺達は内陸へ行くことができない。
フランクさんも、ヤリスさんも、アリシアも、ミアさんも巻き込んで。
でも。
この踊りを止めることは、2人の遺した無念すらも奪うことになる。
過去の閻魔が壊したこの人達の願いを、俺がまた壊すのか。
「それは・・・嫌だ・・・・・・。」
俺は膝をついたまま、踊りを眺めた。
旋律は何度目かのループに入っていて、今までもこうして途切れることなく、観客もなく、誰にも知られることもなく踊り続けたのだろう。
毎回、同じ振付。手を取って、揺れて、お辞儀をして、最後に新郎が新婦の前で膝をついて。
そこで、止まる。
──その先が、ない。
俺は喉の奥が詰まって、思わず立ち上がった。
指輪は、どこに、行ったのだろう。
式の直前まで、誰かが持っていたはずだ。
新郎自身か、付き添いの誰かか、神父役の誰かか。
俺は立ち上がって、台の周りを見回した。
朽ちた絨毯の上に、埃と、崩れた木材と、骨の欠片が散らばっている。
最初に入ってきたときには、ただの瓦礫の景色にしか見えなかったものが、今は違って見えた。
一つ一つが、あの日、あの瞬間に、誰かの手にあったものだ。
膝をついて、絨毯の毛羽立ちを指でかき分けた。
新郎の骸骨が膝をつく台の、ちょうど真下。
床板が一枚、外れて落ち込んでいた。
手を差し込んで探り当てたのは、小さな箱。
蓋に蔓草の彫刻が施されていて、けれど木目はもう半ば朽ちかけていて、指で押すだけで角が崩れた。
震える手で、慎重に開けると、2つ。
銀色の指輪が、経年で黒く曇って、表面に細かい傷が浮かんで、それでも紛れもない、本物の指輪が2つ入っていた。




