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14.終わりのない結婚式

フランクの指示を受け、ミアは再び海中にいた。

ロープを伝って、暗い水を斜めに登っていく。

ヘルメットの観察窓から見える視界は、握り拳ほどに狭い。

呼気は鈍い金属音となって耳の中で反響し、自分の心音と区別がつかなくなる。

船にある予備の潜水ヘルメットを抱えて、もう一度海底へ降りる。

たったそれだけの仕事のはずだった。

ロープに沿って降下する途中で、ミアは違和感に気づいた。

深海から漂ってくる気配が、先ほどと違う。

冷たい。下から、何かが冷気を押し上げてきている、そういう冷たさだった。

ロープが、ふっと、横に揺れた。

潮の流れではない。

ミアは、杖を一本、ホルダーから抜いた。

掌に馴染む細い杖の先に小さな光球を灯すと、下方へ向けて放つ。

緑色の光が、ゆっくりと沈んでいく。

1メートル。2メートル。3メートル。

その縁に、何かがふっと、現れた。


「魚・・・・・・?」


50センチかそこらの魚の形をしたシルエットが、鏡のような鱗でミアの放った光を反射している。

人間なんて簡単に丸呑みできるサイズ。

不格好な姿形は頭部だけで全長の半分近くを占め、その重さに尾びれが見合っていない。

進化の過程で何かを間違えたとしか思えない、釣り合わない巨躯だった。

頭部には真珠のように白い目が幾つも並び、それぞれが独立に動きながら、その全部が今はミアを向いていた。

体表は暗い紫色で、当たらなければただの黒い塊にしか見えない。

鱗はなく、ぬめった皮膚が水流に押されて波打っている。

頭部の下半分はそのまま口になっていて、内向きに反り返った針歯が何重にもびっしりと並んでいた。

ミアは2本目の杖を抜き、両手に構えた杖で自分の背後の水を思い切り爆ぜさせる。

水中爆破の応用魔法だ。

圧縮された気泡が一瞬で膨張し、その反作用でミアの体は前方へと叩き出された。


「ミア!?何があった!」


フランクの声がテレパシーの魔法で頭の奥を直接叩くが、ミアに返事をする余裕はなかった。

魚型の巨大な魔物は、ミアを捕食すべく追ってきた。

背後の水圧が変わり、巨大な質量が水を割って迫ってくる感触は、振り返らずとも肌で読めた。

一秒でも振り返れば、その分追いつかれる。

ミアは閃光弾を後方の水中に置いて、わずかに距離を取った瞬間に起爆した。

白い光が水を真っ二つに引き裂き、海底の闇を一瞬だけ昼に変えた。

その刹那、魔物は怯んだ。

数百の白い目が、瞼のないはずの瞼を慌てて閉じる動き。

この種の生き物は深海に生息しているため、光は目に対する暴力だ。

ミアは全身を矢のように伸ばし、彼女は洞窟の入口へまっすぐに泳いだ。

背後で、巨大な質量がまた水を切る。

誘蛾灯の光が、ヘルメットに反射して、ゆらゆらと笑い続けていた。

ミアに聞こえるのは、潜水ヘルメットの内部で反響する自らの荒い吐息だけ。

目的地である岩の裂け目にギリギリで滑り込んだ瞬間、背後の水流が強引に折り返す気配があった。

魔物は身を翻し、自分の巨躯では入り込めない狭間を一瞥してから、暗闇のほうへと沈んでいった。


***


階段を一段ずつ登るたびに、空気が確かに重くなっていく。

これが、濃度の高い魔素か。

肺の奥に見えない水を注がれていくみたいな感覚があったが、まだ苦しいというほどでもない。

俺は、最上段の扉を押し開けた。

長い年月雨風にさらされてきたのが一目でわかる、漆喰のようなものがこびりついた重い木の扉だ。

取っ手に手をかけて肩で押すように開けると、蝶番が悲鳴のような音を立てた。

その先には、何やら古めかしい会場があった。


「・・・結婚式?」


天井の高い広間で、アーチ型の梁の下に色褪せた赤い絨毯が中央を貫き、両脇に並んだ椅子は半分以上が朽ちかけて崩れている。

それでも整然と並ばされたまま、まるでまだ式の最中のように佇んでいた。

そして正面、一段高くなった台の上で、二人分の骸骨が踊っていた。

2体の白い骨が向かい合って、片方はぼろぼろのレースをまとい、もう片方は糸の解けたタキシードの形をした布をまとっている。

風化して、もう布なのか繊維なのかも怪しいような薄さだったが、それでも辛うじてそれが何かは判別できた。

スピーカーも楽器も何もない。

にも関わらず、そこには音楽が流れており、広間の空気そのものが旋律を含んでいた。

踊りは静かなものだった。

激しく回ることもなく跳ねることもなく、ただ手を取って左右に体を揺らし、時々お辞儀をして、また手を取り合う。

骨同士が触れる乾いた音が、音楽の隙間に微かに混ざる。

しばらくして、音楽と踊りが止まった。

2体の骸骨は最後にそっと向かい合い、恐らく新郎と思われる片方が膝をついた。

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