12.閉所恐怖症
ヒイラギの様子が、一変していた。
環境が変わった途端、さっきまでの落ち着きが嘘のように、顔から血の気が引いていたのだ。
立っているというよりは、岩床に両手両膝をついて、頭を抱えている。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい──」
「おいっ!ヒイラギ!?しっかりしろ!」
俺は駆け寄って、ヒイラギの肩を揺すったが、まるで俺の存在に気づいていないように、反応がない。
ガタガタと、骨ごと震えて、歯がカチカチと鳴っている。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!」
怯え方が異常だ。
子供が暗闇を怖がる怯え方じゃない。
冒険者が魔物に追い詰められる怯え方でもない。
もっと、もっと深いところから湧き上がる怯え方だった。
何度も、何度も、何度も同じことを繰り返してきた人間の、骨の髄まで染みついたような。
許しを乞うことが反射になってしまった人間の、怯え方。
こいつの過去については、ひどい目に遭ったことがあると、聞いている。
でも、詳しく知っているわけじゃない。
一体、こいつに、何があったっていうんだ。
石の擦れる音が一段大きくなり、俺は天井を見上げた。
もう松明を高く構えられない高さまで下がってきていた。
「うううん!クソ!」
試しに押し返してみようとするが、巨大質量の石の塊はビクともしない。
必死に部屋中を見回すと、隅の方に扉がある事に気づいた。
あれに鍵がかかっていなければ、ここから抜けられるかもしれない。
「ヒイラギ、立て!立てって!」
俺は力づくでヒイラギを引っ張って扉の方へ向かったが、天井は俺達にしゃがむことすら許さない程に下がってきていた。
「うおおおおあああ!」
潰される。
間に合わないと踏んだ俺は、咄嗟に持っていた潜水ヘルメットを床の段差に乗せた。
ヘルメットが段差と天井の間に挟まると、天井の動きが止まった。
水深百メートルの水圧にも耐えるよう作られた、銅と真鍮の頑丈なヘルメットだ。
いつまで持つかなんて、わからないが、時間稼ぎにはなった。
「嫌!嫌あああああっ!!」
二人とも腹ばいになる姿勢を強いられる中、ヒイラギが狭い空間で狂ったように絶叫した。
大人の男の声じゃなかった。子供の声でもなかった。
何かもっと、人として最後まで譲れなかったものを引き剥がされる時の、そういう声だった。
「ヒイラギ!」
焦りもあったが、それと同じくらい、こいつに呼びかけなくてはと思った。
「ヤリス・・・さん・・・・・・」
ヒイラギは俺の大声でようやくこちらに意識を向けた。
「目瞑って、俺の足掴め!何も考えんな!俺がここから連れ出してやるから!」
すると、足首を、驚くほど強い力で握りしめられた。
骨が軋むほど痛いが、そうしている間はヒイラギは無事なのだとわかる。
俺は姿勢を低くして、ヒイラギを引きずるように這って進んだ。
頭の中で、勝手に最悪が回っていく。
鍵がかかっていたら終わりだ。
でも、ここにいても終わりだ。
「ヒイラギ! 絶対出るぞ、こんなところ!」
返事はなかった。代わりに、足首の手の力が、もう一段強くなった。
ヘルメットからヒビの入る嫌な音が聞こえてくる。
俺達は扉まで辿り着くと、力の限り押した。
「開け・・・!開いてくれ・・・!頼む・・・・・・!」
錆びた蝶番が悲鳴のような音を上げ、扉が向こう側へ開いた。
俺はほとんど転がるように隙間に滑り込んだ。
足首を握ったままのヒイラギも、釣られて引きずられてくる。
2人分の体が扉の向こうへ抜けたその瞬間、ヘルメットが砕けた。
石と石が、噛み合う鈍い音。あとには、何の隙間も残らなかった。
あと一秒、いや、半秒遅れていたら。
俺達は2人揃ってミンチになっていただろう。
「は、はは・・・・・・」
汗で全身が冷え、膝が勝手に折れた。
「漏らすかと思ったぜ・・・・・・!」
床に膝をついて大きく息を吐いた次の瞬間、背中に衝撃が来た。
「どわっ!?ヒイラギ!?」
ヒイラギが、後ろから抱きついてきたのだ。
喉の奥から押し出すような声で泣いていた。
人に密着されるのは好きじゃないが、今は振りほどく気がしなかった。
「大丈夫、もう大丈夫だからな・・・・・・」
俺は、肩越しに手を伸ばして、ヒイラギの背中をぽんぽんと叩いた。
やがて嗚咽が小さくなると、ヒイラギの腕の力が少しだけ緩んだ。
「すみません。ヤリスさん。俺・・・・・・」
「お前が謝ることじゃねえよ」
「で、でも、俺のせいで、ヘルメットが・・・これじゃ・・・どうやって帰れば・・・・・・」
確かに、さっきの部屋を抜け出すために俺は潜水装備を失ってしまった。




