11.分かれてしまったヤリスとレイジ
ヤリスさんがキョトンとした顔で尋ねた。
「ひょっとしてお前・・・・・・」
「はぁ!?そんなわけないだろ!お化けなんているわけ──」
アリシアさんが血相を変えて否定しようとすると、俺達の首筋を、生暖かい風が撫でた。
当然海底なので、風の出所などあるはずがない。
「わぁあああっ!!」
アリシアさんが、それまでの足取りからは想像もつかない速さで、険しい足場を駆け抜けていった。
「あ、おい!待てアリシア!」
俺とヤリスさんは取り残されてしまった。
あの怖いもの知らずで、どんな相手にも飛びかかっていくアリシアさんが、本気で怯えている。
「何笑ってんだ?」
「え?」
ヤリスさんが、俺の顔を見て意外そうにしていた。
「クスクス笑ってただろ、今」
言われて初めて、自分が笑っていたことに気づく。
俺は少し、アリシアさんに親近感が湧いたのだ。少しだけ、同じ場所に立てているような感覚。
「なんか・・・仲間なんだなーって・・・・・・」
「なんだそりゃ」
ヤリスさんが呆れたように笑った。
さっきまで自分がパニック寸前だったことを、忘れていた。
アリシアさんの怯える姿を見ていたら、少しだけ、気が紛れていたらしい。
動くしかない。手足を動かしていれば、いつかはこの時間も終わる。
気が楽になったと思ったその時だった。
次に足を踏み出した地面が、光った。
予め決まっていた軌跡を描くように、光が岩の継ぎ目を伝って広がっていく。
「なんだっ!?」
「え、何・・・・・・?」
次の瞬間、床が崩落し、俺達は人知れず下層へ落ちてしまった。
***
無我夢中で走っていたアリシアは、前方に二つの人影を視認した。
「あ!ミア!フランク!」
振り返った二人にぶつかる勢いで、アリシアはフランクに飛びついた。
「フランク!この洞窟、なんかヤバいぞ!」
「落ち着け」
「お、お化けがいるんだ!絶対!絶対いる!」
フランクが一瞬天井を見上げ、それから低く息を吐いた。
「お化け?それで、幽霊が出たからここまで走ってきたと」
アリシアは涙目で二回頷いた。
ミアが横から覗き込む。
「幽霊って・・・あなた、幽霊苦手なの?」
「だって銃が効かないじゃないか!蹴っても殴っても全部すり抜けて、一方的に呪いをかけられるんだろ!?髪の毛で首絞められて・・・・・・」
ミアはアリシアを親指で指して、フランクを見上げた。
「あれは何?」
フランクは肩をすくめた。
「ワルツ家で、聞き分けのないお転婆娘を躾けるために仕込んだ作り話だよ。あいつが小さい頃、勝手に家を抜け出して井戸に落ちてな。それ以来、母親が『悪い子は井戸の底のお化けに食われる』と」
「つ、作り話だったとしてもいるかもしれないだろ!現に今、変な風が吹いたんだから!」
「気のせいだろ。風なんて吹くはずがない」
「だってだって!」
手に持っていた松明の炎が揺れる。
低く、唸るような音が、奥のほうから断続的に流れてくる。
アリシアの肩がびくっと跳ねた。
ミアの腕を、両手で掴む。震えていた。
「お、お母さんが言ってたんだ・・・悪い子はお化けに呪われるって。お化けはちゃんと見てるって。もし私達がここで、何か悪いことしたら、たいへんなことに──」
そう言う彼女の眉は下がり、目に涙が浮かんでいる。
ミアは、しがみついてくるアリシアをそっと支えながら、背中を軽く撫でた。
「大丈夫よ。あなた、悪い子じゃないわ」
「ほ、ホントか?」
「ええ。今日もちゃんと仕事してる」
その時、フランクが何かに気づいたように、入ってきた通路を振り返った。
「・・・そういえば、ヤリスとヒイラギは?」
アリシアははっとして、勢いよく後ろを振り返った。
「あ・・・・・・」
後方の通路には、誰の姿もなかった。
***
「いってて・・・・・・」
どうやら、俺とヒイラギは下へ落ちたようだ。
肩と腰を打って、しばらく息ができなかった。
先に体を起こしたのは俺だ。
「なんだ、ここ・・・・・・」
周囲を見渡す。
それまでの洞窟とは、明らかに違っていた。
石壁に囲まれた部屋。
まるで人の作った建造物の一部のように、継ぎ目が直線で揃っている。
海底に、こんなものがあるとは。
海底洞窟、なんてものじゃない。ここは、誰かが造った場所だ。
「とりあえず、ここから出ねえとな・・・・・・」
頭上で、低く、軋む音がした。
石が、石の上を擦る音。重いものが、重いものに乗って、ゆっくりと、確実に下りてくる音。
俺は反射的に天井を見上げた。
「・・・は?」
幅も奥行きも数メートルしかない、立方体に近い形をした石の小部屋。
その天井が、いま、確かに下がってきていた。
「おいおいおいマジかよ!」
下りきったら、何が起こるかは考えるまでもなかった。考えたくもなかった。
「ヒイラギ、出口を──」
俺は振り返ったが、声が止まった。
「ヒイラギ?」




