7.依頼の葛藤
レイジが浜辺から消えた後、三人は海に浮かんだままだった。
ヤリスは仰向けのまま空を見上げ、ミアはゆっくり足を動かして浮力を保っている。
アリシアだけが、レイジが去った方向をまだ見ていた。
「・・・何だったんだ?今の」
ヤリスが口を開いた。
アリシアが思い浮かべるのは、崖の上で目を輝かせていたレイジの姿。
「さっきはあんなに綺麗だって喜んでたのに、海苦手だったのか?」
「あの拒否っぷりは半ばパニックだったぞ。よほど水にトラウマがあるとしか思えん」
「でも、いつもなら風呂は入れてるじゃないか!この前は川だって・・・・・・」
2人の議論にミアが口を挟む。
「お風呂は出ようと思えばすぐ出られるけど、深い水はそうはいかない。沈んだら自分の意思で戻ってこれないっていう、そういう恐怖」
ミアの言葉を飲み込んで、2人は思考を巡らせる。
「・・・参ったな。内陸に行くために船に乗る必要がある。港長の信用を得るために海底洞窟の問題を解決しなきゃいけない。ヒイラギが潜る必要があるんだろ?あの感じじゃ・・・・・・」
全員の間で数刻の沈黙が続いたことにより、解決策が簡単に出てこないことを思い知らされる。
「とりあえず、リーダーに報告しよう。あの人なら海の恐怖を克服するためのアイデアとか知ってるかもしれない」
「いいや。フランクはリアリストだ。きっと別の手を考える」
アリシアは水面に浮かんだまま、空を見上げる。
「他に協力してくれそうな魔族を探すか?」
「それが出来ればあの港長も苦労してないだろ」
アリシアは急に立ち上がった。
「私はもう少し粘ってみる!」
「ん?」
「海が怖い場所じゃなくて楽しい場所だって、体に覚えさせればいい!あいつ、崖の上でカニ見つけた時、すっごい目キラキラさせてたろ!海そのものが嫌いなわけじゃないんだ!」
アリシアが選んだのは、レイジの説得。
「そんな上手くいくのか?どう思う?ミア」
「・・・レイジくんに寄り添うのは、あなた達2人に任せる。最悪、洞窟に行けなかった場合の保険がいるから」
ミアは水面から小さく手を上げた。
彼女はレイジのトラウマ克服を諦めて別の方法を探ると言う。
「押し付けかよ・・・ま、俺もヒイラギにはこのままでいて欲しくないしな。正直アリシアの気持ちはよく分かる。」
3人は役割分担を済ませて、海から出た。
***
手洗い場の洗面台に両手をついて、俺は呼吸を整えようとしていた。
吐き気は収まりつつあったが、体の奥がまだ震えている。
壁が迫ってくる感覚。天井が低くなる感覚。体が動かなくなる感覚。
あれは海じゃない。前世の、あの場所だ。
わかっている。頭ではわかっている。それでも体が言うことを聞かなかった。
気がつけば、背後の壁に、フランクさんがもたれるようにして立っていた。
「・・・フランクさん」
「吐いたか?」
「一応便器に・・・もう大丈夫です」
フランクさんはしばらく何も言わなかった。
俺が蛇口の水で顔を洗い、タオルで拭くのを見てから、静かに言った。
「どうしても無理なら、他の方法を探す」
俺は手を止めた。
見られていたのか。さっきのやり取りを。
「洞窟だけが選択肢じゃない。どうにかして代わりを務められそうな魔族を探す事だってできる」
声に責めるニュアンスはなかった。
判断に感情を挟まないフランクさんの、いつもの口調だった。
「・・・それって、どのくらいかかりますか」
「運次第だが、2週間はかかるかもしれないな。追っ手のリスクも上がるが、なんとかしよう」
俺はタオルを握りしめた。
そんなのダメだ。俺が泳げないせいで、皆が余計なリスクを負う。
物理的に出来ないのならともかく、俺の甘えが起こしている問題なら・・・・・・
俺は、フランクさんに問いかけた。
「・・・フランクさんは、何か怖いこととか、トラウマとかないんですか?」
言ってすぐに、俺の中で結論は出た。
あるわけないか。
いつも頼りになって、俺達を守ってくれてるこの屈強な男の人が、トラウマなんて。
だが、フランクさんから出た答えは、真逆のものだった。
「あるさ。戦場でチビッたことなんていくらでもある。今のお前と同じくらい。いや、それ以上かもな。お前達には見せてないだけだ」
「え・・・?」
俺は思わず、フランクさんに詰め寄った。
「そういう時って、どうしたんですか?どうやったら、恐怖を克服できますか!?」
「悪いが、あまり参考になるようなことは言えないな。怖くてブルッて、そのまま座り込んでいたやつは死んだ。ゲロもクソも撒き散らしながらみっともなく走ったやつは生き残った。克服なんてできやしない。ただ、動き続けただけさ」
「動き続けた・・・・・・」
俺は次に言うべき言葉が思いつかず、俯いた。
「まあ、焦るな。ここは戦場じゃない。今日のところは休むといい」




