6.水への恐怖
午後の日差しが砂浜に降り注いでいた。
波は穏やかで、白い砂浜に寄せてはゆるやかに引いていく。
アリシアさんはすでに海の中だった。
腰まで浸かったあたりで水面を叩いて、こちらに手を振っている。
買ったばかりの水着は動きやすさを重視したのか、飾り気のないスポーティなものだった。
それでも日焼けのしていない肌に濃紺の布地がよく映えていて、砂浜にいた何人かの視線がそちらへ向いているのがわかった。
ミアさんは波打ち際から少し沖に出たところで、仰向けになってぷかぷかと浮いていた。
両手を広げて、空を見上げている。
フランクさんだけが、砂浜の端に腰を下ろしていた。私服のままだ。
背後の岩場に背中を預けて、腕を組んで海の方を見ている。
「なぁ!せっかくの海なんだぞ!」
アリシアさんが水の中から叫んだ。
「バカ野郎。全員が遊んでたら誰が警戒すんだ」
「固いこと言うなって!自慢の筋肉見せびらかせば逆ナンされるかもしれないだろ!」
「余計なお世話だ」
フランクさんが一蹴したが、アリシアさんはけらけらと笑うだけで、まるで堪えていなかった。
アリシアさんは泳ぐのがうまかった。
器用に体をくねらせて、イルカみたいに水面を縫うように進んでいく。
ふとヤリスさんの背後に忍び寄ると、海パンの端を掴んで自分の体を回転させる。
「オラオラ!デスロール!」
「ああやめろバカ!脱げる!脱げるって!」
「アハハハハ!」
その下品な遊びをやられてる方が俺でなくて良かったと心底思う。
俺は砂浜に立って、その光景を眺めていた。
「何してるんだ?ヒイラギも来い!」
アリシアさんが俺の姿に気づくと、水の中から手を振った。
「あ、はい・・・今行きます」
実際のところ、泳ぎは得意じゃない。
でも、本番のクエストでは潜水スーツが支給されるらしいし、今日は水に慣れることが目的だ。
そう自分に言い聞かせながら、一歩ずつ海に入っていった。
だが、水が腰辺りを覆った瞬間だった。
足が止まってしまった。
脳が出した命令を、体が拒否したような感覚。
たかが腰だ。溺れるような深さじゃない。
頭ではわかっている。
わかっているのに、胸の奥から這い上がってくるものがあった。
目の前に広がっているのは、午後の陽光にきらめく穏やかな海のはずだ。
なのに、脳裏に別の景色が重なってくる。
水に体を沈めるということは、動きを制限されるということだ。
あの場所と同じだ。
狭い独房で、自由を奪われていた前世の記憶。
水の中に沈んでいくことと、あの場所に閉じ込められることが、頭の中で混ざり合っていく。区別がつかなくなっていく。
「どうした?来ないのか?」
アリシアさんの声が聞こえた。
近い。いつの間にか、すぐそばまで来ていたらしい。
「いえ、その・・・・・・」
「あー!さては泳ぐの苦手だな?本当は怖いんだろ?」
アリシアさんが意地悪な笑みを浮かべた。
ただ俺が怖がっているのが面白いというだけなのはわかっている。
だけど、今の俺にはその笑顔を受け止める余裕がなかった。
「ほら、教えてやるから来い!」
アリシアさんは俺の手を取ると、引っ張ってきた。
「あの、待って・・・・・・」
「ほら遠慮せずに、体を預けてしまえ〜」
アリシアさんが笑いながら、俺の腕を引いて深い方へ連れていこうとする。
水が腰からヘソに上がってきて、冷たい水が肌にまとわりつく。
暗い。狭い。出られない。
「無理です!」
気がついた時には、俺はアリシアさんの手を強く振りほどいていた。
自分でも驚くほどの乱暴な動作に、アリシアさんの顔から笑みが消えていた。
「ヒイラギ・・・・・・?」
気持ち悪い。
胃の底からせり上がってくるものがある。
「すみません・・・ちょっとトイレ行ってきます」
俺はアリシアさんから目を逸らして、海に背を向けた。




