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3.荒ぶるレイジ

「何やってんだヒイラギ!早く早く!」

「あ、待って!ここ割れてて・・・・・・」


足元に目をやると、岩に大きな亀裂が走っていた。

幅は腕一本分くらいか。

覗き込むと、はるか下に白い波頭が打ち寄せているのが見えて、足がすくんだ。

風が亀裂の間を吹き抜けて、ひゅうっと不気味な音を立てている。


「それくらい跨げばいいだろ!せっかくの長い足がもったいないぞ!」

「いや、結構広いんですけど・・・・・・」


俺は深く息を吸い込んで、冷や汗を握りつぶして亀裂を跨いだ。

崖に沿って少し進んだところで、ふと目に入ったものがあった。


「あ、アリシアさん!待ってください!」


岩の縁にしがみつくようにして、一匹のカニがじっとしていた。

俺は反射的に駆け寄った。


「え?おいヒイラギ、危ないぞ!」


アリシアさんの声が後ろから飛んでくるが、俺は身を乗り出し、背中から甲羅を掴んだ。

そのまま体が前のめりになって、崖の縁ぎりぎりまで重心が流れた。


「カニ!?こんなところに」

「デカい!デカいですよこれ!ガザミ属かな?ああでもヒレとか付いてないし・・・・・・どうやって泳ぐんだろ?」


アリシアさんが目を丸くして近づいてきた。

腰をかがめて、俺の手元を覗き込む。


「お前なあ・・・カニ一匹のためにこんな体勢で。落ちたらどうするんだ」

「す、すみません。つい体が・・・・・・」


俺は思わず、人差し指をカニのハサミにそっと近づけた。


「いったたたたたた!!」


カニのハサミが、俺の人差し指を万力のような力で挟んでいた。


「何やってんだ!?おい、大丈夫か?」


慌てて指を引き抜くと、アリシアさんが素早く俺の手を掴んだ。

眉を寄せて、傷を確かめるように指先をじっと見つめてくる。


「皆にも見せてきます!ちょっと待っててください!」

「あ、ちょ・・・・・・」


アリシアさんの声を背中で聞き流しながら、俺はカニを掴んだまま駆け出した。

皆のいる場所まで戻ると、ヤリスさんとフランクさんが崖の縁に腰を下ろしていた。

その少し離れたところで、ミアさんが地面に座り込んで小石を積み上げているようだ。


「どうした?ヒイラギ」


フランクさんが、こちらを見上げた。


「見てください!でっかいカニです!」


俺はカニを掲げてみせた。

青い甲羅が日差しを受けて鈍く光り、ハサミが威嚇するように開閉を繰り返していた。


「マジか!よく見つけたな!」


ヤリスさんが目を丸くした。

腰を上げて近づいてくると、顔を寄せてカニを観察する。


「食べるの?」


不意に、横からミアさんの声がした。

いつの間にか俺のすぐ隣に来ていて、カニの顔をじっと覗き込んでいる。


「えっ」

「おいしそう」

「い、いや・・・食べるのはちょっと・・・・・・」

「そう」


ミアさんはそれ以上何も言わず、再びカニの顔をじっと見つめた。

カニの方もハサミを止めて、まるで見つめ返すようにじっとしている。

別にお腹が空いているわけでもないし、食べるのはなんだか忍びない。

かといって、すぐに逃がしてしまうのももったいなかった。

もう少しだけ観察していたい。


「あの、ところでなんで俺たち、港町に来てるんでしたっけ・・・・・・」


ふと、頭の片隅で引っかかっていたことを口にした。

フランクさんが呆れたように眉をひそめた。


「さては、話聞いてなかったな?お前」

「あ・・・すみません・・・・・・」


フランクさんの視線が痛い。


「いいか、もう一回言うからな」


フランクさんが立ち上がり、海の方を指差した。

水平線の向こうではなく、崖の下に広がる港の方だ。

遠目にも、桟橋に何隻かの船が停泊しているのが見えた。


「裏ギルドに狙われてドンパチやってたのは割と海岸に近い場所だっただろう。あの連中を振り切って、最寄りの港がここだ。内陸部ギルドに行くには、ここから船に乗って、ステュクス川を遡上する。」

「ステュクス川・・・・・・」


大陸の沿岸部から内陸の奥深くまで緩やかに蛇行しながら続く大河だ。

沿岸に集落や砦が点在していて、物資の輸送ルートにもなっているそうだ。


「えっと・・・じゃあ、なんで俺たちは遊んでるんでしょうか」


我ながら、もっともな疑問だった。

ならず者やとんでもない魔物に追われた直後だ。

のんびり崖の上でカニを捕まえている場合じゃないのでは。


「それはな。俺が聞きたいな」

フランクさんが腕を組んだ。

「本当ならすぐにでも出発したいところだけど。アリシアさん、言っても聞かないでしょ」


ミアさんは崖の向こうを見やったが、アリシアさんはまだ岩場のどこかにいるらしく、姿は見えなかった。

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