2.久しぶりの海
「そうかそういうことか!テメェら、本当は強くなんかねぇんだな!テメェらの親玉の閻魔!魔族だか最強の冒険者だか知らねぇが、モヤシ野郎にしか見えなくてどうりでおかしいと思ったぜ!誰もテメェらの活躍なんて見たことねぇんだし、さては噂も全部ハッタリだな!?」
2人の男は、何も言い返さない。
「テメェら殺した後に閻魔の首も『赤月』の手土産にしてやんよ!」
ダラスは背に提げていた斧を抜くと、高く振り上げた。
次の瞬間、その場の空間に光が迸った。
眩い光ではなく、むしろ光と影の境界が歪んだような、見ていると目の奥が痛くなるような、奇妙な発光。
それが、男の腕が動いた瞬間に生まれ、消えた。
ダラスの体が、床に叩きつけられた。
人型の原型はかろうじて留めているが、全身が異形の姿に変形し、皮膚の下で何かが弾けたように血の泡を吹いている。
ダラスが沈黙したのを確認して、男は腕を下ろした。
「脆すぎる。所詮は人間」
もう一人の男が、静かに言った。
「サーベラ。こいつ今何か言っていなかったか?」
「さあな、ガーネット。聞き出そうにも、もう死んでいる」
サーベラとガーネット。
2人はダラスの亡骸から視線を外し、壁際に固まっている客たちを見回した。
腰を抜かして床に座り込んでいる者。
テーブルの下に潜り込んだ者。
震えながら目を固く閉じている者。
「モビーという男を探している」
全員の視線が、吸い寄せられるように一点へと集まった。
奥の席で、先程まで女を侍らせてワインを傾けていた男へと。
「な、なんだよ・・・・・・!俺はあんたらから金なんて借りてないぞ!」
モビーは椅子から転げ落ちそうになりながら立ち上がり、両手を前に出した。
「何の話だ?我々は貴様に聞きたいことがある」
サーベラはモビーの前で立ち止まった。
「先日、S級討伐モンスター『ボルゲノン』が帝国領付近に出没したそうだな。なんでも、某裏クエストの発行と同時に閻魔様を狙うような動きをしていたと。冒険者ギルドで目撃例を募ったところ、貴様の名前が上がった」
モビーは唇を噛んだ。
ギルドで自慢げに話して回った記憶が、今になって全身に冷水を浴びせかけた。
「あ、ああ・・・その話か・・・・・・」
喉が張り付く。唾を飲み込んでから続ける。
「俺はたまたま見かけただけなんだが、あのバケモンはいきなり空間転移されたように現れたんだ。紫色のゲートが出現して──」
「その際」
サーベラが静かに遮った。
「天使のような姿をしたものを見なかったか?」
「天使?さ、さぁ・・・見てない・・・・・・」
サーベラとガーネットは顔を見合わせた。
それだけ聞くと、2人は踵を返し、壊れた扉の跡をくぐって暗闇の中へと消えていった。
酒場には、倒れたダラスと、へたり込んだままの客たちだけが残された。
誰も、長い間、口を開けなかった。
***
目の前に広がるのは、海だった。
どこまでも続く青が、空と溶け合うようにして水平線の向こうへ消えていく。
俺たちは崖の上に立ち、その景色を見渡していた。
潮風が頬を撫でた。湿った空気の中に、塩と、かすかに海藻の匂いが混じっている。
遠くで波が岩に砕ける音が、低く、繰り返し響いていた。
崖下から吹き上げてくる風は思ったよりも強くて、前髪がばさばさと暴れる。
「どうした?」
ヤリスさんが俺の顔を覗き込んでくる。
「いえ、その・・・こんなに綺麗な海を見るの、本当に久しぶりで・・・・・・」
こんなに広くて、果てのない景色を前にすると、言葉が出てこない。
「あー、この間のトルシシの島よりも海が綺麗だからな」
ヤリスさんが腕を組みながら、目を細めて水平線を眺めた。
「こっちの方が、なんというか・・・色が深い気がします」
「ん。透明度が違う。あっちは砂地だったが、ここは岩礁だからな。海底の色が出てるんだろ」
「なるほど・・・・・・」
その時、アリシアさんが俺達に笑顔を向けて遠くを指差した。
「なあなあ!端の方まで行ってみようよ!」
「お前・・・端って、何キロあると思ってんだよ!」
アリシアさんの突発的な衝動に悪態をつくヤリスさん。
「えー!こんなにいい風吹いてるんだから、きっと気持ちいいぞ!」
「お前一人で行ってこいよ」
「あ!ヒイラギは行きたいよな?」
誰も賛同してくれなくて彷徨っていたアリシアさんの視線が、俺の方で止まる。
「え?えっと・・・・・・」
「嫌だったら断っていいんだぞ」
フランクさんがアドバイスをくれたものの、返事をする間もなくアリシアさんは俺の手を掴んだ。
「よし!そうと決まればレッツゴー!」
「あ、ちょ・・・・・・」
細い体のどこにこんな力があるのか、毎回不思議に思う。
「あんまり遠くに行くなよ!」
後ろからフランクさんの声が飛んできた。
が、アリシアさんはもう駆け出していた。
崖沿いの足場は岩が剥き出しで、表面もぼこぼこしていた。
アリシアさんは身軽にそれを踏み越えていくが、俺は一歩一歩、足元を確かめながら慎重に歩いた。




