1.招かれざる客
賑やかな酒場だった。
談笑と笑い声、グラスが触れ合う音、煙草の煙が漂う中で、冒険者たちは夜を謳歌していた。
だが、突如として入口の扉が、内側へと吹き飛んだ。
蝶番ごとえぐり取られた木製の扉が、テーブルを薙ぎ倒して床を滑る。
砕けた木片と埃が舞い上がり、一瞬遅れて全員が振り返った。
入口に現れたのは、巨漢だった。
頭が鴨居をかすめるほどの長身。
首から肩にかけての筋肉は革鎧の上からでもわかるほど盛り上がり、両の拳には血と泥がこびりついている。
男は薄暗い酒場の中をゆっくりと見渡した。
笑い声が消え、グラスを持ち上げかけた手が止まった。
誰一人、声を出さない。
大男の視線が、奥の席で女を侍らせていた一人の冒険者の上で止まった。
大男はずかずかと歩み寄ると、顔を近づけた。
「楽しんでんな、モビー」
低い声が静まり返った店内に響く。
「お前は・・・ラビンスのダラス・・・・・・」
モビーと呼ばれた冒険者の顔から血の気が引いた。
隣に座っていた女たちが悲鳴を上げる間もなく席を離れ、壁際へと退く。
「飲んで食って女に囲まれて」
ダラスはテーブルの上のワインボトルを掴み、中身をゆっくりと床にこぼした。
「その金は誰のモンだ?あぁ?」
借金の取り立てだ。モビーを知る者は即座に理解した。
「おっと」
ダラスは親指で出入り口を指した。
「この店は包囲してある。逃げ場はどこにもねぇぜ」
視線を向けると、事実、酒場のあらゆる出入り口と窓の外に、武装したラビンスのメンバーが陣取っていた。
松明の光に刃が鈍く光る。
「う、嘘だろ・・・・・・俺は冒険者だぞ?お前ら犯罪者から借りた金なんて、そんなもの──」
ダラスが素早く拳を振るうと、モビーの顔から血飛沫が舞った。
「借りる時は地蔵ヅラ、返す時は閻魔ってのはよく言った言葉だよなァ?」
ダラスは近くのテーブルにあった栓抜きを手に取ると、モビーの顔をテーブルに叩きつけた。
「でもよォ、俺はその閻魔からも取り立てられんだぜ?」
「ま、まま待ってくれ!カネは返すから!」
モビーの眼球に、栓抜きの螺旋状の切っ先が近づく。
その時だった。
惨劇が起こる寸前の張り詰めていた空気が、一瞬で塗り替わった。
誰かが「寒い」と漏らしたのだ。
そうではない。温度が下がったのではなく、何か別のものが満ちてきたのだ。
皮膚の下を這い上がるような悪寒が、その場にいる全員の背筋を同時に走った。
グラスの中の液面がかすかに揺れ、ランタンの明かりが明滅した。
「なんだ・・・・・・?なにかが、来る・・・・・・」
外の暗闇の中から、足音が近づいてきた。
速くも遅くもない、2人分の足音。
そして、彼らは入口に現れた。
2人とも、喪服を思わせるスーツに、漆黒のロングコートを羽織っていた。
乱れた様子はまるでなく、夜風の中を歩いてきたとは思えないほど衣服は静かに体に沿っている。
その肩口に縫い込まれた紋章を、ランタンの光が照らし出した。
「あの紋章・・・・・・」
酒場の隅で、客の一人が喉の奥から絞り出すように言った。
「まさか・・・アンデッド・・・・・・!」
「ここはバラティアだぞ!?大陸最強の冒険者パーティーがなんでこんなところに・・・・・・」
誰もが信じたくなかった光景の中、ダラスだけが、その場で動かなかった。
2人の男を上から下まで眺め、鼻を鳴らす。
「テメェら。外にいた奴らはどうした」
酒場の周囲は封鎖されており、それをくぐり抜けて入ってこられるはずがない。
2人のうち、先を歩いていた男がわずかに首を傾けた。
「開けた。穴」
「穴・・・・・・?」
ダラスの眉根が寄った。
暗闇の中、酒場を取り囲んでいたはずのラビンスの男たちは、地面に倒れていた。
全員が、胸や腹にまるで何かにくり抜かれたような大穴を開けて。
その目はどれも虚ろに夜空を向き、瞬きひとつしない。
激しい戦闘はあったはずだが、悲鳴も、剣戟も、倒れる音さえも、音は一切なかった。
まるで、最初からそこに死体があったかのように。
「貴様らに用はない。そこを退くがいい」
2人のうちの一人が静かに言った。
しかしダラスは退かない。
顎を突き出し、2人の男を交互に睨む。
「『用はない』?用もないのに、あんなに殺しやがったのか。なぁ。ラビンス舐めてんのか、テメェら!」
次の瞬間、ダラスは動いていた。
太い腕が伸び、男の胸ぐらを掴む。
ダラスの体格の方が大きかったため、引き上げると、男の足が地面から離れた。
「んだよ!やり返さねぇのか!?」
ダラスは男を揺さぶると、顔を近づけて怒鳴る。




