49.赤月
その時、入口の扉が再び開いた。
「今度は誰だ!?」
ダラスの睨みつける方向から姿を現したのは、黒のロングコートに身を包んだ、サングラスの男。
その男を視界に入れた瞬間、ダラスの表情が引き締まる。
男が誰かは知らない。
だが、纏っている氷のような空気に、会場を満たしていた喧騒が一瞬で静まり返った。
男は開け放たれた扉を、コンコンとノックした。
「反社共の宴会場は、こちらであってますかぁ?」
挑発的な態度。その言葉に、会場の空気が張り詰めた。
敵対組織による襲撃だと早とちりしたならず者たちが、杖や銃を一斉に向ける。
「誰だテメェ!どこの組織のもんじゃ!」
男は口角を上げ、ポケットに手を入れた。
「誰だと思う?正解者にはプレゼントを進呈しよう」
次の瞬間、銃声が炸裂した。
弾丸が空気を切り裂き、ナイフを持った複数人が一斉に斬りかかる。
だが男の体には、攻撃が一つも当たらない。
男は笑みを浮かべたまま、首を傾け、体を捻り、最小限の動きで全ての攻撃を躱し続ける。
「ちょこまかウゼェんだよ!」
ならず者の一人が杖を高く掲げた。
魔力が渦巻き、杖の先端に巨大な火球が凝縮されていく。
広範囲を吹き飛ばす攻撃魔法。
会場を半壊しかねない魔力量に、ヤコブの顔色が変わる。
「おいバカ!やめろ!」
しかしならず者は聞く耳を持たない。
狂気じみた笑みを浮かべ、叫んだ。
「これで死んどけ!」
だが次の瞬間、収束していた魔力が消えた。
ならず者の胸部を、ナイフが背中まで貫通していたのだ。
「・・・・・・え?」
ならず者の目が見開かれ、杖が手から滑り落ちた。
男がいつの間にか、ならず者の真横に立っている。
5メートル以上の距離を一瞬で詰め、刺したのだ。
男の顔からは笑みが消えていた。
「"カゴ"はあくまで秘匿性の高い活動のために立ち上げられる仮想環境。裏ギルドの魔導技術の結晶とはいえ、要塞じゃねぇんだよ」
男がナイフを引き抜くと、血飛沫が床に散った。
「ここを棺桶にする気か?」
会場が騒然となる。人々は後ずさり、恐怖に顔を歪めた。
「おい、今あいつが動いたのを見た奴はいるか?」
「全く見えなかった、気づいたらいつの間に・・・・・・」
男は血を拭いながら、肩をすくめた。
「挨拶が過ぎたようだな」
ヤコブが一歩前に出ると、鋭い眼光で男を睨みつけた。
「何者だ、お前」
男はサングラス越しにヤコブを見据え、口角を上げた。
「俺はヘルマン。しがない殺人鬼共をまとめる無名の男さ」
ヘルマンが指を鳴らすと、扉から二人の男が入室した。
2人がヘルマンの左右に並ぶと、彼は高々と宣言した。
「赤月。それが俺達組織の名前だ」
会場がどよめく。
「赤月だと!?」
「確か帝国軍親衛隊の一角を落としたとかいう、あのイカれたテロリスト共か!」
会場の隅で、親衛隊第4部隊のサイロンが腕を組んで呟いた。
「ほう。あれが」
二人のメンバーがフードを脱ぐ。その顔が明らかになった瞬間、会場は再び騒然となった。
「ありゃ伝説の傭兵、ケインズ!」
「確かトポリカン紛争でたった1人で5000の兵を狩ったとかいう・・・・・・」
「ここ数年消息がなくて、魔大陸でくたばったんじゃなかったのか!?」
「こっちは殺し屋グレービーンズ!」
「嘘だろ!?なんであんなメンツが!?」
その場で名前を知らないものはいないであろう面々。
それらを従える、ヘルマンという男の恐ろしさに、誰もが気づかされた。
ヘルマンがゆっくりと歩き出す。靴音が床に響く。
「冒険者パーティー『スズラン』のメンバーを殺し、閻魔を生け捕りにする。その依頼を裏ギルドに出したのは俺達だ」
ソノビチが驚いて声を上げる。
「あんたが依頼主だったのか!」
ヘルマンはソノビチに視線を向け、顔をしかめた。
「そうだけどよ、お前ゲロ臭いからちょっと離れてろ」
手をひらひらと振り、しっしっ、とジェスチャーする。
ソノビチの顔が真っ赤になる。
「何だと!?バカにしたな!俺は閻魔にだって勝てるんだぞ!」
ダラスが鼻で笑う。
「お前みたいなゲロチビが、どうやって閻魔を殺すんだよ」
「知らねぇのか!?閻魔のやつは実は──」
ソノビチは叫ぼうとして、ふと、口を閉じた。
この場で閻魔が雑魚だという事実を知っているのは、自分だけだ。
他の連中がネームバリューで勝手に尻込みしている中、自分だけが閻魔を手駒にできる。
「なんだよ」
ソノビチは視線を逸らした。
「いや、なんでもねぇ・・・・・・」
ダラスはソノビチから視線を外し、ヘルマンに向かい合った。
「テメェが赤月のボスか。この間のバラティアの大規模襲撃事件だけどよ、実行日はテメェらが選んだよな」
ダラスの目が鋭く光る。
「わざわざ多数の冒険者が街に待機している祝日を狙って襲撃を企んだということは・・・・・・目的は冒険者共の戦力評価ってところか?」
ヘルマンの口角が上がる。
「ご明察。おかげで警戒対象は大体絞れたぜ」
タランチュラも前に出た。長身で見下ろすようにヘルマンを睨みつける。
「数ヶ月前、テメェらウチの太客を殺しやがったな。『スピーネ』舐めたらどうなるかわかってるんだろうな?」
ヘルマンは肩をすくめ、挑発的に笑った。
「『冒険者狩りのタランチュラ』。気をつけねぇと、狩られるのはテメェかもしれねえぜ。弱肉強食ってのはそういうもんだ」
ヘルマンは懐に手を入れ、小さなキューブを取り出した。
魔力で圧縮された何かが格納されている。
ヘルマンがそれを空中に放り投げると、ヤコブの体が緊張した。
「爆弾か!?」
キューブが解除された瞬間、会場に金色の雨が降り注いだ。
甲高い金属音が響くと同時に床を埋め尽くす金貨。
「今回のクエストの参加報酬をまだ払ってなかったな。金貨1万枚だ。好きなだけ拾っていいぜ」
会場が静まり返る。
「何?」
「ただ参加しただけで、この報酬だと?」
寒気がするほどの大金。
そして不気味なオーラを纏うテロリストたち。
異様な光景に、人々は言葉を失った。
ヘルマンは両手を広げ、演説するように声を張り上げる。
「今日は勧誘に来たのさ。俺達赤月は、とある目的のために集まった。だが、そんなことはこの場にいるほぼ全員にとっちゃどうでもいい話だ」
ヘルマンは会場を見回す。
「要は欲望のままに好き勝手生きたい奴ら。それが俺達裏社会の住人ってやつだろ?金が欲しい奴。帝国に復讐したい奴。ハクをつけたい奴。暴れたいだけの奴。赤月は誰でも歓迎するぜ!」
その言葉を聞いた連中は、一斉に歓声を上げ、床に散らばる金貨を拾い始めた。
ヘルマンは笑う。
「知ってるか?落ちてる金が多すぎると、争いってのは逆に起きねぇもんだよ」
金貨を拾う音、歓声、笑い声。
喧騒が会場を包む中、ヤコブが前に出た。
人混みをかき分け、ヘルマンの正面に立つ。
「テメェら。何を目的に動いてる?」
ヘルマンはゆっくりとヤコブに近づき、耳元で囁いた。
ヤコブの目が見開かれた。
「なんでお前がそんなことを知ってる?」
「お前は一番興味を示すと思ったぜ。元『ヘラクレス』のヤコブ君」
ここまで読んでいただきありがとうございます!
第三章『内陸部への扉』は、これにて完結です!
次回からは第四章『鬼人族の里へ』が開幕します!
拙文ですが、引き続きご愛読いただけると嬉しいです!




