46.レイジが狙われる理由
「・・・やった、のか?」
ヤリスさんが、信じられないという顔で呟く。
アルフレッドさんが慎重に近づき、ボルゲノンの様子を確認する。
「・・・・・・ああ。息はない。完全に倒した」
その言葉を聞いた瞬間、ヤリスさんが地面を蹴って駆け寄ってきた。
「ヒイラギ!お前ってやつは!」
そのまま勢いよく背中を叩かれ、体が前のめりに揺れた。
「ゲホッ、ゲホッ・・・・・・」
予想外の衝撃に、喉が詰まって咳き込む。
「あ、悪い。大丈夫か?」
ヤリスさんが慌てた様子で身を引く。
「い、いえ・・・・・・慣れない声出したので、喉が・・・・・・」
俺は胸を押さえながら、かすれた声で答えた。
「・・・・・・お前ってやつは!」
「うわあっ!?なんで頭ワシャワシャするんですか!?」
ヤリスさんは感情が渋滞したのか、嬉しいのか呆れているのか、意味のわからない絡み方をしてくる。
その少し離れた場所では、フランクさんがヤコブと向かい合っていた。
お互いに傷だらけで、勝敗の天秤は微塵も傾いていない。
ヤコブは特異な形状のナイフを握りしめている。
「なぜだヤコブ」
フランクさんが剣を構えたまま、低い声で問いかけた。
「お前は昔から気性の荒い奴だったが、一線を弁える冷静さがあったはずだ。なぜ犯罪に手を染めた?」
ヤコブが鼻で笑う。その口元には皮肉な笑みが浮かんでいた。
「テメェこそ、エルグラン帝国に大義があるとでも思ってんのか?あんな外道国家に」
「何?」
フランクさんの眉が僅かに動く。
「よく考えろ。閻魔を狙って、誰が得をする?何年も裏の世界に生きてわかった。閻魔の奴は、ただの強えだけの冒険者じゃねぇ。お前ら、とんでもない爆弾を抱えてるぜ」
「それは、どういう──」
フランクさんが一歩踏み出そうとした、その時だった。
俺達がボルゲノンを倒したのが決め手になったらしい。
「チッ」
舌打ちとともに、ヤコブが懐から何かを取り出した。
次の瞬間、無数の黒い影が四方八方へ散らばっていく。
コウモリの使い魔だ。甲高い鳴き声が辺りに響き渡る。
数で不利になったヤコブは、その混乱に紛れて足早に森の奥へと消えていった。
ヤコブの姿が完全に見えなくなると、辺りは静寂に包まれた。
日が暮れると、俺達は負傷者を抱えたまま、ひとまず戦場から離れた開けた場所へと移動した。
俺達は焚き火を囲むように座る。
パチパチと薪の爆ぜる音が、静かな夜に響いていた。
「これが今できる最大限の応急処置よ」
エリザベスさんが治癒魔法や薬草を用い、傷ついたメンバーの手当てを済ませた。
「暫くは安静だけど、命に別状はないわ」
「ヒイラギ、と言ったな」
焚き火の向こう側から、低い声が聞こえた。
「え、はい」
顔を上げると、アルフレッドさんが焚き火を挟んで俺の方を見ていた。
エルグラン帝国最強パーティーのリーダー。
初対面だし、強そうな外見も相まって、会話の心理的ハードルが高く感じる。
思わず視線を逸らしかけて、慌てて戻す。
「よければ、名前を聞かせてくれないか」
アルフレッドさんの声には、威圧感というより穏やかさがあった。
「えっと、柊レイジです・・・・・・」
俺は緊張で強張った喉から、何とか声を絞り出した。
「お前の機転がなければ、厳しい結果になっていたかもしれない。ありがとう」
アルフレッドさんが僅かに頭を下げる。
「・・・!・・・いえ。そんなことないです」
俺は首を横に振った。
元々は俺がまいた種なのだ。
焚き火の周りで、メンバーの過半数が怪我で横になっている光景に視線を向けた。
包帯に滲む血、苦痛に顔を歪める人達を目にすると、罪悪感が湧き上がってきた。
「1つ聞かせてくれ。先日のバラティア襲撃の件にお前が関係しているという噂があるが、あれは本当なのか?」
アルフレッドさんが焚き火の薪を棒で突いた。火の粉が舞い上がる。
その言葉に、周囲の空気が僅かに張り詰めた。
「・・・信じてもらえないかもしれないですけど、俺は何もしてません・・・・・・」
「だろうな。大方、閻魔にまつわる噂に尾ひれが付いたってところか。疑って済まなかった」
アルフレッドさんは静かに頷いた。
その時、横になっていたアリシアさんが身じろぎをして、掠れた声を上げた。
「なあ、フランク」
「どうした」
フランクさんがアリシアさんの方へ視線を向ける。
「ヤコブのさっきのセリフ。どういう意味なんだ?」
「聞こえていたか」
フランクさんが小さく息を吐く。
「ヒイラギが追われてる理由に、帝国が関係してるのか?爆弾って何の話だ?」
「・・・・・・山賊の言葉だ。信用に値しない」
フランクさんは短く答えると、視線を焚き火へと落とした。




