魔王への謁見
本日4話目です。
謁見の間に呼び出された、その日の昼過ぎ。
どんよりと曇った空の下、王都郊外を1台の小さな馬車が走っていた。
馬車に乗っているのは、白い聖女服を着てベールをかぶったデイジー。
馬車の周囲には、馬に乗った騎士が4人、油断なく周囲を警戒している。
窓の外の荒れた山野をながめながら、デイジーはため息をついた。
(なんか、展開早いな……)
思い出すのは、謁見が終わった後の出来事だ。
*
国王が退出した後、デイジーは文官たちに別室に連れて行かれた。
豪華な服を渡され、着替えるように言われる。
「すぐに王都を出ますので、急いでください」
デイジーは“国王の名代”として、魔王に謁見することになっているらしい。
彼女は急いで着替えた。
近くにいた文官に、最後に修道院のみんなに挨拶できないかと尋ねるが、時間がないとそっけなく断られる。
ではせめてもと、走り書きのような手紙を書いた。
文官に修道院に届けてくれるように頼むと、急いで部屋を出る。
王宮の外に出ると、馬車と共に2人の人物が待っていた。
1人は、ローレンス第3王子。
もう1人は、金髪縦ロールの女性――侯爵家出身、王宮教会所属の聖女カミラだ。
ローレンスが悔しそうな顔でうつむいた。
「……すまない、デイジー。わたしが不甲斐ないばかりに」
「そんなこと言わないでください。どうか王都のみんなのこと、よろしくお願いします」
「ああ、わかった」
ローレンスが辛そうな顔でうなずく。
横にいたカミラが、悲しそうな笑顔を浮かべながら口を開いた。
「デイジーさん、そろそろお時間のようですわ。後のことはわたくしが引き受けますので、ご安心ください」
「わかりました。ありがとうございます」
デイジーは、見送りに来てくれた2人に感謝しながら、ぺこりと頭を下げた。
馬車に乗り込み、ローレンスたちに見送られながら王宮を出る。
(正面口から出るなら、最後に街が見られるよね)
しかし、馬車は正面口とは違う方向に走り始めた。
並走する騎士たちに尋ねたところ、どうやら東門から出るらしい。
(そんな門があったんだ……)
残念に思うデイジーを乗せ、馬車は敷地の端にある小さな裏門から出た。
森に向かって続く道を進むと、大きな建物が見えてくる。
(見たことのない建物だ)
デイジーが騎士に尋ねると、「王侯貴族専用の神殿です」という答えが帰ってきた。
(そんな神殿があったのね)
その後、馬車は大きな神殿の横を通り過ぎた。
そのまま森に入る。
馬車の外を流れる木々をながめながら、デイジーはため息をついた。
(みんな、手紙を読んで驚くだろうな……)
手紙を読んだ修道院の仲間たちを想像し、お腹がすっと冷たくなる。
しかし、彼女は考えを振り払うように、首を横にブンブンと振った。
スカートの下に隠してある短剣を握りしめると、勇ましく顔を上げる。
(今考えるべきなのは、魔王を封印することよね)
文官によると、魔王の前で、聖剣で自らの体を刺せば、封印は成功するらしい。
(まずは、怪しまれずに魔王に謁見しないと!)
彼女はポケットから紙を取り出した。
メモを見ながら、口上の練習をする。
「魔王カイヴァルミオン陛下。エルデア王国国王の名代として参りました。こちら、国王陛下よりお預かりした親書にございます」
ミスは許されないと、何度も練習する。
その後、彼女はスカートの下の聖剣を取り出す練習を始めた。
シャッ、シャッ、と何度も聖剣を取り出す。
――そして、練習すること、しばし。
デイジーは息をついた。
いつも変なところで失敗することが多いが、これだけ練習すれば大丈夫だろう。
(なんか、いけそうな気がしてきた!)
そんなデイジーを乗せ、馬車は野原を超えて山谷の細い道に入っていく。
そして、ガタガタ道を休むことなく進み――
馬車が突然止まった。
前方から話し声が聞こえてくる。
窓から覗くと、少し先で騎士たちが、兵士らしき男たちと話をしているのが見えた。
兵士たちからは魔力の気配が漂っており、頬には特徴的な紋章が刻まれている。
(魔族だ)
デイジーは、交易のために王都に来た魔族を見たことがある。
容姿は人間と変わらないが、1点違うのは、頬に魔法の紋章が刻まれていることだ。
人間は魔力がある者が稀で、魔力があると紋章が体のどこかに浮かぶ。
しかし、魔族はほぼ全員魔力があるらしく、紋章が頬に浮かぶらしい。
デイジーは思わず身震いした。
(全員魔力持ちって驚異的よね……)
――しばらくして騎士の1人が小走りで馬車に駆け寄ってきた。
窓から覗いているデイジーに小声でささやく。
「国王名代1人のみ、謁見を許可するとのことです」
デイジーは軽く息を吐いた。
覚悟を決めながら、静かにうなずく。
「わかりました、わたし1人で行ってきます」
デイジーはスカートの下の短剣にそっと触ると、ベールを目深に被った。
馬車を降りると、魔族の兵士のいるところまで歩いて行く。
すると、森の奥から1人の魔族が出てきた。
糸目に眼鏡を掛けており、ゆったりとした上等そうな服を着ている。
彼はデイジーを見ると、一瞬動きを止めた。
探るように彼女をながめた後、丁寧にお辞儀をする。
「……ようこそ、エルデア王国国王の名代殿。どうぞこちらへ」
(いよいよね)
デイジーは、ベールの奥で軽くうなずいた。
後ろにいる騎士たちに軽く会釈をすると、眼鏡の魔族の後ろについて行く。
眼鏡の魔族は、木々の間を通り抜けて、広場のような場所に入っていった。
あちこちに天幕が張られ、兵士らしき男たちがたむろしている。
(なんか戦争準備って感じね)
デイジーは緊張を逃すように軽く深呼吸すると、背筋を伸ばして歩き続けた。
眼鏡の魔族は、一番奥の大きな家くらいありそうな巨大な天幕の前に足を止めた。
声を張り上げる。
「エルデア王国からの国王代理が参りました。国王より親書を持ってきたとのことです」
え! とデイジーは思わず目を見開いた。
せっかく練習したのに、全部言われてしまった!
しかし、彼女はすぐに気を引き締めた。
ここから失敗は許されない。
彼女の目の前で、眼鏡の魔族は天幕を空けた。
どうぞと言う風にお辞儀をする。
(……いいのかしら、こんなにあっさり)
やけに手薄だなと思いながら、デイジーはぎこちなく眼鏡の魔族にお辞儀を返した。
ギュッとこぶしを握り締めて中に入る。そして――
「……っ!」
正面を見て、思わず立ち尽くした。
天幕の奥に、1人の魔族が座っていた。
黒いローブに身を包み、フードを被っているためその表情は見えないが、周囲を覆う鋭く禍々しい魔力から、その強さと冷酷さが見て取れる。
(あ、あれが魔王……!)
デイジーは奥歯を噛みしめた。
まるで隙がなく、下手に動けない。
そんなデイジーを見て、魔王がピクリと体を動かした。
しばらくの沈黙の後、低い声で言う。
「……お前、顔を見せろ」
デイジーは、軽く息を吐いた。
左手をベールにかけ、もう片方の手をスカートの下の聖剣に伸ばす。
そして、ベールを取って顔を露にすると、魔王を睨みつけた。
フードの奥で、魔王のアイスブルーの目が見開かれるのが見え、一瞬隙が生まれる。
(今だ!)
デイジーは素早くスカートの下から聖剣を取り出した。
心の中で「迷うな!」と叫びながら、思い切り自らの胸を突き刺す。
「……っ!」
短剣が驚くほど簡単にデイジーの胸を貫いた。
膨大な魔力が吹き出し、周囲が聖魔法の気配に満たされると同時に、一気に気が遠くなる。
暗くなる視界の向こうで、魔王が立ち上がるのが見えた。
何かを叫んでおり、封印されたようには見えない。
(え……? 失敗……?)
デイジーは必死で体を動かした。
何とかもう1度聖剣を持とうとする。
しかし、体に力が全く入らず――暗転。
デイジーは意識を失った。




