王宮からの呼び出し(2/2)
本日3話目です。
「着きました、降りてください」
御者に扉を開けてもらい、デイジーが馬車を降りた。
外気に触れ、思わず目を丸くする。
(涼しい! まるでここだけ冬みたい!)
王城内の空気はひんやりとしていた。
外の蒸し暑さがまるで嘘のようだ。
(なにか特別な仕掛けでもあるのかな……?)
首をかしげながら、デイジーは文官服の男性に案内されて、王宮の中に入った。
赤絨毯の敷き詰められた廊下を歩き、
柱が金でできた豪華絢爛な謁見の間に入る。
謁見の間には、すでに立派な上着を着込んだ人々がいた。
皆、玉座の前に立って、ひそひそと何か話している。
デイジーは一番後ろの目立たない場所に立った。
冷えてきた両腕を手でさすりながら、首をかしげる。
(一体どうしたのかしら)
謁見の間に呼ばれるなんて、筆頭聖女に任命された時以来だ。
しかも、他はみんな貴族で、どうも自分は場違いな気がする。
(怒られる訳ではなさそうだけど、一体なにがあったのかしら……)
デイジーが冷えた手をこすり合わせながら、そんなことを考えていた――そのとき。
パパパパーン!
高い天井に、ラッパの音が響き渡った。
貴族たちが、さっとひざまずいて頭を下げる。
デイジーも慌ててそれに倣ってひざまずいて頭を下げた。
しばらくして、奥の扉から、宝石だらけの重そうな衣装を身に纏った国王が入ってきた。
悠然と玉座に座る。
国王の斜め前に立った黒ひげの宰相が、重々しく口を開いた。
「皆の者、悪い知らせがある。――魔族が攻めてきた」
「……っ!」
謁見の間にいる人々の間に衝撃が走った。
「しかも、率いているのは、魔王カイヴァルミオンだという」
「ま、魔王カイヴァルミオン!」
動揺する人々の後ろで、デイジーは思わず目を見開いた。
魔王カイヴァルミオンとは、最凶魔王と言われる魔族の王だ。
国を一夜にして滅ぼした、異種族を皆殺しにしたなど、とんでもない話ばかり聞く。
(な、なんでそんな魔王が攻めてなんて……)
宰相によると、魔王は「人間が気に食わない」という理由で、王都に攻め込むつもりらしい。
「偵察の話では、魔王軍は凄まじいスピードで王都に向かっており、今日の夕方には王都に到着する、と」
デイジーは大きく目を見開いた。
(そんな! 逃げる時間もないじゃない!)
――と、そのとき。
それまで黙っていた国王が、重々しく口を開いた。
「筆頭聖女デイジー、前へ」
(……え?)
デイジーは目をぱちくりさせた。
なぜ呼ばれたか分からないものの、慌てて立ち上がって、玉座の前にひざまずく。
「……デイジー筆頭聖女でございます」
国王はうなずくと、軽く手を挙げた。
1人の騎士が、デイジーの目の前に宝石が付いた立派な箱を運んでくる。
デイジーが中を覗き込むと、透明の刃が冷たく光る短剣が一振り入っていた。
奥王が重々しく言った。
「それは、我が国の国宝、“エテルミオンの聖剣”だ」
宰相によると、この剣は、魔力量の多い聖女にのみ使えるものらしい。
約300年前、当時の魔王が攻めて来た際に、
当時の筆頭聖女ルーシーが、この聖剣で自らの胸を突き、自分の命と引き換えに魔王を封印したという。
国王がデイジーを見た。
「筆頭聖女であるデイジーよ。この聖剣にて、王国を救ってはくれまいか」
(え、ええええ!!!?)
デイジーは大きく目を見開いた。
(そ、それって、つまり、死ねってこと……!?)
彼女が目を白黒させながら動揺していると、
バタンッ
奥の扉が開き、長い金髪を後ろで結わえた眼鏡の美青年――デイジーの婚約者であるローレンス第3王子が入ってきた
彼は、デイジーの傍に走り寄ると、ひざまずいて苦しそうな顔で言う。
「……すまない、デイジー。民を救う方法が、他にないんだ」
その言葉を聞いて、デイジーは悟った。
真面目な研究者である彼が、こう言うということは、本当に他に方法がないのだろう、と。
それと同時に、今朝見た美味しそうに食事をする子どもたちの姿が脳裏に蘇った。
来る途中に会った女の子の顔や、街の人たちの笑顔も思い出す。
(……魔王が攻めてきたら、みんな、きっと死んでしまうわよね)
デイジーは宰相を見上げた。
「わたしがこの剣を使えば、王都の人たちは助かるのでしょうか」
「ああ、助かる」
「それは、確かですか?」
「確かだ」
その答えを聞いて、デイジーは覚悟を決めた。
(あの子たちや街のみんなが助かるなら、それが一番よね)
彼女は手をギュッと握りしめると、国王に向かって深々と頭を下げた。
「……承知いたしました。その役目、引き受けさせていただきます」
国王が鷹揚にうなずく。
「あいわかった。さすがは筆頭聖女だ。末代までそなたを称えようぞ」
会場にいる人々から安堵の息が漏れた。
ローレンスが、顔を背けながら立ち上がる。
デイジーは跪きながら、自分の靴の先を見つめた。
あまりの急展開に、現実味を感じない。
(おばさんのクッキー……食べて来れば良かったな……)
そんなことを、心の中でつぶやく。
その後、国王が悠然とその場を立ち去り、デイジーは慌ただしく王宮を出ることになった。




