魔族の村
本日3話目です。
山小屋の掃除を済ませた、翌日。
デイジーは居間のソファの上で目を覚ました。
立ち上がって窓から空を見上げると、昨日の雨が嘘のような快晴だ。
(今日はいい天気ね!)
フライパンで木の実を焼きながら、デイジーは思案に暮れた。
今日は村に、少年の服と調味料を買いに行こう。
(あと、小麦が買えれば、パンが焼けるわよね!)
その後、デイジーは少年を起こした。
眠そうにする彼に、「早起きは銀貨三枚の得よ!」と言いながら、顔を洗わせる。
そして、一緒に朝食を食べて片付けが終わると、彼女は笑顔で言った。
「わたし、これから買い物に行ってくるわね!」
少年は目をぱちくりさせた。
「……どこに?」
デイジーは、ピヨールに教えてもらった北の方向を指さした。
「この方向にまっすぐ進んだところにある村よ」
少年は眉間に皺を寄せた。
「……まっすぐは無理だよ、途中で底なし沼があるし」
「え! 底なし沼!?」
「よく魔獣がはまって動けなくなってる」
デイジーは、思わず固まった。
ピヨールは、飛んでいくルートを教えてくれたのでは、と思い当たる。
(これ、道を知らないで行ったら確実に迷うやつよね……)
下手したら、底なし沼にはまって出られなくなる可能性もある。
彼女はぶるりと身震いすると、懇願するように少年を見た。
「あの、申し訳ないんだけど、一緒に来てくれない?」
「……」
「わたし、自慢じゃないけど、方向音痴なの……」
「……」
困った顔のデイジーを見て、少年がため息をついた。
しばらく考えた後、仕方ないという風に、こくりとする。
――その後、デイジーは少年と共に籠を持って家を出た。
北ではなく、まずは西の方向に、鬱蒼とした森の中を歩き始める。
しばらく進むと、森が開けて広い野原に出た。
青空の下、白い花が咲き乱れている。
春風に吹かれながら、デイジーは周囲を見回した。
(ここ、わたしが倒れていた場所だわ)
彼女は、少年に断ると、野原の真ん中に進んだ。
自分が倒れていた場所に近づくと、地面が薄っすら魔力を帯びている。
(……もしかして、何か条件が整えば、ここから戻れたりするのかな)
今は少年のことを放ってはおけないし、まだ帰るつもりはない。
でも、帰る日に備えて、たまに見に来た方が良い気がする。
(まあ、どうなるか分からないけどね……)
デイジーはその場から離れると、少年と共に再び森の中を歩き始めた。
途中で魔獣に会うが、持っていた錫杖でガツンとやって追い払う。
――そして少年に教えられながら獣道を歩くこと、しばし。
道幅が広くなってきた。
木々の間から、建物が見えてくる。
(あれが村ね)
デイジーは、軽く息を吐いた。
当たり前だが、魔族の村に入るのは初めてだ。
(ピヨールは、私が魔族に見えるって言っていたから、大丈夫だとは思うけど)
そんなことを考えながら、デイジーは森を出た。
少し歩いて、村の入り口に到着する。
(ほー、これが魔族の村なのね)
目の前には、石造りの建物が並んでいた。
道は石畳で、全体的に丈夫そうな造りになっている。
(魔族は寿命が長から、丈夫に作っているのかな)
そんなことを思いながら、デイジーは村の中に足を踏み入れた。
石畳の上を、頬に紋章のある人たちが、ゆったりと歩いている。
活気がある感じはないが、どことなく上品だ。
(魔族の村ってお上品なのね)
キョロキョロしながら歩いていると、村の中央に出た。
店がたくさん並んでおり、人々が楽しそうに買い物をしている。
デイジーは何となく気になった1件の店の前で足を止めた。
看板を見上げる。
“ ᚷᛖᚾᛖᚱᚨᛚ ᛊᛏᛟᚱᛖ ” (雑貨屋)
(これ、聖魔法の教本と同じ文字だ)
中をのぞくと、いかにも雑貨屋という雰囲気の店だった。
壁際に背の高い棚が並んでおり、様々な商品が並んでいるのが見える。
デイジーは少年を振り返った。
「ここ、入ってみたいんだけど、いい?」
少年が、いいよ、という風にうなずく。
デイジーは、ドキドキしながら、少年と一緒に中に入った。
店内は、ハーブのような香りが漂っており、ハサミや包丁から瓶詰まで、色々なものが並んでいる。
(なんか楽しい!)
デイジーがわくわくしながら店内を見回していると、奥から物音がした。
顔に紋章のある中年女性が出てきて、デイジーを見ると驚いた顔をする。
「おや、お嬢ちゃん、見ない顔だね」
「はい、初めて来ました」
「偉いね、弟とお使いかい?」
デイジーは思わず吹き出しそうになった。
どうやら魔族から見ると、自分は「お使いお偉いね」と褒められるくらいの年齢に見えるらしい。
(魔族は長寿種だから、わたしなんて、まだまだ子どもに見えるのかもしれないわね)
その後、デイジーは商品を見て回った。
石鹸が欲しいと言うと、女性があれこれと教えてくれる。
「この辺で人気なのは、この白いのだね。こっちの茶色いのはハーブが練り込んであって、こっちの黄色いのは、しつこい汚れ用だよ」
説明を聞きながら、デイジーは意外に思った。
魔族ということで身構えていたが、顔に紋章があること以外は、親しみやすい親切なおばちゃんだ。
(魔族も人間と変わらないのかもしれない)
彼女は、石鹸や調味料などを購入すると、女性にお礼を言って店を出た。
次に、はす向かいにある、お洒落な雰囲気の洋服屋に向かう。
洋服屋の若い女性店主はとても親切で、少年に似合う服を何枚も出してきてくれた。
迷惑そうな少年に何度も着替えてもらい、店主と2人でキャッキャと楽しみながら服を選ぶ。
その後、デイジーは食材を買い集めた。
気の良いお兄さんの店で、干し肉や小麦粉などを購入する。
彼女はホクホクした。
これで美味しいパンが焼ける。
(今日の夕食が楽しみだわ!)
そして、買うべきものを買った後、デイジーは黙って横を歩く少年に尋ねた。
「そろそろ帰ろうと思うんだけど、何か買いたいものある?」
「……ない」
「じゃあ、帰りましょう」
デイジーは重くなった籠を抱え直すと、踵を返した。
今日の夕食のメニューを考えながら、街の出口に向かって歩き始める。
そして、街を出て、森の入り口に差し掛かった――そのとき。
「……おい!」
突然後ろから男の子の声が聞こえてきた。
振り返ると、子どもが5人ほど立っている。
先頭に立っている12歳くらいの短髪の男の子が、デイジーを睨みつけた。
「お前! よくも勝負を邪魔してくれたな! しかも、俺の顔に泥をぬりやがって!」
デイジーは目をぱちくりさせた。
(この子、何言ってんの?)
そんなデイジーに、短髪の男の子が人差し指を突き付けると、叫んだ。
「お前なんて、魚のエサにしてやる!」
(は? 魚のエサ?)
ポカンとするデイジーの横で、少年が表情を硬くした。




