終末世界で命がけのお買い物を
「これが、対クラッシュパッカー用の決戦兵器だ」
クラゲにしびれた夜、鋼ちゃんは作業机に広げたスケッチブックを指差して、得意げに言った。
そこには、味のある画風で図面らしきものが描かれている。
なんというか、すごくトゲトゲしい、巨大なフランクフルトにコードが巻き付いているような絵だ。
「えっと、これは?」
「名付けて『スタン・パイル』だ。切り取ってきたバルナンチュラの脚に、パルスジェリーの発電器官を利用した電撃をまとわせる。こいつをヤツの装甲の隙間に突き刺してやれば、内側から丸焦げにできる」
「おおー、なるほどなるほど。でもさ、十メートル以上ある怪物と正面から向き合って勝てるとは思えないなあ。それに、パッカーって地中に潜って移動するんでしょ」
「気にするな。今言ったのは、ロマンみたいなものだから。確かに、地上で迎撃するのは現実的じゃない。むしろ、この杭を地面に突き立てて、スイッチを入れてやるのが本当の狙いだ」
鋼ちゃんは突き立てた親指を下に向けて振り下ろしてみせる。
映画とかで敵役がよくやる仕草だ。
「まあ、そのためには、地面で電撃が拡散しないための工夫が必要だが、それもある程度考えてある。それで、この武器を作るために必要なのが、鉄パイプや大型モーター、配線類だ」
「そういうのって、近所の家を漁れば出てこない?」
私の素朴な疑問に、鋼ちゃんは舌を鳴らした。
だから、私も負けずに「チッ」とする。
「この辺の家はあらかた壊されてるし、残っていためぼしい機械類は、知葉と再会するまでの間に、あたしが全部引っぺがして使い切った」
「さすがサバイバー、容赦ない」
「というわけで、次に目指すは隣町のバイパス沿い。郊外にある大型ホームセンターだ」
翌朝。
私たちは、赤いスモッグが立ち込める荒野(元は住宅街)にいた。
ひび割れたアスファルトの隙間から極彩色の雑草が覗き、かつての家々がまるで墓石のように等間隔で並んでいる。
普段ならその光景をじっと眺めていると、感傷的な思いに浸ってしまうのだが、今はそんな場合じゃなかった。
なぜなら、私たちはさっそく走っていたから。
「ねえ、ちょっと! なんで目も合ってないのに追いかけてくるわけ!?」
転がっていたコンクリート片を跳び越える。
続いて、鋼ちゃんも右足からダンと着地した。
「知葉、あいつらに何かしたの? あれに追いかけられたの初めてなんですけど」
「わかんないよ!」
後ろを確認する。
まだ飛び跳ねてついてきている。
なんなの、あの虫たちは。
遠目で見るとバッタみたいなんだけど、顎の形がおかしい。
金属の塊みたいな四角い口を噛み合わせていて、跳ねるたびにカチャン、カチャンと冷たい音が鳴る。
例えるなら、そう、ホッチキスみたいな感じだ。
とにかく噛まれたくないことだけは確か。
「ああもう、仕方ない」
鋼ちゃんがウエストポーチを開く。
そして、後ろに向かって紫色の霧を噴射した。
「それなに!?」
「ステルス・スプレー。虫除けみたいなもん。ヤツらに有効かは知らん」
鋼ちゃんはそう言ったけど、次に振り向いた時には、バッタたちは散り散りになっていた。
きっと、これで一安心だ。
「油断するな、次の曲がり角までは走るぞ」
「あ、待ってよ、鋼ちゃん!」
「待てって言われて待つヤツがいるか」
「鬼ごっこじゃないんですけど!」
そこから小一時間ほど移動し、目的のホームセンターに到着した。
目印の看板は倒れ、外壁は崩落しているが、一応その形を保っている。
ひしゃげたシャッターをくぐると、独特の湿ったコンクリートの空気と、破裂した園芸用肥料の匂いが鼻をついた。
天井にぽっかり空いた穴からは、赤いスモッグがスポットライトのように差し込んでいる。
横倒しになった台車、散乱した木材、踏み荒らされた観葉植物。
その上に、色あせた『本日ポイント二倍』の黄色いポップが、まるで遺言みたいに転がっていた。
きっと現役の頃はお客さんでいっぱいだったに違いない。
テンションが上がった私は、つい子供のような気持ちで歓声を上げた。
「うわー! ホームセンター! 工具と園芸と日用品の天国!」
「CMみたいなこと言ってんな」
そう言われても、高ぶらずにはいられない。
私はホームセンターに来るのがそこそこ好きだったのだ。
庭いじりが趣味だったお父さんに、しょっちゅう連れて来られたのが原因だと思う。
そして、崩れた陳列棚のあちこちに見える、カラフルな洗剤のボトルや、ホコリを被ったアウトドア用品。
文明の輝きは、まだ失われていない。
私は店の出入り口に転がっていたある物を拾い上げる。
「こういうガチャガチャしたギミック好きでしょ! 鋼ちゃんなら、これ一本でサバイバルできそう!」
「うーん、見るからに安物じゃん。半額シールが貼ってあるし、売れなかったんだろうな」
「そんな真面目に捉えんといて」
冷めたことを言いつつも、鋼ちゃんは万能マルチツールを開封して手に取る。
カチャリ、カチャリ。
試しにプラスドライバーや小型ナイフなどのパーツを片手で器用に出したり引っ込めたりする。
どうやら意外と気に入ったらしい。
「まあ、無いよりはマシか。それより、ここからは静かに。前に来たときは、ここにデカいカマキリみたいなヤツがいたから」
「りょ、りょうかいです」
巨大なカマキリなんて想像するだけで恐ろしい。
私たちは身をかがめながら、足音を殺して慎重に二階の資材コーナーへ進んだ。
あちこちの棚が崩れ、天井の破片が辺りに散乱しているのに、不自然なほど商品が少ない。
鋼ちゃんが過去にいくつか持って行ったにしても、さすがにここまで物は減らないと思う。
もしかして、他にも物資を必要としている人がいるのかな。
すると、瓦礫の陰に、青い折りたたみ式の運搬台車がポツンと放置されているのを発見した。
車輪も無事で、まだ普通に動きそうだ。
「鋼ちゃん、これ使えるんじゃない?」
「重い物を運ぶのにちょうどいいな。ついでに戦利品として持って帰ろう」
「私が乗ってもいい?」
「だめ」
「ケチ」
私は唇を尖らせながら台車を押し、鋼ちゃんが先行して暗い店内を物色した。
さすがの目利きで、削岩機のモーターや、建築用のパイプなどを見つけては、次々と台車に載せていく。
「これで縛っといて」
その言葉とともに、ロープの束が放られた。
「いざ逃げるときに、せっかくの戦利品を落として行ったら意味がないからな」
「りょーかい、ボス」
順調だ。順調すぎる。
今回はこのまま、何事もなく帰還できてしまうのではないでしょうか。
たまには、こういう日があってもいい。
……そう思った矢先。
「あ、私が愛用してた柔軟剤だ!」
日用品コーナーの残骸を見つけた私が、思わず棚に手を伸ばした瞬間。
ピピピッ!
頭の上から、スーパーのレジ打ちのような高い電子音が鳴り響いた。
すぐに音の方を見上げると、天井の梁にぶら下がったコウモリらしき影が、私に真っ赤な光を照射している。
異変に気付き、鋼ちゃんが駆け戻ってきた。
「何やってんだ、とにかく離れ……」
直後、足が浮いた。
いや、床が割れたらしい。
気付いた頃には、重力に引っ張られていた。
「わあああああああ!」
いきなり割れた床ごと、私たちは一階のフロアへ落下した。
瓦礫や台車がすさまじい音を立てる。
私自身も、全身に大きな衝撃を受けた。
周囲を覆うようにモクモクと土煙が舞う。
「いったた……もう、どうなってんの……」
打ちどころは良かったみたいだけど、お尻がジンジンする。
「は、鋼ちゃん、大丈夫!?」
振り返ると、鋼ちゃんは少し離れた場所で、瓦礫に足を取られたらしく苦悶の顔でうずくまっていた。
「鋼ちゃん!」
急いで駆け寄ると、鋼ちゃんはマスクの下でゴホゴホとむせながら、つらそうに上体を起こした。
見るからに息苦しそうだ。
「痛っつ……あんた、二階から落ちてなんでそんな平気なわけ」
「え? いや、平気ってわけじゃないよ! お尻打ったし、それに……あーあ、せっかく鋼ちゃんから借りた服が破けちゃった」
私は作業着の袖口をつまんで見せた。
「服だけかよ」
「なんだろ、私ってば、すごく頑丈?」
その時、また天井の先から、赤い光線が降ってきた。
ピピピッ。
その音に呼応するように、薄暗い一階フロアのあちこちから、ガガガガッ! とエンジンをふかすようなけたたましい音が鳴り響いた。
「な、なに!? 今度はなに!?」
「マズい……前にあたしが見たカマキリの群れだ」
鋼ちゃんの言う通り、倒れた陳列棚や瓦礫の陰から、巨大なカマキリのような怪物がワラワラと這い出してきた。
両腕のカマ部分が、本物の円形チェーンソーそのものだった。
外殻は金属のようにテカテカと光っており、口から粘っこいオイルのような体液を滴らせている。
自然の生き物じゃない、悍ましいキメラだ。
「ここの資材が減ってたのは、コイツらが持ち去ってたからか。いや、あのチェーンソーみたいな手で繊細な作業なんてできるわけない。誰かが意図的に集めさせてるのか?」
鋼ちゃんが苦々しくつぶやく。
よく見ると、落下した瓦礫の中にも一匹埋もれて、カチャカチャともがいていた。
おそらくコイツが二階の床を壊したのかもしれない。
「って、まぶしい」
コウモリの赤いレーザーは、未だに私のおでこにピタリと合わさっていた。
私が顔を左右に振っても、正確に追従してくる。
「ちょっと! なんで私ばかり狙うの!」
「モンスターに好かれるフェロモンでも出てるんじゃないか」
「んなアホな!」
「いいから、出口に向かって走れ」
鋼ちゃんがポーチから引き抜いた武器で、迫り来るカマキリの一匹に向けて青白い電撃を放つ。
バリィッ! という音とともに一匹が痙攣して倒れる。
「それは!?」
「パルスガン。クラゲの電気使ってる」
すぐに他の個体が威嚇してくる。
「知葉! そこの台車!」
「え!? これ!?」
落下に巻き込まれた青い運搬台車は、資材を載せたまま奇跡的に車輪を下にして着地していた。
「足捻ったあたしが乗るから、知葉は押して」
「はいはい、元社畜が馬車馬のように働きますよ!」
私は台車の取っ手を掴み、全体重をかけて押し出した。
重い。モーターや鉄パイプ、さらには鋼ちゃんまで載っているのだから当然だ。
けれど、台車の上に片膝立ちになった鋼ちゃんが、容赦なくパルスガンを連射して道を切り開いてくれる。
私はただひたすら、出口の光に向かって台車を押し続けた。
とんだ買い物になってしまったものだ。
でも、ただで帰るわけにもいかない!
「あ!」
出口付近の棚に、見覚えのあるパッケージが落ちている。
台車を押したまま、私は片手でそれをわしづかみにし、資材の山の上に放り投げた。
「バカ、なに拾ってんだ」
「私の愛用してた柔軟剤と、あ、可愛いパジャマもあるよ!」
「この状況で生活水準上げるな」
鋼ちゃんのツッコミと一緒に、割れたガラス扉を突き破って、外の赤いスモッグの中へ飛び出す。
背後から追ってくるカマキリたちに向けて、鋼ちゃんが最後のステルス・スプレーを噴射した。
ドブのような悪臭が広がり、怪物たちは混乱したように動きを止めている。
「やった、撒いた!」
外の空気を吸って、私は安堵の声を上げた。
すると……
バサバサバサッ!
生理的嫌悪を催す音とともに、突風が吹き下ろした。
見上げると、スモッグを切り裂いて、一匹の化け物カマキリが飛翔して向かってくる。
「上から!?」
あんな重たそうな身体でも飛べるなんて。
鋼ちゃんが銃口を向けるより早く、ヤツは猛スピードで降下し、私めがけて突進してきた。
「きゃあっ!」
間一髪、回転するチェーンソーを避けた。
しかし、重い腕の横殴りが、私の胴体をまともに捉えた。
硬いタイヤをバットで殴ったような鈍い音がする。
気付くと、私はアスファルトの上を派手に転がっていた。
「知葉っ!」
鋼ちゃんの悲痛な叫び声が響く。
内臓を押しつぶす衝撃だった。
どこか骨が折れているかもしれない。
「いったた……もう、最悪!」
むせながらも、すっくと立ち上がれた。
腕や脚も背中も痛いし、服はさらに泥だらけ。
けれど不思議なことに、骨も折れていないし、血も出ていない。
今回も、運よく当たり所に助けられたらしい。
鋼ちゃんがすかさず電撃を発射した。
青白い光がカマキリの腹部を直撃し、ヤツは痙攣して地面に墜落する。
「無事か!?」
鋼ちゃんが足を引きずりながら近付いてくる。
「無事だけど、これ絶対あとで青タンになるやつだね、めっちゃ痛いし」
「……そうか、無事なら結構だが」
鋼ちゃんの鋭い視線が、私を舐め回す。
マスク越しになにかブツブツとつぶやいているが、よく聞こえない。
「なによ……?」
「いや。ほら、台車を押して。帰るぞ」
「はいはーい!」
シェルターのハッチを閉める。
「はあ……はあ……もう、疲れた……」
帰宅後の一仕事を終え、二人そろって床にへたり込んだ。
目の前には一生懸命この地下に運び込んだ、戦利品である大量の配線、鉄パイプにモーター。
ついでに、砂埃だらけの柔軟剤とパジャマ。
「あーあ、せっかくの新品パジャマが……」
私が嘆くと、自分の足首をさすっていた鋼ちゃんが呆れたようにため息をついた。
「二階から落ちて、チェーンソーの化け物に撥ねられてたヤツの心配事が、服の汚れか。タフガイにも程があるぜ」
「何言ってんのさボス。社会人たるもの、身だしなみを整えるのは基本でしょ?」
私は大げさに肩をすくめて、むっと唇を尖らせた。
「って、誰がタフガイよ! 無傷じゃないし、明日は絶対全身筋肉痛なんだからね!」
私が抗議すると、鋼ちゃんはマスクをずり下げ、乱れた息を整えながら意地悪に言った。
「文句言うな。材料以外はオマケ」
彼女は戦利品のマルチツールをカチャカチャといじりながら、不敵な笑みを浮かべる。
「さあ、休んでもいられない。工作の時間だ。パッカーの脳天に、この『スタン・パイル』をぶち込んでやる」
そのやる気は、非常食を食べた後の眠気でおじゃんになった。




