地下くらい、安心と安全を
『クラッシュパッカー』
新たに現れた脅威に対して、鋼ちゃんはそんな重機を模した名前をつけた。
三人目の私と四人目の私を丸呑みにした、巨大モンスターらしい。
残念ながら、と言うべきか、五人目である私はそれをまったく覚えていないけど。
復元された日のお昼過ぎ、私は身支度を整えながら、彼女の説明に耳を傾けていた。
「これは、ダンゴムシやムカデのような特徴を併せ持った、地中を掘り進む重装甲殻の多脚モンスターだ」
鋼ちゃんは壁のホワイトボードに殴り書きされた怪物のスケッチを、コツコツと叩く。
個人の自由と言われればそれまでだけど、できれば指示棒の代わりに蜘蛛モンスターの脚を使わないでほしい。
それにしても……
「鋼ちゃんの描いたモンスター、独特の絵柄だね」
「全長はおよそ十五メートル」
私の気を遣った批評は無視された。
そういえば、高校時代の美術の授業でも、鋼ちゃんはクラスメイトから画伯と呼ばれていたっけ。
もちろん、皮肉で。
「この頭にあるショベルカーみたいな顎で、瓦礫ごと獲物を体内へかき込めるみたいだ。知葉はすでに二回、それを体験してる」
「さぞ壮絶な最期だったろうね」
私は貸してもらったヨレヨレの作業着に袖を通しながら、今は亡き自分の死に様を想像してため息を吐いた。
「私が短い間に二回も食べられたってことは、そのパッカーはまだこの辺をうろついてるかもしれないってことでしょ? これ以上エサになりたくないし、しばらく外に出ない方がいいんじゃない?」
私の素朴な疑問に、鋼ちゃんは目を細める。
「実はそうのんきなことも言ってられない」
「なんで?」
「パッカーは泳ぐみたいに地中を進み、ビルの残骸も平気で飲み込む。つまり、地下十メートルにあるこのシェルターも、ヤツにとっては噛み応えのあるグミくらいにしか感じないはずだ」
「ということは……」
「もしも、このシェルターがヤツの進行ルートに入れば、あたしたちは翌日の排せつ物になる可能性がある」
淡々とした地下生活終了想定に、血の気が引く。
私はいつの間にか、ここだけは安全だろうと高をくくっていた。
「それなら、今の内に避難した方がいいじゃん!」
鋼ちゃんは首を横に振った。
「地上は毒ガスとモンスターの無法地帯。無闇に歩き回るのは、まったくオススメしない」
「そうだけどさ。なら、なにか対抗策はないの?」
「それを探しに行く」
鋼ちゃんはフィルターマスクをクイと引き上げ、腰のポーチを叩いた。
「さあ、とっとと靴履いて」
「ああ待ってよ! 髪も結ばないと!」
「あたしが結んでやろうか?」
「鋼ちゃん、変な結び方するから……」
シェルターのハッチを開けると、いつも通りまず一軒家のリビングの床に出る。
ここは、ある住宅街の、鋼ちゃん宅だ。
自宅とはいっても、終末が来る前から生活感はなかったようで、現在はシェルターに入りきらない資材や道具などの物置になっている。
鋼ちゃんは地球外生命体が侵略しに来ることを早くから察知していたらしいけど、本人に訊いてみても、はぐらかされるばかり。
彼女にとってあまり重要ではないことなのか、話したくない理由があって答えないのか、そのほとんど変化のない表情からは読み取れない。
外は変わらず、黒と赤で構成された荒廃世界だ。
遠くからは絶えず何かの叫びが聞こえてくる。
とてもじゃないけど、独りで歩き回れる気がしない。
さて、今はシェルターを出て数百メートルくらい行った所。
かつては駅前広場だったと思われる場所のすぐそばで、道路のアスファルトが、まるで巨大なスプーンでえぐり取られたかのように陥没していた。
「うわ、なにこれ、ひどい……」
周りの電柱はへし折られ、ガードレールは紙くずみたいにひしゃげて散らばっている。
「二日前、ここであたしたちは襲われたんだ」
「いやいや、近くない? これじゃあ、シェルターにいつ突っ込まれてもおかしくないじゃん」
「だから対策する」
鋼ちゃんはさくさくと先に進んでしまう。
ここで襲われたという事は、私はこの近くで食べられてしまったという事だ。
まさか、自分の肉片なんて落ちてないだろうね。
なにせ、デコボコと掘り返された地面のあちこちに、紫色の血液や肉片のようなものが飛び散っているのだから、油断はできない。
確かめたいような、見たくないような、そんな気持ちで周囲を警戒する。
不意に鋼ちゃんがピタッと立ち止まった。
「あ、ここだ」
「なにが?」
「知葉が食われた場所」
彼女の視線の先を追ってみると、そこには駅の改札前に構えるドラッグストアの亡骸があった。
窓ガラスはもちろん、壁は無いに等しく、店内は爆破されたみたいに無残な様子だ。
「もしかして、ここに隠れてて死んだの?」
あまり聞きたい事ではなかったけど、知らないままで行くのも気持ちが悪い。
鋼ちゃんは周囲をぐるっと確認して言った。
「そうだけど違う。毎度のことながら、社畜スイッチの入った知葉が、一人でオトリ役を買って出て、そのまま食べられた」
「ああ、そうなのね……」
どうやら、本社に植え付けられた性質は思っていたよりも深刻らしい。
私が地球外生命体の奴隷として、多くの人たちと一緒に心身を改造され、強制労働をさせられていた日々。
といっても、人間性も奪われていたようだから、その時の記憶自体は無いんだけど。
「この辺のバルナンチュラはすっかり狩り尽くされたか、それともまた別の土地を探しに行ったか」
「バルナンチュラって、確か、前の前の私の時に、初めて遭遇したクモだよね」
「そう。そして恐らくはパッカーの主食。いずれの時も、知葉を食べた後にバルナンチュラへ襲いかかっているし」
そう聞くと、なんで私を真っ先に襲うのかなという疑問が湧く。
大きなエサの方から食べた方が賢いじゃん。
パッカーに対する不満を抱えながら、鋼ちゃんの後に続いて改札を通り過ぎる。
「ピッ」
「知葉、何やってんの」
「あー! 鋼ちゃんたら、無賃乗車しようとしてるー! 改札タッチして!」
「……そうだとも。悪い? 通報するか?」
だるい絡みをしたら、とてもだるい感じの返事をされた。
ちょっとしたおふざけくらい付き合ってくれたっていいじゃないの。
まあ、その改札機も何もかも粉砕されているんですけどね。
「お、いたいた」
プラットフォームに繋がる階段の手前あたりで、鋼ちゃんが立ち止まった。
「あれが、目的の?」
私が尋ねると、鋼ちゃんは頷く。
「クラゲ?」
階段通路を占拠していたのは、宙にふわふわと浮かぶクラゲらしき生き物の群れ。
全体的にエメラルドグリーンで発光しており、いわゆる触手にあたる部分が、絡まった海藻みたいでとてもふさふさだ。
見ている分には、キレイだと言える。
「これを、どうするの? 食べるの?」
「いや、味は最悪だ」
食べたんかい。
鋼ちゃんは当然だろという顔をして、ウエストポーチをゴソゴソと漁り始める。
「実は、知葉が食べられた後も、しばらくパッカーのやつを観察してた。そしてバルナンチュラをあらかた食べ終えると、あたしに気付いて追いかけてきたんだ。いや、途中から気付いてたのかも。とにかく、あたしは高圧ネイルガンで対抗してみたけど歯が立たず、さっきの改札の所まで逃げ込んだ。すると、ヤツは急に引き返した」
「このクラゲの群れを見て?」
「見間違いじゃなければ、パッカーはこのクラゲの放つ電気にビビってた」
そう言われてクラゲを注意深く見てみると、確かに群れのあちこちからパチパチって弾けるような音が聞こえてくる。
「さ、全部回収するぞ」
鋼ちゃんはポーチから虫取り網(突っ張り棒の先端に洗濯ネットをテープで貼っつけた物)を二本取り出した。
「え、これ全部? あと、その長さの物を収納できるポーチじゃないよね!?」
「ああ、これね、ギャグ」
「ギャグだからなんだってのさ!」
「伸縮式なの。いいから早くやる。それに、これでも少ない方。二日前なんて、もっとウジャウジャいたんだから」
鋼ちゃんは虫取り網と一緒に、やたら分厚い銀色の保冷バッグを私に押し付けた。
「そのバッグに放り込め。内側にゴムシートを貼ってあるから、いくら集めてもビリビリしない。それと、この絶縁手袋もしといて」
「なるほどね。ていうかこのバッグ、普通にスーパーのロゴが入ってるじゃん」
「ポイント貯めて交換したんだ」
「あったね、こういうの」
失われた日常を噛みしめつつ、私たちは黙々とクラゲを乱獲した。
クラゲは逃げる素振りも見せず、あっさりとネットに収まってくれる。
それを保冷バッグへ押し込む作業は、なんだか幼い頃の川遊びの情景を思い出させた。
「大漁大漁。これだけあれば、何かしらパッカー対策ができるやろうて」
鋼ちゃん、めずらしく機嫌がよさそうだ。
今にも鼻歌を奏で始めそうな雰囲気。
もっとこんなふうに、分かりやすい態度でいてくれたらいいのに。
「何?」
パンパンになったバッグの口を閉めながら、鋼ちゃんが私を見上げた。
「鋼ちゃん、楽しそうだね」
「……じっと見んな。プライバシー」
鋼ちゃんは目元まで黒マスクを引き上げた。
復元した私を裸で寝かせてるくせに、何がプライバシーだ。
いつも通り一言ツッコんでやろうと口を開きかけたその時。
バチンッ!
ひときわ大きな破裂音が階段の上から響いた。
「な、なに? まさか、クラゲの親玉が怒ってるとか?」
「いや、今のは違う……」
しんと静まり、一気に緊張が走る。
すると階段の先から、威圧感のある細い影が姿を現した。
見るからに獰猛そうな黄金色の眼光が、私たちを睨みつける。
「あれは……へび?」
「逃げるぞ!」
鋼ちゃんがいち早く動き出し、保冷バッグと私の腕を同時に引っ張った。
瞬間、階段の上から次々に縄状の怪物が這い出てくる。
「ええ、ちょっと、思ったより多くないですかね!」
しかも素早い。
青や赤のカラフルな身体をうねらせて、ぐんぐん近付いてくる。
「やばい! 鋼ちゃん、このままじゃ追いつかれる!」
そう言ったところで、私の中の何かがカチリと音を立てた。
このままじゃ、追いつかれて二人ともダメかもしれない。
だったら、鋼ちゃんだけでも逃がさなくては。
それが、私の『仕事』なんだから。
「鋼ちゃん、手を離して。私がなんとかしてみせるよ」
「ちっ」
そして、駅の出口に差し掛かったあたりで、鋼ちゃんはいきなり立ち止まった。
「ちょ、どうしたの」
鋼ちゃんは私の腕を掴んだまま、片手で乱暴に保冷バッグを開けた。
「おすそ分けだ!」
手袋の内側をバチバチ鳴らしながら、鋼ちゃんはヘビの来る方へ三匹のクラゲを投げつけた。
ところが、クラゲは真っ直ぐ飛ばず、宙をふわっと泳ぎ始める。
「そりゃそうだよね、宙に浮くタイプだもん」
「いや、これでいい」
鋼ちゃんはすぐにバッグを閉めて駆け出した。
私もその後に続きながら、ちらりと背後を見て、事の行く末を見届ける。
ぱっと見、十メートルくらいあるヘビたちが、勢いのある跳躍でクラゲに襲い掛かっていた。
同時に、まばゆい明滅と、今日一番の放電音。
それがまるで、命の叫びみたいに聞こえてくる。
もし追いつかれていたら、私もあんなふうになっていたのかもしれない。
数十メートル走ったところで、ようやく鋼ちゃんが走るのをやめた。
さすがにマスク越しだと苦しそうで、ゼエゼエと息をしている。
こんな空気でも平気で呼吸できて申し訳ない。
「はあ、どうやら、クラゲの数が減っていたのは、あの蛇のせいらしい」
「天敵っていうか、エサ場だったんだね」
「しかし、電気生物を積極的に食べるなんて、とんだ物好きだ」
そう言って、鋼ちゃんはバッグを肩にかける。
「おかげで、せっかくの収穫が少し減った」
「そうだね」
二人そろって歩き出す。
一難去っても、シェルターのハッチを閉めるまで安心はできない。
だけど、私の中の働けスイッチは、すっかりオフになっていた。
「ありがとね、鋼ちゃん」
「なにが」
「私が一人で犠牲になろうとしたから、助けてくれたんでしょ」
「ふーん。それは気付かなかった。あたしはただ、あの場を切り抜けられるならクラゲくらい捨ててもいいと思っただけだし」
鋼ちゃんは相変わらず、黒髪の下で気怠そうな目をしている。
実際、私を救うつもりがあったかどうかは分からない。
ただあの時、私の腕を引く鋼ちゃんの手に力がこもっていた気がしてならない。
自惚れかもしれないけど。
「ええっと、なにこれ……」
その日の夜、鋼ちゃんちのトイレから戻ってきた私を待っていたのは、悪趣味この上ない肘掛け付きの椅子だった。
「どうやら見つけてしまったようだな」
背後で鋼ちゃんの立ち上がる気配がした。
私が振り向くと、彼女は何やら自信満々の様子で、腕を組んで口角をニヤリと上げていた。
私は皮肉を交えて言う。
「これはまさにお宝発見って感じ……ってか、こんな狭いシェルターの中に堂々と置いてあったら、イヤでも気付くっての! ホントに何なの、この椅子は!」
それをビシッと指さす。
鋼ちゃんは寝ぐせの残った黒髪を指先でいじりながら、澄ました顔で言った。
「自作のマッサージチェア。『パルスジェリー』が放つ微弱な電流を活かした第一号」
「パ、パルスジェリーって、あれの名前?」
「イエス」
あの椅子にまとわりついている、発光クラゲの名前が決定したらしい。
こうして落ち着いて見ると、ホント生々しいというか、静かに脈打っていて、まるで内臓みたい。
そこから無数の触手を伸ばして、椅子全体に絡み付いている。
「鋼ちゃん、これがマッサージチェアだって、本気で言ったの?」
「このあたしが冗談を言ったことがある?」
「覚えている限り、結構ありますけどね。いやいやこれはダメだよ! 普通に生きてるし、パチパチ鳴ってるし、ガムテープで固定されてるだけだし! これは認めません。コンプラ的にも認めませんよ!」
「そうか。だったら……」
鋼ちゃんが背後に回り込み、私の両肩に手を置いてきた。
「え、なに、なにするの!?」
「認められないなら、認めさせてやるよ」
全然うれしくない恐怖のささやき。
異様な力でクラゲ椅子に押しやられる。
「いや、ムリムリ、ホントムリ! キモチワルイ! いや、臭い! マジで海みたいな匂いがする!」
「クラゲだから」
「でもこれ、地球産じゃないですよね!? 海以外のナニかの匂いですよね?」
私はとにかく、もがいて抵抗を続けた。
しかし、鋼ちゃんは私の体を器用にクルンクルンと回転させ、足がふらついたところを見計らって、私を問題の椅子に座らせた。
お尻で海藻を踏みつけたような感触。
それだけならまだしも、そのすべてが細かく動いているから、気持ち悪いことこの上ない。
「ひやあああああ……! タスケテ、タスケテ……」
「ようし、そのままジッとして」
鋼ちゃんは私の頭を押さえながら、何やら電気コードの途中にあるスイッチを操作し始めた。
「これはパルスジェリーに繋がれた電源スイッチだ。そして、こいつにほんの少し電気を流してみると」
「お、おお……?」
少し我慢していると、お尻の下にある触手がうねるのをやめて、小気味よく振動し始めた。
「あ、ああ……なんかこれ、変な感じかも」
悔しいけど、気持ちがいい。
思い切って背もたれに寄りかかってみると、それは顕著になった。
「ウソでしょ、ホントにマッサージチェアみたい」
「はじめからそう言ってる。ちなみに、同じくこのスイッチで、バイブレーションの強さ変更が可能」
今度は腰あたりの触手が大きく盛り上がって圧迫してくる。
「あ、ああああ……効くかも、これ」
「悪くないっしょ」
「モンスターであることを除けばね……ああ、そこそこ」
私はすっかりクラゲマッサージの虜になってしまった。
地獄のような世界なんだから、少しくらい娯楽がないとやっていけない。
しかし、そうして私が油断したところで、背中をパチンと弾くような痛みが走った。
反射的に、私は椅子から飛び退いてしまう。
「痛いっ! なに、どういうこと?」
「ふむ。少し出力を高めるだけでこれか」
「もう鋼ちゃん、せっかくいい感じだったのに!」
「地獄で気を抜くなって教訓」
鋼ちゃんは涼しい顔で言ってのけた。
なら、緊張をほぐすマッサージチェアなんて作らんといてください。
「そもそも、このクラゲってパッカー撃退用じゃなかったの?」
「ああ。当面のパッカー対策として、通電させたジェリーを地表に設置済み。これは余り」
「余りでふざけたもの作るのやめてよ!」
と言っても、きっとやめないんだろうな。
だって鋼ちゃん、こういうときは楽しそうだし。




