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今日も俺は異世界人を◯す  作者: あさきすと
〜貴族学院編〜
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68/72

席を〇す


エレノアから競技会の記録を借りて、三日が過ぎた。


レンは空いた時間のほとんどを、昨年度の試合記録へ費やした。


防護壁へ加わった衝撃。


使用された魔術。


発動から着弾までの時間。


記録は設備への負荷を調べるためのものだが、見方を変えれば、参加者がどのように戦ったかも読み取れる。


ディランは、身体強化だけに頼る相手ではなかった。


中距離では炎弾で移動先を制限する。


距離を詰めるときは、足元へ風を纏う。


相手が防御へ回れば、幅広の剣で防壁ごと押し潰す。


攻撃の種類は多い。


ただし、試合が長引くほど使う術式は偏っていた。


得意なもの。


魔力の消費が少ないもの。


追い詰められたとき、反射的に選ぶもの。


記録だけで勝てるほど、ディランは単純ではない。


それでも、何も知らずに向かうよりはいい。


三日目の放課後。


レンは競技会の記録と、自分でまとめた固定具の点検報告書を持って、エレノアの教室を訪れた。


「もう終わったの?」


差し出された書類の厚みを見て、エレノアが尋ねる。


「お借りしたままでは、ご不便かと思いまして」


「私は使わないから、もう少し持っていてもよかったんだけど」


「必要な箇所は覚えました」


エレノアは一瞬、レンの顔を見る。


それから、試合記録へ目を落とした。


「全部?」


「大まかには」


「大まかの範囲が広そうだね」


報告書を受け取り、最初の頁をめくる。


破損した固定具の位置。


床石との接触箇所。


他の訓練場を確認する際の項目。


作業に必要な人数と、おおよその時間。


「分かりやすい」


「ありがとうございます」


「これなら、私が説明するより本人に話してもらった方が早いね」


エレノアが書類を閉じた。


「今から時間はある?」


「もちろんです」


「競技会の運営委員会があるの。そこで報告をお願いしてもいい?」


「私が出席してもよろしいのですか?」


「原因を見つけた人が説明するだけだから、問題ないと思う」


問題ない。


エレノアはそう言った。


だが、レンが通された部屋を見る限り、単なる学生の集まりではなかった。


学院中央棟の三階。


厚い扉の向こうには、長い楕円形の机が置かれている。


席の前には、一つずつ役職の記された札が並んでいた。


学院長代理。


競技会責任者。


王家代表。


魔術塔代表。


中央神殿代表。


国外賓客代表。


学生運営代表。


机の奥には、すでにカイルが座っていた。


その斜め向かいにはセドリックがいる。


学院の教師と事務官も数人集まり、書類を確認していた。


エレノアは学生運営代表と書かれた席へ向かう。


その隣へ、使用されていなかった椅子を一つ引いた。


「ここでいいと思う」


「よろしいのですか?」


「報告書を一緒に見るなら、近い方が楽だから」


レンが椅子へ手をかけたとき、背後で扉が開いた。


「それは、誰の席かな」


穏やかな声だった。


振り返る。


蜂蜜色の髪を肩へ流した青年が、扉の前へ立っている。


深い緑色の瞳。


胸元には、翼を広げた獅子の紋章が留められていた。


セルディア王国第二王子。


イザーク・セルディア。


交換留学生として学院へ在籍している、エレノアを取り巻く五人の一人だった。


人当たりのよい笑みを浮かべている。


それでも、部屋にいた教師たちは一斉に立ち上がった。


「そのままで構わないよ。今日は学院の会議だからね」


イザークは片手を上げ、教師たちを座らせる。


そのままレンへ視線を向けた。


「初めて見る顔だ」


レンは椅子から手を離し、右手を胸へ添えた。


「お初にお目にかかります。レン・アーヴィングと申します」


「アーヴィング?」


イザークが僅かに首を傾げる。


すぐに、思い当たったように笑みを深めた。


「八年前の戦で領地を失った、北辺の準男爵家だったね」


「ご存じいただけているとは、光栄です」


「国外にいた嫡男が帰国したと聞いている。君のことだったのか」


疑っている様子はない。


イザークは知っている事実を、順番に確かめているだけだった。


「現在は、ローディス伯爵家に身を寄せているのだったかな」


「多大なご厚意をいただいております」


「なるほど」


イザークの視線が、エレノアの隣へ置かれた椅子へ戻る。


「それで、その椅子は?」


「私が出したの」


エレノアが答える。


「レンに、固定具の点検結果を説明してもらうから」


「彼は運営委員なのかい?」


「違うけど」


「では、委員の席へ座らせるべきではないね」


イザークの口調は柔らかい。


だが、譲る余地は最初からなかった。


エレノアが椅子を見る。


「空いてるよ」


「空席であることと、誰でも座ってよいことは違う」


「セドリックも学生だけど」


名前を出されたセドリックが書類から顔を上げる。


イザークは微笑んだまま答えた。


「彼は魔術塔の代表だ。君は公爵家の令嬢であり、学生運営の代表でもある」


その視線がレンへ向けられる。


「では、彼は何を代表している?」


エレノアが答えるより先に、レンが口を開いた。


「本日は、点検結果を報告するために参りました」


「つまり、報告者だね」


「はい」


「それなら、席はあちらだ」


イザークが示した先には、壁際へ置かれた小さな椅子があった。


楕円形の机からは離れている。


必要なときだけ呼ばれ、報告が終われば退出する者のための場所だった。


「失礼いたしました」


レンは一礼し、自分で椅子を元へ戻した。


壁際へ移動する。


エレノアは何か言おうとしたが、カイルが先に口を開いた。


「イザーク殿下の言うとおりだ。今回の会議では、予算と国外からの賓客についても扱う。正式な委員でない者を、最初から同席させるわけにはいかない」


王家代表としての判断だった。


レンを嫌っているわけではない。


それでも、決まりを変えてまで席を与えるつもりもないらしい。


「アーヴィングには、点検結果の報告時に前へ出てもらう。それでよいか」


「承知しました」


レンは壁際の椅子へ座った。


イザークは国外賓客代表の席へ着く。


その位置は、エレノアの正面だった。


会議が始まった。


競技会の日程。


参加者の人数。


観覧席へ入れる客の範囲。


国内外から訪れる貴族の警護。


話し合われる内容は多い。


レンは発言せず、壁際から様子を見ていた。


エレノア。


カイル。


セドリック。


イザーク。


対象を囲む五人のうち、四人が同じ机についている。


ただ近づくだけなら、学院内で何度でも機会はある。


だが、彼らが立場を使って何を決めるのかを見るには、同じ机へ座る必要があった。


やがて、議題が防護設備へ移る。


「南西側の魔石破損について、原因の一部が判明しました」


エレノアが報告書を机へ置いた。


「レン。説明をお願い」


呼ばれ、レンは壁際から立ち上がった。


机の端へ進み、固定具の図を広げる。


「破損した防護魔石は、床の張り替え以降、異なる二枚の床石へ跨がる形で固定されていました」


固定具から伝わる振動。


術式が内側から加える負荷。


二つが重なり、魔石に亀裂が入った可能性を説明する。


教師たちは図と報告書を見比べていた。


説明を終えると、イザークが手を上げる。


「一つ、聞いても?」


「はい」


「これは、可能性の話だね」


「現時点では、そのとおりです」


「固定方法を変えれば、今年は絶対に壊れないと保証できるのかな」


「できません」


レンは迷わず答えた。


イザークが僅かに眉を上げる。


「随分とあっさり認めるね」


「原因の一つであることは、再現によって確認しております。ですが、他に原因がないことまでは証明できておりません」


「それでは、対策として不十分では?」


「固定具については改善できます。術式側に残る負荷の偏りは、魔術塔で調整していただく予定です」


視線がセドリックへ集まる。


「彼の説明で合っている」


セドリックが答えた。


「固定具の異常は確認した。術式の偏りについては、僕が競技会までに修正する」


「間に合うのかい?」


「誰に聞いている」


「君なら、そう答えると思ったよ」


イザークは楽しそうに笑う。


セドリックは不機嫌そうに視線を落とした。


エレノアが費用の計算書を出す。


「防護魔石を増やす案より、固定具の点検と術式の調整を行う方が費用は抑えられます」


事務官が金額を確かめる。


学院側から、反対意見は出なかった。


「では、その方針で進めよう」


カイルが決定を下す。


「アーヴィング。報告に感謝する」


「お役に立てたのであれば、幸いです」


レンが頭を下げる。


顔を上げると、イザークと目が合った。


「報告は終わったようだね」


穏やかな笑みは変わらない。


「ご苦労だった。退出して構わないよ」


まだ会議そのものは続く。


レンに残るよう声をかける者はいなかった。


「失礼いたします」


もう一度頭を下げ、書類を残して部屋を出る。


扉が閉じる。


向こう側では、すぐに次の議題が始まった。


役に立ったかどうかは、席へ座る条件にならない。


能力。


家柄。


役職。


その場で何を代表しているか。


必要なのは、結果だけではなかった。


一時間後。


図書棟へ向かっていたレンは、後ろから名を呼ばれた。


「レン」


振り返る。


会議を終えたエレノアが、廊下を歩いてくる。


「先ほどは、ご報告の機会をいただきありがとうございました」


「こちらこそ。説明を頼んだのに、ああいうことになってごめん」


エレノアは素直に頭を下げた。


「私が、参加できる範囲をきちんと確認していなかった」


「謝っていただく必要はありません。イザーク殿下のおっしゃったことは正しいのでしょう」


「正しいことと、あの言い方をすることは別だと思うけど」


「私に立場を理解させたかったのでは?」


「たぶんね」


別の声が会話へ加わる。


「理解が早くて助かるよ」


イザークだった。


少し離れた場所には、セルディア王国から連れてきた護衛が二人いる。


イザークはレンたちの前で足を止めた。


「不快にさせたのなら謝ろう。けれど、席順は飾りではない」


「承知しております」


「人が集まるたび、誰が上かを争っていては話が進まない。だから、身分と役職によって先に順番を決めておく」


イザークは壁に並ぶ歴代学院長の肖像へ目を向けた。


「必ずしも公平ではない。だが、便利な仕組みではある」


「私は、その仕組みの下の方にいると」


「準男爵家は、貴族の末席だ」


遠慮のない答えだった。


「しかも、君の家には現在、治める領地もない。ローディス伯爵の後ろ盾がなければ、学院へ入ることさえ難しかっただろう」


エレノアの表情が僅かに曇る。


イザークは構わず続けた。


「君自身を貶しているわけではないよ。ただ、今の君に与えられている場所を伝えているだけだ」


笑顔のまま、人を下へ置く。


ディランとは正反対だった。


声を荒らげることもない。


剣へ手をかける必要もない。


決まりと身分を示すだけで、相手を壁際へ追いやれる。


「ご忠告、心に留めておきます」


レンも笑みを返した。


「ですが、順番を上げたい者にとっては、少々不便な仕組みですね」


イザークの笑みが僅かに薄くなる。


「変えたいのなら、それに見合うものを示せばいい」


「例えば?」


「家を立て直す。国へ功績を残す。誰も無視できない実力を見せる」


イザークの視線が、レンの左肩へ向く。


すでに痛みはほとんど消えている。


「もっとも、学院内でディランに叩きのめされているようでは、先は長そうだけどね」


「精進いたします」


「本当に気にしていないように見えるな」


「殿下のお言葉をいただけたことの方が、私には貴重ですので」


「その笑顔と話し方で、どこまで上がれるかは興味がある」


イザークはエレノアへ顔を向けた。


「それでは、僕は大使館へ戻るよ。明日の昼食については、また使いを出す」


「明日は、午後まで講義があるけど」


「終わるまで待たせるさ」


「食事を?」


「僕を」


当然のように答え、イザークは歩き出した。


護衛たちも、そのあとへ続く。


廊下の角を曲がる直前、一度だけレンを振り返った。


笑みは崩れていない。


やがて姿が見えなくなる。


「気にしなくていいよ」


エレノアが言った。


「身分の話でしょうか」


「最後の、ディランに負けたっていうところ」


「事実ですので」


「そうだけど」


エレノアは手に持っていた書類を一枚抜き、レンへ差し出した。


競技会の進行予定だった。


予選開始まで、五週間。


予選を通過した十六名が、本戦へ進む。


本戦参加者は、安全確認のため運営委員会へ出席すること。


「本戦へ残れば、次の会議には選手代表として参加できる」


エレノアが該当箇所を指す。


「そのときは、正式に席が用意されるよ」


「壁際ではなく?」


「机の端だけど」


「十分です」


レンは進行予定を受け取った。


「それほど会議へ出たかったの?」


「立っているより、座っている方が楽でしょう」


「理由はそれだけ?」


「エレノア嬢と同じ机を囲めるのであれば、それ以上の理由が必要ですか?」


エレノアは黙ってレンを見る。


「やはり、まだ慣れませんか」


「たぶん、慣れたら負けだと思う」


「それは残念です」


エレノアは小さく息を吐いた。


だが、不快そうではなかった。


「まずは予選だね」


「はい」


「ディランと当たるのは、本戦へ入ってからになると思う」


前年度優勝者であるディランには、本戦からの出場資格が与えられている。


もう一度向き合うためにも、予選を通過しなければならない。


イザークの言葉を借りるなら、今のレンに席はない。


ならば、与えられるのを待つ必要もなかった。


五週間後。


自分の名が記された席を、取りに行けばいい。

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