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今日も俺は異世界人を◯す  作者: あさきすと
〜貴族学院編〜
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64/72

言葉づかいを〇す


白い光が消えると、レンは王都の街道脇に立っていた。


目の前には、一台の馬車が停まっている。


扉の横で待っていた老家令が、レンの姿を認めて頭を下げた。


「レン様ですね。ローディス伯爵家より、お迎えに上がりました」


「ありがとうございます。お待たせしてしまいましたか?」


「いいえ。予定どおりでございます」


レンは柔らかく微笑み、開かれた扉から馬車へ乗り込んだ。


老家令の態度に疑う様子はない。


女神によって整えられた記憶と記録は、問題なく機能しているらしい。


馬車は王都の西門を抜け、大通りへ入った。


石造りの建物が並び、その軒先では魔石灯が淡い光を放っている。


行き交う馬車。


制服姿の学生。


露店から漂う焼き菓子の匂い。


レンは窓の外へ目を向けたまま、王都の構造を頭へ入れていった。


「正面に見える尖塔が、王立アークレイン高等学院でございます」


老家令が遠くを示す。


高い外壁の向こうに、白い校舎の屋根が並んでいた。


「随分と広いのですね」


「国内でも最大の学院ですから。編入審査までは七週間ございます。旦那様が教師を手配しておりますので、それまでは当家でお過ごしください」


「ご厚意に甘えさせていただきます」


ほどなくして、馬車はローディス伯爵家へ到着した。


伯爵夫妻は、国外から帰国した遠縁の青年としてレンを迎えた。


交わした言葉は多くない。


学院へ提出する書類は揃っていること。


滞在するための部屋も用意されていること。


困ったことがあれば、家令へ申しつけること。


レンは一つずつ礼を告げた。


翌日の夕食では、伯爵家と親しい親族数名へ紹介された。


国外での暮らしについて尋ねられ、用意された経歴に沿って答える。


「長い船旅は大変だったでしょう」


「海は美しかったのですが、揺れまで美しいとは思えませんでした」


「船は苦手なのですか?」


「ええ。ですが、この国へ戻れば忘れられる程度の苦労です」


笑みを添えれば、相手も笑う。


それだけだった。


レンに必要なのは、学院へ入るための身分と保証人だ。


伯爵家の事情へ関わるつもりも、親族として深い関係を築くつもりもない。


夕食へ参加したあとは、編入審査の勉強を理由に客室へ戻った。


それ以降も、必要な挨拶だけで済ませた。


七週間の大半を、学院の課程を把握することに使う。


王国史。


貴族法。


領地経営。


魔術理論。


女神の力により言葉は理解できても、この世界で積み重ねられた歴史までは与えられていない。


昼は伯爵家が手配した教師から学び、夜は一人で書物を読む。


朝には、屋敷の訓練場を借りて身体を動かした。


必要な知識だけを拾い上げ、足りない部分を埋めていく。


そうして、編入審査の日を迎えた。


王立アークレイン高等学院の正門前には、十数台の馬車が停まっていた。


途中編入を希望する学生は、レン一人ではない。


商家の子息。


地方貴族の令嬢。


他国からの留学生。


年齢も身分も異なる者たちが、案内役の教師に従って校舎へ入っていく。


レンも列の後ろへ続いた。


通されたのは、長机が並ぶ試験室だった。


正面に立つ教師が、受験者たちを見渡す。


「審査は、筆記、魔力測定、実技の順に行う。第三学年への編入を希望する者は、現在の在学生と同等の知識が求められる。身分による配慮はない」


紙の束が配られる。


レンは表紙へ、レン・アーヴィングと記した。


最初は王国史。


続いて魔術理論、数学、法学、外国語。


難問も混じっていたが、七週間で確認した範囲を大きく外れてはいない。


レンは必要な答えを書き、時間を残して筆を置いた。


隣の席にいた男子生徒が、まだ半分以上空白の答案を見て青ざめている。


レンはそちらへ視線を向けることなく、終了の鐘を待った。


筆記審査の次は、魔力測定だった。


中庭へ移動すると、台座の上に透明な水晶が置かれていた。


受験者が一人ずつ水晶へ触れていく。


炎のような赤。


水を思わせる青。


目を覆うほどの光を放った者には、周囲から感嘆の声が上がった。


やがて、レンの名が呼ばれる。


「レン・アーヴィング」


「はい」


前へ出て、水晶へ手を置く。


薄い白色の光が、水晶の中心に灯った。


それ以上は広がらない。


測定を担当していた教師が、水晶とレンを交互に見た。


「……お前魔力が無いのか?」


「残念ながら」


レンが困ったように笑う。


後ろから、小さな笑い声が聞こえた。


教師は記録用紙へ結果を書き込む。


「第三学年の実技には、高度な魔術を扱う授業もある、魔力がないものは代わりにかなり厳しい肉体的な実技試験と魔術の豊富な知識が求められるぞ」


「頑張ります」


「次」


レンは一礼して列へ戻った。


魔力測定が終わると、最後の実技審査へ移る。


訓練場には、金属製の人形が三体並べられていた。


人間より一回り大きく、腕には刃を潰した剣が取りつけられている。


「魔法人形を停止させるか、三分間攻撃を耐えれば合格とする。魔術、武器の使用は自由。ただし、場外へ出れば失格だ」


受験者には、訓練用の杖や剣が貸し出された。


最初の学生が、火球を人形の胸へ撃ち込む。


金属の身体が大きく揺れた。


二発目で胸部の術式が砕け、人形が動きを止める。


周囲から拍手が起こった。


その後も、風魔術で人形を転倒させる者や、土の壁で三分間耐えきる者が続いた。


数名が審査を終えたところで、レンの名が呼ばれる。


レンは並べられた武器の中から、細身の訓練剣を選んだ。


「剣を使うのか?」


教師が尋ねる。


「水晶をご覧になったでしょう」


「それもそうだな」


開始の合図と同時に、魔法人形が動いた。


重い足音が訓練場へ響く。


振り下ろされた剣を、レンは半歩ずれてかわした。


反撃はしない。


二撃目も、身体を捻るだけで避ける。


人形の攻撃は速い。


だが、動き始める前には必ず胸部の術式が明滅していた。


踏み込む方向によって、右肩と左肩で光り方も僅かに違う。


三撃目。


レンは剣の外側へ回り込み、金属の足首を軽く払った。


人形の姿勢が傾く。


倒れる前に背後へ入り、首の付け根へ剣先を添えた。


そこには、胸部から伸びる術式の接続部がある。


剣を押し込めば、破壊できる。


レンはそこで止めた。


「終わりでよろしいでしょうか」


教師が目を瞬かせる。


「……なぜ壊さない」


「学院の備品ですので」


訓練場が静まり返る。


やがて、教師が片手を上げた。


魔法人形から光が消える。


「合格だ。下がれ」


「ありがとうございます」


レンは剣を元の場所へ戻し、一礼した。


列へ戻ると、先ほど笑っていた男子生徒が話しかけてきた。


「魔力、本当にないのか?」


「測定結果をご覧になったでしょう」


「それで、どうしてあんな動きができるんだ」


「人形が、次に動く場所を教えてくれていましたから」


男子生徒は魔法人形を見る。


胸部の術式は、すでに光を失っている。


「どこが?」


「少し、分かりにくい場所です」


レンは笑顔で答え、それ以上は説明しなかった。


三日後。


ローディス伯爵家へ、学院から合格通知が届いた。


第三学年への編入を認める。


筆記成績は上位。


実技評価も優秀。


魔術適性については…最低評価だった。


書面を読んだ伯爵は、最後の一文で僅かに眉を寄せた。


「最低評価か…魔力が無いならしょうがないが…」


「他で努力いたします」


「その顔で言われると、あまり困っているようには見えん」


「困ったで魔力が増えるのなら、もう少しそういった顔もするのですが」


伯爵は小さく息を吐き、合格通知をレンへ返した。


「制服は用意させてある。登校は五日後だ」


「ありがとうございます」


五日後。


レンは学院の制服を身につけ、第三学年の教室に立っていた。


段状に席が並ぶ、広い講義室。


集まった学生たちの視線が、一斉にレンへ向けられている。


教師が黒板へ名前を書いた。


レン・アーヴィング。


「本日から第三学年へ編入する。国外で育ったため、国内の習慣に不慣れな部分もあるだろう。各自、必要があれば助けてやってくれ」


紹介を受け、レンは教室を見渡した。


「レン・アーヴィングと申します」


右手を胸へ添え、穏やかに頭を下げる。


「この国へ戻って間もないため、皆様にはご迷惑をおかけするかもしれません。その際は、どうか遠慮なく教えてください」


顔を上げる。


「皆様と同じ場所で学べることを、心から嬉しく思っております」


女子生徒の何人かが、小声で何かを話している。


男子生徒たちは、レンの制服や胸元の徽章を見ていた。


少なくとも、悪い印象ではない。


教師に指定された席へ座る。


午前の講義を終え、学生たちが教室から出始めた。


廊下へ出たレンの前方で、一人の女子生徒が抱えていた書類を落とした。


紙が床一面へ散らばる。


その脇を歩いていた淡い金髪の少女が足を止めた。


エレノア・グランフェルト。


肖像よりも表情が乏しい。


彼女は床へ目を落とし、短く息を吐いた。


「はぁ…量を考えて持ちなさい。腕は二本しかないでしょう」


「も、申し訳ありません」


「私に謝られても困るんだけどねぇ…」


そう言いながら、エレノアは腰を屈めた。


散らばった書類を端から拾い、同じ向きに揃えていく。


近くにいた男子生徒が慌てて歩み寄った。


「エレノア、君が拾う必要はない。私が人を呼ぼう」


「呼んでいる間に拾い終わる」


「だが、そのようなことは使用人に――」


「紙を拾うのに身分が必要ないでしょ?」


男子生徒が言葉を失う。


エレノアは書類の束を持ち主へ返した。


「次から紐でまとめて。もう一度落とされたら、避けるのが面倒だから」


「は、はい。ありがとうございます」


「だから、礼はいい」


エレノアは立ち上がり、そのまま歩き去った。


傍らの男子生徒も、すぐにあとを追う。


レンは離れた場所から、その様子を見ていた。


依頼書にあったとおりだ。


口調は冷たい。


だが、見て見ぬふりをすることはできないらしい。


一瞬だけ、エレノアがこちらを向いた。


視線が重なる。


彼女の目が、見慣れない制服姿の青年を確かめる。


それだけだった。


エレノアは興味を失ったように顔を戻し、廊下の角へ消えていった。


レンも追わなかった。


学院へ名前は通った。


彼女の前へ出るのは、まだ先でいい。

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