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今日も俺は異世界人を◯す  作者: あさきすと
〜魔物の国編〜
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53/72

街を○す


「王城は無理ニャ」


ルルカが即答した。


「なら、なぜ行きたい場所を聞いた」


「希望を聞いただけで、どこへでも連れていくとは言ってないニャン」


両手を腰に当て、縞模様の尾を左右へ振る。


「お前はまだ今日生まれたばかりの新生者ニャ。王城どころか、この街から出る許可もないニャン」


「許可が出るまで何日かかる?」


「問題を起こさなければ三日。暮らす場所を決めるなら、もう少しかかるニャ」


「三日か」


「短い方ニャ。まずは新しい身体に慣れてもらわないと困るニャン」


ルルカはレンの黒い尾を指差した。


「さっきから、通行人の足に三回当たりそうになってるニャ」


「避けている」


「相手がニャ!」


通りを歩く者たちは、レンの耳や尾を一瞥しても足を止めなかった。


代わりに、胸元へ留められた青い布へ目を向けている。


新生者。


元人間であることを示す印だと、ルルカから説明された。


好奇心を向ける者。


哀れむように見る者。


露骨に顔をしかめる者もいる。


誰もが転生者を歓迎しているわけではないらしい。


それでも石を投げる者も、武器を抜く者もいなかった。


レンは歩きながら、街の構造へ目を向ける。


通りは荷車が二台並んでも余裕があるほど広い。


交差点ごとに行き先を示す看板が立ち、文字を読めない者のために色と図形が併記されていた。


赤は軍事施設。


青は水場。


黄色は市場。


種族ごとに異なっていた文字を統一し、短期間で読み書きを広める。


依頼書に記されていた内容と一致する。


建物の造りも、人間の街とは違っていた。


巨人族が利用する店は天井と入口が高い。


小柄な種族の住居には、通常の扉の横へ小さな扉が設けられている。


翼を持つ者のため、屋上にも出入口がある。


すべてが綺麗に整っているわけではない。


大きな角を持つ男が軒へ引っかかり、店主と口論している。


荷車を引く魔物が立ち止まり、後ろに長い列を作っていた。


猫人の子供が魚を盗み、鱗の生えた店主に首根っこをつかまれている。


違う種族が集まれば、当然問題も起こる。


それでも、争いを収めるための決まりがある。


ここは理想郷ではない。


だが、国として機能していた。


「お前、さっきから屋根と路地ばっかり見てるニャ」


隣を歩いていたルルカが、疑うように目を細めた。


「癖だ」


「何の癖ニャ?」


「知らない街を歩くときの癖だ」


「普通は店とか食べ物を見るニャン」


「必要になれば見る」


そのとき、黒い尾が勝手に右へ伸びた。


通りの脇にある屋台。


鉄板の上では、香草をまぶした川魚が焼かれている。


脂が火へ落ちるたび、香ばしい匂いが立ち上った。


ルルカが尾の先と屋台を交互に見る。


「食べたいって言ってるニャ」


「言っていない」


「お前の口はな。尻尾は正直だニャン」


「身体が匂いに反応しただけだ」


「それを食べたいって言うのニャー」


ルルカは屋台へ駆け寄り、焼き魚を二本買った。


一本をレンへ差し出す。


「食べるニャ」


「金は?」


「新生者の最初の食事は国が出すニャン」


「魚を選んだのはお前だろ」


「猫人に転生した奴へ、最初に野菜を渡すほど意地悪じゃないニャ」


レンは焼き魚を受け取った。


一口食べる。


表面は香ばしく焼かれ、中の身は柔らかい。使われている香草が魚の臭みを消し、塩も強すぎない。


猫人の身体になった影響なのか、以前より味と匂いを強く感じた。


「美味しい?」


「悪くない」


「尻尾は美味しいって言ってるニャン」


見ると、黒い尾が緩やかに揺れていた。


「切れないのか、これ」


「怖いことを言うなニャ!」


ルルカが自分の尾を抱え、レンから遠ざかる。


「大事な身体の一部ニャン! 慣れれば高いところでも釣り合いを取れるし、寝るときは暖かいニャ!」


「感情を隠せない」


「お前は隠しすぎだから、ちょうどいいニャン」


言い返す前に、ルルカは残りの魚を口へ入れた。


屋台の先には、大きな工房が並んでいる。


一つの工房で、何十人もの職人が同じ形の槍を作っていた。


刃を打つ者。


柄を削る者。


部品を組み合わせる者。


完成した槍の長さを測り、不揃いな物を取り除く者。


一人の職人が最初から最後まで作るのではなく、作業を細かく分けている。


別の建物から運ばれてきた木箱にも、すべて同じ記号と数字が刻まれていた。


中身。


数量。


送り先。


依頼書に記されていた、工程を分けた大量生産と物資管理。


人間側では異世界の知識だと疑われていたものが、この国では当たり前の景色へ変わっている。


グラウゼン一人を殺したところで、工房で働く者たちが知識を失うわけではない。


知識そのものを消すなら、国に住む者すべてを排除するしかない。


任務の範囲を見誤れば、カナタの研究所を処分したときとは比較にならない犠牲が出る。


女神が、国ごと消せと書かなかった理由も分かる。


「気になるニャ?」


ルルカが工房を見上げた。


「昔は、種族ごとに武器の形も長さも違ったらしいニャン。壊れても直せる職人がいなくて、戦場へ持っていったら使い捨てだったって」


「グラウゼンが変えたのか」


「陛下が形と作り方を揃えたニャ。最初は職人同士で大喧嘩だったらしいけど、今は前より早く、たくさん作れるニャン」


「戦争のために」


「それだけじゃないニャ」


工房の反対側では、同じ規格で作られた車輪が荷車へ取りつけられている。


壊れた車輪を外し、別の工房で作られた物と交換する。


寸法が統一されているため、その場で削り直す必要がない。


「食料も薬も運ぶニャン。戦争に使える物は、暮らしにも使えるニャ」


利益を受ける者にとって、知識の出所は重要ではない。


異世界から持ち込まれたかどうかを気にしているのは、レンと女神だけだった。


「ところで、どこへ向かっている」


「中央測量隊の西部詰所ニャ」


「イーヴァンのところか」


「今はヴァンだニャン」


ルルカが人差し指を立てる。


「本人が捨てた名前を、何度も呼ぶのは失礼ニャ」


「まだ本人から聞いていない」


「それはそうだけどニャ……」


ルルカは少し考え、腕を組んだ。


「じゃあ、会って自分で確かめるニャン」


測量隊の詰所は、街の中央に近い三階建ての建物だった。


入口の横には、この国の領土を描いた大きな地図が掲げられている。


人間側で見た地図より、異種族側の領土が広い。


数年前まで人間の国だった場所にも、新しい街道と集落の印が書き込まれていた。


建物の中では、様々な種族が机へ向かっている。


測量記録を地図へ写す者。


長さを測るための縄を修理する者。


遠征隊から届いた報告書を、共通文字へ書き直す者。


ルルカは受付の猫人へ声をかけ、迷うことなく階段を上がった。


「ヴァーン! いるかニャー!」


静かな建物に、声が響き渡る。


何人もの職員が迷惑そうに顔を上げた。


「静かにしろ」


「元気に挨拶しただけニャン」


「叫んだだけだ」


二階の奥から、一人の男が出てきた。


背丈はレンより頭一つ高い。


灰色の髪。


同じ色をした狼の耳。


鍛えられた身体を革の上着で包み、片手には何枚もの地図を抱えている。


「ルルカ。ここは新生院じゃない。もう少し静かに――」


男の目が、レンの胸元にある青い布へ向いた。


「新入りか?」


「今日来たレンだニャン。ヴァンに聞きたいことがあるらしいニャ」


灰狼人の視線が、レンの顔へ移る。


「俺に?」


「お前がイーヴァンか」


男の表情が消えた。


狼の耳が、ゆっくりと後ろへ倒れる。


「その名前を、どこで聞いた」


「ハーゲンだ」


「ハーゲンは生きてるのか?」


「ああ」


ヴァンが一歩、レンへ近づいた。


「お前は、あいつの仲間か?」


「違う。昨日会った」


「どうして、お前に俺の話をした?」


「殴って聞いた」


ルルカの耳が勢いよく立った。


「殴ったのかニャ!?」


「売られた喧嘩を買っただけだ」


ヴァンの口元がわずかに緩んだ。


「ハーゲンが先に絡んだんだろ」


「知っているのか」


「あいつは昔からそうだ」


「鼻は折っていない」


「なら大丈夫だ」


「安心するところじゃないニャ!」


ヴァンは地図を近くの机へ置き、二人を奥の小部屋へ招いた。


扉を閉める。


部屋にあるのは、小さな卓と椅子が四つ。


壁には、周辺の山と川を細かく記した地図が貼られていた。


「それで、ハーゲンは何て?」


ヴァンが尋ねる。


「伝言が、お前の意思で書かれたものなのか聞いてくれと」


狼の耳がわずかに下がる。


ヴァンは椅子へ腰を下ろし、長く息を吐いた。


「あれを書いたのは俺だ」


「脅されたか?」


「いや」


「命令された?」


「それも違う」


「なら、異種族の国へ転移したというのは?」


「嘘だ」


認めるまでに迷いはなかった。


「俺も、お前と同じように身体を作り替えられた」


ヴァンは自分の手を見る。


指先には鋭い爪。


手の甲から腕にかけて、灰色の毛が生えている。


「目が覚めたときには、この姿だった。人間として持っていた傷も消えた。左耳の下にあった矢傷もな」


ハーゲンから教えられた特徴が見つからなかったのは、そのためだった。


「なぜ、本当のことを書かなかった」


「異種族に変えられたと書けば、人間側は石を壊す」


「壊されて困るのか」


「あのときは、困ると思った」


ヴァンが視線を落とす。


「俺はここへ来るまで、この国を魔物の巣だと思っていた。捕まれば食われるか、拷問されるか、どちらかだと」


実際にあったのは、清潔な部屋と食事。


新しい身体の使い方を教える者。


ここで生きるか、外へ出るかを選ぶ時間だった。


「罠で身体を奪った相手だぞ」


「分かってる」


「選択肢を与えたことにはならない」


「それも分かってる」


ヴァンの声が低くなる。


「だが、この姿で人間の国へ戻ったらどうなる?」


「話を聞かれる前に殺される」


「ああ」


ヴァンは乾いた笑みを浮かべた。


「人間へ戻る方法はない。元の国へも帰れない。だったら、残った場所で生きるしかないだろ」


「それを選んだと言うのか」


「最初は、それしかなかった」


ヴァンが顔を上げる。


「だが半年暮らした今は、自分の意思でここにいる」


壁の地図へ視線を移した。


「俺は人間だった頃も斥候だった。道を探し、地形を調べ、地図へ記す。それしかできない。ここでは、その経験を必要としてくれた」


「人間側を攻めるために使われている」


「ああ」


否定しない。


「俺が描いた道を、軍が使うこともある。同じ道を、食料や薬を運ぶ者も使う。言い訳をするつもりはない」


「人間を裏切った自覚は?」


「ある」


「ハーゲンも?」


その名を出すと、ヴァンの尾がわずかに動きを止めた。


「……あいつには悪いと思ってる」


「なら、なぜ賭けの話を書いた」


「俺だと信じてもらうためだ」


「嘘を信じさせるために?」


「そうだ」


静かな答えだった。


ヴァンは後悔している。


それでも、伝言を撤回するつもりはないらしい。


「二度目の連絡をしなかった理由は?」


「手段がなかったのもある。だが、見つかったとしても送らなかった」


「なぜ?」


「人間側へ、この国の戦力や出入口を知らせたくなかった」


ハーゲンが待ち続けた二度目の伝言は、最初から送られることのないものだった。


「石を使わせるために、最初の伝言だけ送ったのか」


「そうだ」


「次に来る人間も、何も知らずに身体を変えられる」


ヴァンの耳が伏せられる。


「それでも、ここを自分の目で見てほしいと思った」


「随分と勝手だな」


「分かってるよ」


答えたのはヴァンではない。


ルルカだった。


先ほどまで揺れていた縞模様の尾が、力なく床へ垂れている。


「石のやり方を嫌う人がいるのも知ってるニャ。元へ戻りたいって、毎日泣いてる人もいる」


「なら、なぜ続けている」


「それでも、ここへ来てよかったって言う人もいるからニャン」


ルルカがレンを見る。


「人間の国で居場所がなかった人。戦争で家族を失った人。異種族を殺したくなくて逃げてきた人。この国で、初めて必要とされた人もいるニャ」


「だから、知らない人間を同じ目に遭わせるのか」


「……それは、あたしが決めたことじゃないニャン」


声から、普段の明るさが薄れていた。


レンはそれ以上追及しなかった。


ルルカを責めても、石は消えない。


必要なのは、誰が作り、どこで増やし、グラウゼンが死んだあとも動き続けるのか。


その範囲を確認することだった。


ヴァンの視線が、レンの首元へ向く。


「伝言晶を持ってるな」


「ああ」


「明日には、ここから人間側へ伝言を送るよう言われる」


「内容も指定されるのか」


「軍事情報は書けない。だが、それ以外は自分で決められる」


「お前は自分で嘘を選んだ」


「ああ」


ヴァンは、真っ直ぐレンを見た。


「お前は何を書く?」


「まだ決めていない」


「本当のことを書けば、人間側は残った石を壊すだろう」


「嘘を書けば、次が来る」


「そうだ」


二つに一つ。


だが、どちらを選ぶかはレンの任務とは直接関係がない。


人間を救うことも、異種族の国を守ることも、目的ではなかった。


「もう一つ聞きたい」


「何だ?」


「グラウゼンへ会う方法は」


ヴァンの目が細くなる。


「何のために会いたい?」


「身体を変えた相手の顔を見たい。それでは足りないか」


「新生者なら、誰でも一度はそう思うか」


警戒が消えたわけではない。


それでも、不自然な理由ではないらしい。


「六日後、王都で新生者の謁見がある」


「謁見?」


「各地の新生院へ来た元人間を集め、黒竜王陛下が直接会う。ノアで暮らす者には、陛下自身がこの国の決まりを伝えるんだ」


「全員に?」


「少なくとも、元人間にはな。陛下は、人間だった者の言葉を自分で聞きたがる」


グラウゼン自身も、地球では人間だったと疑われている。


人間から異種族になった者へ、特別な関心を持つ理由はある。


「王都までは?」


「明後日、新生院から馬車が出る。二日で着く」


ルルカも同行する。


案内役は、担当する新生者が行き先を決めるまで付き添う決まりだという。


「王城に近づけるのか」


「謁見の広間までだ。武器は持ち込めない。近衛兵と《昇華》を受けた上位種が周囲を固めている」


ヴァンの声が低くなる。


「変なことは考えるな。人間の軍が何度攻めても、陛下の鱗には傷一つつかなかった」


「分かっている」


「分かっている顔には見えないニャ」


ルルカが横から口を挟む。


「お前、王城の話を聞いてから、尻尾が全然動いてないニャン」


レンは自分の尾へ目を向けた。


先ほどまで勝手に動いていた黒い尾が、完全に静止している。


感情を隠そうと意識した結果らしい。


「止め方を覚えた」


「覚えるの早すぎニャ!」


ルルカが目を見開く。


「普通は何日もかかるニャン! 猫人になって半日だぞ、お前!」


「必要だった」


「何に必要なんだニャ……」


呆れながらも、ルルカの声には少しだけ元の明るさが戻っていた。


謁見まで六日。


明日は、人間側へ送る伝言の確認。


明後日には王都へ向かう。


対象へ近づく道はできた。


レンが立ち上がると、ヴァンが背後から呼び止めた。


「レン」


振り返る。


「もし、もう一度ハーゲンに会うことがあれば伝えてくれ」


ヴァンは迷った末、続けた。


「俺は生きている。あの伝言は俺の意思で書いた。だが、帰るつもりはない――それだけでいい」


「自分で伝えろ」


「できないから頼んでる」


「俺が戻る保証もない」


ヴァンは苦く笑った。


「ハーゲンと同じことを言うんだな」


レンは返事をせず、扉を開けた。


廊下へ出ると、ルルカが隣へ並ぶ。


「次はどこへ行くニャ?」


「新生院へ戻る」


「珍しく素直ニャン」


「伝言を考える」


ルルカが首元の水晶を見る。


「あたしは、嘘を書けとは言わないニャ」


「本当のことを書けとも言わないのか」


「どっちを選んでも、誰かが困るからニャン」


ルルカの耳がわずかに伏せられる。


「だから、それはお前が決めることニャ」


人間側は、異種族の国へ潜入したという報告を待っている。


ノアは、次の人間が石へ触れるための報告を待っている。


どちらも欲しがっているのは、都合のいい言葉だった。


レンは胸元の伝言晶を握る。


一度しか送れない。


そして、どちらへ送るにしても――真実だけでは足りなかった。※第4話の終盤に「橙色の髪」が一か所残っているので、設定どおり「ピンク色の髪」へ統一でいいね。

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