情報を〇す
転移をし、最初に目へ入ったのは街並みではなく、その上へ向けられた武器だった。
石造りの屋根に固定された大型の弩。
建物の隙間から見える城壁にも、同じものが等間隔に並んでいる。
どれも街の外ではなく、空へ向けて矢を構えていた。
長さだけなら人間の背丈を超えている。先端には黒い鉄が巻かれ、その後ろでは兵士が二人一組で雲の流れを追っていた。
竜を射るための武器だろう。
もっとも、依頼書に記されていたグラウゼンの鱗を、あれで貫けるとは思えない。
鐘の音が、もう一度響いた。
続けて二度、三度。
通りを行き交っていた者たちの足が止まる。
果物を並べていた店主も、荷車を引いていた男も、母親の手を握る子供まで、一斉に空を見上げた。
母親は子供を抱き寄せ、兵士たちは屋根の上で弩へ矢を装填する。
レンも足を止めた。
雲の合間を、小さな鳥の群れが横切っていく。
黒い翼は見えない。
やがて見張り塔の上で白い布が振られると、張り詰めていた空気がわずかに緩んだ。母親は子供の手を引き直し、店主は何事もなかったように果物を並べ始める。
だが、誰も笑ってはいない。
この街では、空を恐れることすら日常になっているらしい。
通りへ出て、周囲を見渡す。
左右に並ぶ建物は、どれも古い。壁には亀裂を埋めた跡があり、割れた窓を木板で塞いだ家も目立つ。修復に使われた石の色が揃っていないのは、見栄えを気にする余裕がないからだろう。
大通りの向こうから、何台もの幌馬車が近づいてきた。
積まれているのは商品ではない。
痩せた老人。
汚れた毛布に包まれた子供。
身体のどこかに包帯を巻いた男や女。
幌の側面には、見覚えのない紋章が描かれている。その上から、黒い塗料で大きく線が引かれていた。
滅びた国のものなのだろう。
馬車が門の内側へ消えるたび、兵士が人数を数え、木札へ書き込んでいく。荷物を調べる者はいない。持ち込まれる物より、増え続ける口の方が問題らしい。
広場では食料の配給が行われていた。
列は長い。
鍋から注がれる薄い粥を受け取るために、住民と避難民が同じ列へ並んでいる。少し離れた場所では、鍛冶師たちが欠けた剣や曲がった槍を次々と修理していた。新しく作る鉄が足りないのか、道具として使われていた金具まで外され、武器へ作り替えられている。
その一方で、異種族の姿は一人も見当たらない。
古びた商店の軒先に、狼の横顔と麦の穂を描いた看板が残っていた。獣人の商隊を迎える印だったらしいが、狼の部分だけが刃物で削り取られている。
その隣には、新しい告知が貼られていた。
『亜人、魔族およびその協力者との交易を禁ずる』
違反者は財産没収。
密告者には褒賞。
紙の下には、すでに何人かの名前が書き足されていた。
人間と異種族が最初から完全に断絶していたわけではない。
少なくとも、以前はこの街へ獣人の商人が出入りしていた。
だが今は、取引をしただけで敵とみなされる。
グラウゼンが変えたのは戦場だけではないようだった。
広場の反対側には、冒険者ギルドの紋章を掲げた建物がある。
入口脇の掲示板には、依頼書が幾重にも重ねられていた。
国境付近の偵察。
放棄された村からの物資回収。
避難民を乗せた荷馬車の護衛。
街道へ現れた魔物の討伐。
報酬はいずれも高い。
その代わり、紙の隅には死亡者数や行方不明者数が小さく書き加えられていた。
この世界の冒険者は、実力と実績によってレベル一から十までに分けられている。
一は駆け出し。
五を超えれば熟練者。
八以上ともなれば、国が直接仕事を持ち込むほどの存在となる。
掲示板の依頼には、もともと『レベル六以上』と記されていたらしい。
その数字へ線が引かれ、『レベル四以上』に修正されている。
さらにその横には、別の筆跡でこう書き足されていた。
『レベル不問』
条件を守って依頼を失敗するより、条件を下げてでも人を集めたい。
そんなところか。
依頼書にあった『複数国家の滅亡』は、ここでは数行の記録ではなかった。
消された紋章になり、配給を待つ列になり、鐘が鳴るたび空を見上げる癖になって残っている。
ここにあるのは、負け続けている側の景色だった。
「まずは情報収集か……」
レンは広場を離れた。
先ほどから聞こえていた怒鳴り声は、ギルドの隣に建つ大きな酒場から響いている。
入口に掲げられた看板には、木杯と交差する二本の剣。
酒場であると同時に、冒険者へ仕事を仲介する場所でもあるらしい。
レンは扉を押し開けた。
酒と汗、煮込んだ豆、濡れた革。
いくつもの匂いを含んだ生温い空気が、外の冷たい風を押し返すように流れ出てきた。
中には四十人ほどいる。
腕に包帯を巻いた男。
片脚を引きずる女。
髭も生えそろっていない少年。
白髪交じりの老人まで、革鎧を着たまま木杯を傾けている。
笑い声は大きい。
だが、楽しんでいる者は少なかった。
酔っている間だけ、壁の外で続いている戦争を忘れようとしているように見える。
壁には周辺諸国の地図が貼られていた。
その三分の一ほどが赤い塗料で潰され、残った土地との境界には黒い駒が並んでいる。
卓を囲む冒険者たちの胸元には、階位を示す札が下がっていた。
レベル二。
レベル四。
最も高い者でも六。
七以上の札は一つも見当たらない。
レンが入ってきたことに気づき、何人かが顔を上げた。
視線は顔から腰の短剣へ移り、次に胸元を探る。
階位札がないと分かると、興味を失ったように酒へ戻っていった。
正面のカウンターには、白髪交じりの女が立っている。
酒瓶の横にはギルドの印章と何枚もの依頼書。太い腕で樽を持ち上げ、木杯へ酒を注いでいた。
「食事か、酒か、仕事か」
「情報を買いたい」
女主人が木杯を客へ滑らせる。
「内容によるね」
レンは硬貨を一枚置いた。
「異種族の国へ入る方法を探している」
木杯を受け取ろうとしていた男の手が止まった。
近くの卓から、笑い声が一つ消える。
完全な静寂にはならなかったが、周囲の意識がこちらへ向いたのは分かった。
女主人は硬貨に触れず、レンの顔を見つめる。
「何のために?」
「入るためだ」
酒場の奥から、堪えきれないような笑い声が上がった。
「聞いたか?」
大柄な男が椅子から立ち上がる。
肩幅が広く、左の頬から顎にかけて古い傷が走っていた。胸元に下がっているのは、レベル六の札。
その周囲にいた三人も、面白そうにレンを眺めている。
「階位札も持ってねえガキが、黒竜王の国へ入りたいらしい」
男が近づいてくる。
「お前、レベルはいくつだ?」
「登録していない」
「なら、ゼロか」
再び笑いが起きた。
「まずはレベル一になってから出直しな。竜に食われるにしても、もう少し肉をつけた方が喜ばれるぞ」
レンは男の顔を見上げた。
「お前は入る方法を知っているのか」
「質問してるのは俺だ」
「知らないなら座っていろ」
笑い声が途切れた。
男の口元から笑みが消える。
後ろにいた三人が、椅子を引いて立ち上がった。
女主人は止めない。
客たちは慣れた様子で木杯と皿を持ち、近くの卓から離れていく。喧嘩を止めるより、料理を守る方が先らしい。
「おい、小僧」
男がレンの胸倉へ手を伸ばした。
「誰に向かって――」
手首をつかむ。
親指を内側へ押し込みながら腕をひねると、大柄な身体が引かれるまま傾いた。
肘を逆へ押せば折れる。
そこまで考えたところで、右から木杯が振り下ろされた。
頭を下げる。
木杯はレンの髪をかすめ、大男の肩へぶつかった。中身が飛び散り、酒の匂いが一気に濃くなる。
「何しやがる!」
「避けたこいつに言え!」
レンは大男の手首を離し、木杯を持った男の懐へ入った。
腹へ拳を一度。
肺から空気が抜け、男の身体が折れる。
後頭部を押さえ、そのまま顔を長机へ叩きつけた。
皿が跳ね、豆と肉が床へ散らばる。
三人目が椅子を持ち上げた。
振り下ろされる前に、軸足を蹴る。
男の身体が傾き、椅子だけが手から離れた。落ちてきた椅子の脚をつかみ、そのまま男の膝裏へ引っかける。
背中を押すと、男は自分が振り上げた椅子と一緒に床へ転がった。
最初の大男が体勢を立て直し、レンの顔へ手を伸ばしてくる。
太い人差し指をつかむ。
逆へ曲げれば、簡単に膝をつかせられる。
その瞬間、前の世界で出会った大男の顔が浮かんだ。
ドルグも、最初は似たような顔をしていた。
世界が変わるたび、大男の指を折るのも芸がない。
レンは指を離した。
代わりに、掌底を鼻へ叩き込む。
鈍い音が鳴り、大男の頭がのけ反った。
鼻を押さえてよろめいたところへ足をかけ、そのまま床へ倒す。
最後の一人が腰の剣へ手をかけた。
「抜いたら腕を落とすよ」
女主人の声が飛ぶ。
いつの間にか、その手には肉切り包丁が握られていた。
男の指が止まる。
レンは一歩で間合いを詰め、顎の下へ拳を入れた。
剣を抜かなかったことと、殴られないことは別だった。
男が仰向けに倒れる。
酒場から音が消えた。
床へ落ちた木杯が、遅れて一度だけ転がった。
レンは倒れた四人を見回し、最初の大男の前へしゃがむ。
「話す気になったか」
鼻から血を流しながら、男がレンを睨んだ。
「……そのために、四人まとめて殴ったのか」
「お前が売った喧嘩だ」
「普通は買わねえんだよ」
「知らない」
男はしばらく睨んでいたが、やがて喉の奥で笑った。
「ハーゲン」
「何だ」
「俺の名前だ。小僧じゃねえなら、お前も名乗れ」
「レン・クロード」
「そうかよ、レン」
ハーゲンは床へ座ったまま、鼻を押さえる。
女主人が布を投げると、片手で受け取った。
「先に言っておくがな」
ハーゲンは布を鼻へ当て、近くの椅子へ腰を下ろした。
「昔は、異種族の国なんてものはなかった」
レンは立ったまま続きを待つ。
「人間は、自分たち以外をまとめて異種族と呼ぶ。だが獣人と魔族は別の種族だ。獣人だって、狼の一族と猫の一族じゃ考え方が違う。亜人の集落同士で殺し合うことも珍しくなかった」
「人間とは戦っていなかったのか」
「戦ってたさ。何百年もな」
人間は肥沃な土地を奪い、捕らえた異種族を奴隷として売った。
異種族は辺境の村を襲い、食料や武器を奪った。
魔族の軍勢が街を焼けば、その報復として人間の騎士団が集落を潰す。
どちらが始めたのかを語れる者は、もう生きていない。
「ただ、ずっと殺し合ってたわけでもねえ」
ハーゲンが、入り口の方へ顎を向けた。
「あの削られた看板を見ただろ。戦争の合間には商売もした。停戦もあった。気に食わなくても、互いに越えちゃならねえ場所は分かってたんだ」
異種族は人間より身体能力に優れている。
その代わり、種族ごとに暮らしも言葉も違い、大きな軍勢を維持できなかった。
人間側には城壁があり、統率された軍があり、複数の国で物資を融通する仕組みがある。
長い争いの中で、力の差は少しずつ人間側へ傾いていた。
「それを黒竜王が変えた」
グラウゼンは、争っていた種族へ共通の言葉を与えた。
食料を蓄え、同じ規格の武器を作らせ、負傷者を後方へ運ぶ仕組みを整えた。
さらに、命令を理解しなかった魔物まで兵士として従わせた。
「黒竜王は、憎しみを生んだんじゃねえ」
ハーゲンの声から、酔いが消えていた。
「昔からそこら中に転がってた憎しみに、同じ旗と、飯と、向かう先を与えたんだ」
それまで人間の砦へ届く前に散っていた異種族の群れが、一つの軍として進むようになった。
獣人が前線を突破し、魔族が城壁を崩し、魔物が数で押し潰す。
足りなくなった物資は、別の種族が後方から運んでくる。
その上空には、あらゆる攻撃を受けつけない黒竜がいる。
三つの国が、わずか数年で地図から消えた。
「今は?」
「見てのとおりだ」
ハーゲンが壁の地図へ目を向ける。
「次にどこが落ちるか、賭けの対象になってる」
「向こうの情報はないのか」
「送り込んだ斥候は帰ってこねえ。人間が獣人のふりをして歩けるわけもない。捕虜になった奴から届く話も、どこまで本当か分からねえ」
それで、異種族の国へ入る方法が噂になった。
「半年ほど前だ」
ハーゲンは鼻へ当てていた布を下ろした。
「俺たちは、落とされた砦へ物資を回収しに行った。異種族の部隊が引き上げたあとで、残っていたのは死体と焼けた荷車くらいだった」
崩れた石壁の下で、仲間の一人が黒い石を見つけた。
握り拳ほどの大きさ。
表面は磨かれたように滑らかで、内部には赤い糸のような光が走っていた。
魔石とも違い、鑑定の魔法にも反応しなかった。
「砦にあった物か?」
「分からねえ。瓦礫の下に落ちてた」
「異種族が置いていった可能性は」
ハーゲンの目がわずかに細くなる。
「俺たちも考えた。だから最初は誰も触らなかった」
だが、周囲を調べても罠は見つからない。
回収して軍へ持ち帰ることになり、斥候役だった男が厚い布で包んだ石を持ち上げた。
その瞬間、石が布越しに男の魔力を吸い上げた。
黒い光が床を走り、男の足元へ見たことのない模様が浮かぶ。
誰かが手を伸ばしたときには、遅かった。
男の身体は装備ごと光に呑まれ、石と一緒に消えた。
「名前は」
「イーヴァン。レベル七の冒険者だ。俺たちの斥候だった」
「死体は」
「残らなかった」
「転移したと判断した根拠は?」
ハーゲンは上着の内側へ手を入れ、折り畳まれた小さな紙を取り出した。
縁が黒く焦げ、中央には薄い文字が残っている。
「六日後、こいつに伝言が届いた」
遠方で分かれて行動する場合に備え、二人は対になる伝言符を持っていた。
互いの血と魔力を登録し、一度だけ短い文章を送るための道具。
イーヴァンが持っていた片方は、装備と一緒に消えたはずだった。
六日後の夜。
ハーゲンの持つ伝言符へ、突然文字が浮かび上がった。
«石は転移具だった。
俺は生きている。
黒竜王の国の内側にいる。
戦力と出入口を調べ、もう一度連絡する。
帰ったら、あの賭けの続きをしよう。»
「最後の一文は?」
「俺とあいつしか知らねえ。出発前に、くだらねえ賭けをしてた」
「血と魔力も本人のものか」
「ああ。偽造はできねえ」
レンは伝言符へ視線を落とした。
「本人が書いたことは間違いない、か」
「だから言ってる」
「本人の意思で書いた証拠にはならない」
ハーゲンの口が止まった。
指に挟まれた布へ、鼻から落ちた血がゆっくりと広がっていく。
「脅された可能性は考えた」
「寝返った可能性もある」
ハーゲンは答えない。
考えていなかったわけではない。
考えたうえで、認めたくなかったのだろう。
「二度目の連絡は?」
「来なかった」
「伝言符は一度しか使えないと言ったな」
「あいつなら、向こうで別の手段を探す。そういう奴だった」
期待ではなく、自分へ言い聞かせる声だった。
女主人がカウンターに置かれた硬貨を指で弾く。
硬貨は木の上を回り、レンの前で倒れた。
「今の話なら、もう酒場中が知ってるよ」
レンは硬貨を拾わない。
「なら、なぜ喧嘩を止めなかった」
「腕を見るためさ」
女主人は肉切り包丁をカウンターの下へ戻した。
代わりに取り出したのは、小さな真鍮製の札だった。
片面には王国軍の紋章。
反対側には、明日の朝を示す印が刻まれている。
「四日前、同じ特徴の黒い石が見つかった」
周囲から酒気が消えたように、空気が変わった。
ハーゲンも顔を上げる。
「聞いてねえぞ」
「知らせてないからね。今は王国軍が保管してる」
「また誰かに使わせる気か」
「そのための人間を探してる」
女主人が真鍮の札を、レンの前へ滑らせた。
「本来は、レベル八以上から選ぶ予定だった」
だが、それだけの実力を持つ冒険者は少ない。
生き残っている者も、国境や王都の守備から動かせなかった。
何より、行った者が帰れる保証のない道具へ、自分から触れたがる者はいない。
資格はレベル八以上から七へ下がり、七から五へ下がった。
それでも候補は現れず、ついには階位そのものが問われなくなった。
広場の掲示板で見た書き直しは、この件だけの話ではないらしい。
「国は猫の手でも借りたい有様だ」
女主人の視線が、床へ倒れた男たちへ移る。
「ただ、竜の口へ放り込むなら、せめて爪のある猫を選びたい」
「こいつはレベル六だろ」
レンはハーゲンを見る。
「そうだよ。残りの三人も四か五。あんたはそいつらを相手に武器を抜かず、一人も殺さず、息も乱してない」
「それだけで軍が信用するのか」
「するわけないだろ」
女主人は鼻で笑った。
「その札で受けられるのは、話と試験までだ。使わせるかどうかは、軍が自分で決める」
「場所は」
「明日の朝、東の兵舎。門番に札を見せな」
レンは真鍮の札を手に取った。
軽い。
向こう側へ行く人間の命を選ぶ物にしては、妙に軽かった。
「断れば?」
「札を返して終わりさ。無理に行かせたところで、向こうへ着いた途端に寝返られちゃ困るからね」
女主人は倒れた椅子と、床へ散らばった料理を見渡す。
「それと銀貨二枚」
「何の金だ」
「椅子と皿と料理代」
「壊したのはこいつらだ」
「最後に立ってた奴が払う決まりだよ」
レンはしばらく女主人を見たあと、銀貨を二枚置いた。
ハーゲンが鼻を押さえたまま、わずかに笑う。
その笑みはすぐに消えた。
「レン」
「何だ」
「もし向こうへ行って、イーヴァンを見つけたら聞いてくれ」
伝言符を握る指へ力がこもる。
「あの言葉が、本当にあいつの意思だったのか」
「戻れる保証はない」
「分かってる」
「見つける保証もない」
「それも分かってる」
ハーゲンは視線を落とした。
「それでも、何も分からねえままよりはましだ」
レンは約束しなかった。
真鍮の札だけを懐へしまい、女主人が差し出した水を一口飲む。
黒い石。
敵に奪われた砦へ、由来も分からないまま残されていた道具。
触れた人間を一人だけ消し、六日後には、異種族の国へ到着したという伝言が届いた。
それ以来、人々は石を《転移石》と呼んでいる。
だが、石自身がそう名乗ったわけではない。
誰が作ったのか。
なぜ人間側の土地へ置かれていたのか。
イーヴァンは向こう側で、何を見たのか。
そして――石が運んだのは、本当にイーヴァンという人間だったのか。
その答えを知る者は、まだ帰ってきていなかった。




