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今日も俺は異世界人を◯す  作者: あさきすと
〜闘技場編〜
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46/72

賄賂を〇す


二日後。


覇王祭本戦、決勝の前日。


使われていない資材倉庫で、ドルグが紙を机へ広げた。


名前と役目。


その横に、要求された金額が書かれている。


闘王戦の装備検査を担当する二人。


試合を裁く審判。


客席の案内人。


最前列の柵を補修する職人。


金で騒ぎを起こす六人の観客。


「調べるだけって話だったからな。まだ誰にも払ってねぇ」


「それでいい」


レンは一人ずつ金額を確認した。


検査係は高い。


禁止物を見逃したことが発覚すれば、職を失うだけでは済まないからだ。


審判は、それよりも高かった。


「こいつは、判定を変える気はねぇ」


ドルグが審判の名前を指す。


「反則を見つけても、すぐに試合を止めず、闘王の判断を待つ。それだけだ

逆に闘王が文句を言ったら平気でお前を失格にするぜ」


「十分だ」


闘王戦では、現闘王が続行を望めば、多少の規則違反は黙認される。過去に反則物をもちこんだ人物をザグナは返り討ちにした記録がある


しかし、前提として毒や爆発物の持ち込みは禁止されている。


装備検査で見つかれば、試合場へ入る前に失格。


試合中に発覚した場合も、審判が即座に止めればそこで終わる。


検査係の目。


審判が判断を遅らせる数呼吸。


両方が必要だった。


「案内人には、一人の客を指定した席へ通してもらう」


レンが言う。


「補修職人には、その席の前にある柵の留め具を一つ外してもらえ」


「客は誰だ」


「まだ言えない」


レンは答えなかった。


ドルグが紙の端を指で叩く。


「次は、明日の相手だ」


「ベルグに会えるか」


「今夜ならな。右膝の治療が終わったあと、北の旧練習場へ来る」


金級槍士ベルグ。


自分の身長より長い槍を使い、相手を間合いへ入れない。


準決勝では、銀級闘士を正面から打ち破っている。


だが、最後の踏み込みで古傷のある右膝を痛めた。


治療師は十日の休養を勧めた。


ベルグは断っている。


「金は足りるか」


レンが聞く。


「ガウル戦の払戻金がある。だが、ここに書いた連中を全部動かして、ベルグにも払えば、ほとんど残らねぇ」


「足りるならいい」


「明日の決勝へは賭けないのか?」


「もう大穴ではない」


セラとガウルを倒したことで、四百十二番の評価は上がっている。


ベルグが本命であることに変わりはない。


それでも、以前ほど大きな倍率はつかなかった。


ドルグは紙を懐へ収めた。


「俺の取り分まで使うなよ」


「先に抜いておけ」


「そうさせてもらう」


その夜。


北側の旧練習場で、ベルグが待っていた。


長槍は持っていない。


右脚には、膝を固める黒い帯が巻かれている。


ドルグは二人を引き合わせると、少し離れた壁際へ立った。


足元には革袋がある。


レンから預かっている金の一部だった。


「四百十二番が、俺に何の用だ」


「明日の決勝で負けろ」


ベルグの目が細くなる。


「帰れ」


「その膝でザグナと戦えるのか」


ベルグの動きが止まった。


覇王祭は、決勝で終わる大会ではない。


優勝者には三日後、現闘王へ挑む義務がある。


闘王戦を拒めば、優勝は取り消される。


報奨金も失う。


金級の札は再審査となり、逃げたという評判だけが残る。


「俺は、ザグナと戦うために出た」


ベルグが言った。


「準決勝の前まではな」


レンは固定された右膝を見る。


「深く踏み込めば、今でも痛む」


「お前を倒すには十分だ」


「俺を倒した三日後に、同じ脚でザグナと戦うことになる」


ベルグは答えなかった。


ザグナが傷めた右脚を見逃すはずがない。


試合にはならない。


運がよくても、二度と槍を握れない身体になる。


「棄権すればいい」


ベルグの顔へ怒りが浮かぶ。


「金級の俺が、無名の相手を前に逃げろと言うのか」


「だから、試合で負ければいい」


「八百長をしろと?」


「倒れたふりをしろとは言わない」


レンは、ドルグの足元にある革袋を指した。


「これは、失う決勝報奨金と治療費の代わりだ。勝負を買う金ではない」


「同じことだ」


「違う」


レンはベルグを見る。


「最初の二度の攻防は、本気で来い」


「お前が死んでも構わないのか」


「死ねば、お前の勝ちだ」


「三度目は?」


「準決勝で最後に使った型を出せ」


二度続けて相手を下がらせる。


退路を狭め、右脚を深く踏み込み、胸へ最短の突きを放つ。


ベルグが何人もの相手を倒してきた必殺の型だった。


「俺の最も速い突きだ」


「知っている」


「当たれば死ぬぞ」


「避けられなければな」


「俺に、わざと古傷を使わせるのか」


「その脚で本気の型を出し、それでも俺が槍を奪えたなら、負けを認めろ」


ベルグは黙った。


単に倒れろという話ではない。


自分の最も強い型を、来ると分かっている相手へ放つ。


それでも止められなければ、ベルグの勝ち。


止められれば、レンの勝ち。


「断ればどうする」


「明日、何も知らないお前と戦う」


「その膝を狙うか」


「ああ」


「最低だな」


「否定はしない」


ベルグは固定帯の上から右膝へ触れた。


「俺は槍を捨てるつもりはない」


「なら、ここで完全に壊すな」


「お前に心配される筋合いはない」


「心配はしていない」


ベルグが鼻で息を吐いた。


「最初の二度は、本気で行く」


「分かっている」


「三度目も、当たれば止めない」


「それでいい」


「三度目で終わらせろ。四度目があれば、約束は破棄する」


「三度で十分だ」


ベルグは革袋を見た。


だが、拾わなかった。


「金は、俺が負けたあとで払え」


ドルグが頷く。


「それまでは俺が預かる」


ベルグは踵を返す。


右脚をわずかにかばいながら、練習場を出ていった。


「面倒くせぇ奴だな」


ドルグが言う。


「金を先に受け取れば楽なのに」


「負ける前に受け取れば、自分で勝負を売ったことになる」


「負けたあとなら違うのか?」


「本人にとってはな」


「金級の面子ってのも、よく分からねぇ」


「分からなくても、使える」


レンも練習場を出た。


翌日。


中央大闘技場は、空席が見つからないほど埋まっていた。


覇王祭本戦、決勝。


東門から、ベルグが姿を現す。


腰には金色の札。


両手には、自分の身長より長い槍。


右膝の固定帯は、脚甲の下へ隠されている。


西門からレンが入場した。


黒い服。


革の仮面。


武器はない。


それでも、以前のように笑う者はいなかった。


金級闘士セラを倒した。


剛斧のガウルも倒した。


四百十二番が何をするのか、誰にも分からない。


職人席にはミレアがいる。


腕を組み、レンを見下ろしていた。


貴賓席では、ザグナが身を乗り出している。


中央で、ベルグとレンが向き合った。


「昨日の話を忘れていないだろうな」


ベルグが小さな声で言う。


「ああ」


「最初から膝だけ狙ってきても、文句は言わん」


「必要ない」


「そうか」


ベルグが槍を構える。


「なら、一度目で死ぬな」


開始の鐘が鳴った。


ベルグの槍が消えた。


そう見えるほど速い突きだった。


レンは顔を横へ動かす。


穂先が革の仮面をかすめた。


頬の部分が裂け、血が流れる。


ベルグは槍を引かない。


柄を回し、石突きをレンの脇腹へ振るう。


レンは両腕で受けた。


骨へ衝撃が届く。


身体が横へ弾かれ、砂地を転がる。


一度目の攻防。


ベルグは待たなかった。


槍を低く構え、起き上がったレンの足元を払う。


レンは跳んだ。


着地した場所へ、槍の柄が迫る。


胸へ当たった。


息が止まる。


レンの背中が地面へ落ちた。


二度目の攻防。


どちらも本気だった。


あと半歩遅ければ、最初の穂先が首を貫いていた。


受け方を誤れば、二度目の柄で肋骨が折れている。


「立て!」


ベルグが叫ぶ。


レンは息を吐く。


片膝をつき、立ち上がった。


ベルグが長槍を握り直す。


右脚が後方へ下がる。


決められた構え。


観客席から、ベルグの名が叫ばれる。


槍士ベルグの必殺。


二度の攻防で相手の足を後方へ揃えさせ、退路を奪う。


そこへ最短の突きを通す。


レンの胸へ狙いが定まった。


ベルグが右脚を踏み込む。


固定帯の下で、膝がわずかに揺れた。


槍が放たれる。


三度目。


レンは、すぐには動かなかった。


穂先が胸元の服へ触れる。


布が裂ける。


その瞬間、身体を半歩だけ外へずらした。


穂先が脇を通過する。


レンは槍の柄を左脇へ挟んだ。


両手でつかみ、身体ごと横へ回る。


ベルグは槍を放さない。


右脚を深く踏み込んだ姿勢のまま、引かれた方向へ耐えようとする。


古傷のある膝がねじれた。


ベルグの顔が歪む。


右脚から力が抜ける。


レンは槍をさらに引いた。


ベルグの身体が前へ崩れる。


同時に柄を持ち替え、地面へ膝をついたベルグの腕から槍を奪った。


穂先を、その喉へ向ける。


ベルグの右膝は動かない。


槍を奪い返すには、距離が足りなかった。


「降参しろ」


短い沈黙。


ベルグがレンを見る。


「……参った」


終了を告げる鐘が鳴った。


『決着! 覇王祭本戦優勝者――四百十二番!』


観客席が揺れた。


三度目の突きを見切り、踏み込みを利用して槍を奪った。


観客に見えたのは、それだけだった。


ベルグの右膝が傷んでいたことも。


三度目の型を、レンが事前に知っていたことも。


歓声の中では分からない。


レンは槍を地面へ置いた。


ベルグへ手を差し出す。


ベルグはその手を取らず、自力で立ち上がった。


「三度で終わったな」


「ああ」


「金は治療に使う」


「好きにしろ」


右脚を引きずり、退場門へ向かう。


貴賓席から、笑い声が降ってきた。


「はははははっ!」


ザグナが立ち上がっている。


「今の槍が来ることを、最初から知ってたみてぇな動きだったな!」


レンはザグナを見上げた。


「見れば分かる」


「嘘つけ!」


ザグナは楽しそうに笑う。


「まあいい。どう勝ったかなんざ、俺には関係ねぇ!」


手すりへ片足をかけた。


「三日後は、もっと面白ぇもんを持ってこい! 毒でも罠でも、俺の知らねぇもんなら何でもいい!」


観客席がざわめく。


ザグナは両腕を広げた。


「全部まとめて、俺が食らってやる!」


その言葉に、観客たちが沸き立った。


レンは答える。


「試合場には正面から入る」


一瞬の静寂。


次の瞬間、ザグナが腹を抱えて笑った。


「はははははっ! そういうところが好きだぜ、レン!」


その日の夕方。


ドルグは、ベルグへ革袋を渡した。


約束どおり、支払いは一度だけだった。


ベルグは中身を数えず、治療院へ向かった。


残った金を、レンとドルグが資材倉庫で分ける。


検査係。


審判。


案内人。


補修職人。


六人の観客。


ドルグ自身の取り分。


すべてに必要な額を分けると、革袋の底には銀貨が数枚残った。


「本当に、ほぼ全部使いやがった」


ドルグが言う。


「こんな仕事、二度と持ってくるなよ」


「次があれば、値段を上げればいい」


「そういう問題じゃねぇ」


「なら断れ」


「金額を見てから決める」


「分かった」


「本当に気に食わねぇな、お前」


「知っている」


倉庫を出る前に、レンは大会事務所へ立ち寄った。


覇王祭の優勝賞金は、闘王戦が終わるまで支払われない。


優勝者には、現闘王へ挑む義務がある。


その前に金だけ受け取り、逃げることを防ぐためだった。


闘王戦では、挑戦者が死亡することも珍しくない。


そのため、事前に受取人を一人だけ指定できる。


窓口の書記が聞いた。


名前を記入し、その場を去った。


ガルド工房へ戻ると、炉の火が強く焚かれていた。


ミレアが、新しい鋼板を削っている。


引き出しにしまった二号試験機は、分解されていた。


曲がった枠。


潰れた留め具。


使い終えた板ばね。


どの部品も、本番用には流用されていない。


作業台の中央にあるのは、新しく作られた金属筒だった。


「作らないと言っていたな」


「言ったわよ」


「なら、これは何だ」


「見れば分かるでしょ」


ミレアは顔を上げない。


「あんたが別の方法を使って、もっと無茶をするのが目に見えたから」


「止めるためか」


「私が作ったものを、どこへ向けるのか見届けるため」


最後の板ばねを枠へ収める。


「あいつを死なせたいわけじゃない」


「知っている」


「あんたを勝たせたいわけでもない」


「ああ」


「でも、中途半端なものを渡して、二人とも無駄に死ぬのは嫌」


ミレアが、ようやくレンを見る。


「これは、私が決めたことだから」


「分かった」


「試し撃ちはしない」


「寸法も、ばねの重なりも、二号試験機で確認した。これは一度も撃ってない。本当に一回だけ」


「十分だ」


「その一回で、あんたの腕も壊れるかもしれない」


「相手へ届けばいい」


「聞き飽きた」


ミレアは金属筒を布で包んだ。


鍵のついた引き出しへ収める。


「当日の朝、私が取りつける。それまで渡さない」


「構わない」


「試合も見るから」


「好きにしろ」


「止めるかもしれないわよ」


「そのときは止めればいい」


ミレアの眉が寄る。


「止まってくれるの?」


「それは別だ」


「…はぁ」


レンは作業台の隅を見る。


銀色の髪飾り。


そこに刻まれた小さな花が、炉の光を反している。


レンは何も言わなかった。


闘王戦まで、あと三日。


本番用の杭は、一度も撃たれていない。


残るのは、その一度を当てる場所だけだった。

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