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今日も俺は異世界人を◯す  作者: あさきすと
〜闘技場編〜
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43/73

予想を〇す


覇王祭本戦、一回戦。


中央大闘技場の地下通路には、観客の足音が低い地鳴りのように響いていた。


石壁に掛けられた組み合わせ表の前で、ドルグが腕を組んでいる。


「四百十二番。次だぞ」


「分かっている」


レンは壁へ背を預けたまま、対戦相手を見ていた。


銅級闘士ハイゼ。


右手に幅広の剣。


左腕には、肩から腰まで隠れる大きな丸盾。


華やかな技はない。


盾で攻撃を受け、剣で斬る。


それだけで銅級まで勝ち上がった男だった。


ハイゼが剣の柄を握り直す。


盾の内側で、革帯が小さく鳴った。


汗と油を吸った革。


穴を開け直した跡がある。


交換せず、短く詰めて使い続けているらしい。


「お前、本当に武器なしで出るのか」


ドルグが聞いた。


レンの腰に、短刀はない。


身につけているのは黒い服と革靴だけだった。


「持っても、盾の外からは届かない」


「だからって素手で行く奴があるか」


「いる」


「どこに」


「ここに」


ドルグが顔をしかめた。


通路の先で、係員が札を掲げる。


「百八十六番、入場!」


ハイゼが鉄格子の向こうへ進んだ。


観客席から歓声が落ちてくる。


銅級闘士の名を呼ぶ声が多い。


続いて、係員がレンを見る。


「四百十二番!」


レンが鉄格子をくぐった。


歓声より先に、笑い声が上がる。


本戦へ紛れ込んだ無名の闘士。


予選では逃げ回り、柱や他人の武器を使って生き残った男。


正面から戦えば、銅級闘士に勝てるはずがない。


観客の大半は、そう考えていた。


レンは試合場を見回す。


円形の砂地。


外周には低い石柱。


その向こうを、段状の観客席が囲んでいる。


職人用の席にはミレアがいた。


膝の上で両手を握り、こちらを見ている。


銀色の髪飾りに、小さな花が刻まれていた。


さらに上。


貴賓席の手すりへ、ザグナが片腕を載せている。


手首に巻かれた古びた腕輪


そこにも、同じ形の花があった。


レンは一度だけ見比べ、視線を戻した。


「開始位置へ!」


ハイゼが盾を前へ出す。


「悪く思うなよ」


「思わない」


「本戦で武器も持たねぇ奴が悪い」


「それも思わない」


審判が手を上げた。


開始を告げる鐘が鳴る。


ハイゼが前へ出た。


盾が視界を塞ぐ。


レンは右へ動く。


盾も追ってくる。


左へ切り返す。


盾の陰から剣が伸びた。


レンは上半身を反らす。


刃先が胸元の服を裂いた。


歓声が上がる。


ハイゼは剣を引き、盾ごと踏み込んだ。


重い盾の縁が、レンの左腕へ当たる。


衝撃を受ける直前、レンは後方へ跳んだ。


身体が地面へ転がる。


左腕が痺れた。


骨は折れていない。


「逃げるだけじゃ、予選と同じだぞ!」


ハイゼが追う。


レンは立ち上がり、今度は盾の側へ踏み込んだ。


剣が届きにくい位置。


ハイゼは構わず盾を振るった。


レンの肩へ縁がかすめる。


黒い服が裂けた。


レンは、盾の裏へ右手を差し込んだ。


上側の革帯へ指をかける。


ハイゼが腕を引いた。


レンは抵抗しない。


引かれるまま一歩入り、盾へ肩を押しつける。


「何のつもりだ!」


ハイゼが剣を振り上げた。


レンは革帯をつかんだまま、身体を沈めた。


盾の重さと、ハイゼが腕を引く力。


二つが、穴を開け直した革の一点へ集まる。


乾いた音がした。


革帯が切れる。


盾が左腕からずり落ちた。


傾いた盾の縁が、剣を振り下ろそうとした右腕へぶつかる。


ハイゼの動きが止まった。


レンは盾を蹴った。


鉄の塊が、ハイゼの両脚へ当たる。


体勢が崩れた。


レンは剣を持つ手首を両手でつかむ。


親指を開かせる方向へひねった。


剣が砂地へ落ちる。


そのまま背後へ回り、切れた革帯を首へかけた。


「ぐっ――」


ハイゼが肘を振るう。


レンの脇腹へ当たった。


息が詰まる。


それでも革帯を放さない。


背中へ膝を当て、身体ごと後方へ引く。


ハイゼの指が、首と革の間へ入ろうとする。


一本。


二本。


三本目が入る前に、腕から力が抜けた。


膝が砂地へ落ちる。


レンは焦点の合わなくなった目を確かめ、革帯を緩めた。


ハイゼの身体が前へ倒れた。


係員が駆け寄る。


呼吸を確認し、審判へ頷いた。


終了の鐘が鳴る。


『決着! 勝者、四百十二番!』


観客席がざわめいた。


歓声よりも、戸惑いの声が多い。


盾の革帯が偶然切れた。


その隙に勝った。


そう見えたらしい。


貴賓席から、笑い声が降ってきた。


「ははははっ!」


ザグナが手すりを叩いている。


「最初から、切れる場所しか見てなかったな!」


レンは答えなかった。


試合場を出る。


地下通路では、ドルグが待っていた。


「見てるところが気持ち悪ぃんだよ、お前は」


「褒めているのか」


「違う」


ドルグが小さな木札を投げる。


賭場の預かり札だった。


「お前の勝ちに入れた分だ。元が少ねぇから、増えたってほどじゃねぇ」


「次へ全部入れろ」


「相手を知ってんのか?」


「セラ」


ドルグの眉が上がる。


炎使いのセラ。


金級闘士。


本戦一回戦も、相手を近づけることなく焼き伏せている。


「正気か?」


「負ければ金は必要ない」


「生きて負けることもあるだろ」


「そのときは、また稼ぐ」


「簡単に言いやがる」


ドルグは札を懐へ入れた。


参加者が自分の敗北へ賭けることは禁止されている。


勝利へ賭けることは禁止されていない。


だが、試合前の闘士は賭場へ近づけない。


代わりに札を買う者が必要だった。


「俺の取り分は一割だ」


「構わない」


「仲間になったわけじゃねぇぞ」


「金で頼んでいる」


「分かってるならいい」


二人が地上へ出ると、客席から帰る人間で通路が埋まっていた。


その中で、男の怒鳴り声がする。


「お前があんな奴に道具を貸したんだろ!」


負け札を握った男が、ミレアの手首をつかんでいた。


「貸してないわよ。今日は何も持たせてない!」


「工房の人間が何もしてねぇわけ――」


男の腕が止まった。


横から伸びた手が、その手首を握っている。


ザグナだった。


笑っていない。


「その手を離せ」


男の顔から血の気が引く。


すぐにミレアを放し、人混みの中へ逃げていった。


「余計なことしないで」


ミレアが手首をさすりながら言った。


「指を潰されたら、俺の籠手を直す奴がいなくなる」


「頼まれても直さないわよ」


「なら、なおさら勝手に潰されるな」


「心配してるみたいに言わないで」


「してねぇよ」


ザグナが鼻で笑う。


レンは二人を見た。


ザグナが視線に気づく。


「何だ、四百十二番」


「別に」


「次も勝てよ」


「命令される理由はない」


「お前がどこまで来るか、見たいだけだ」


ザグナはミレアへ背を向け、そのまま人混みを割っていった。


ミレアも反対側へ歩き出す。


レンは、ザグナが男の手首をつかんだ速さを思い返した。


考えてから動いたのではない。


男の手がミレアへ触れた瞬間には、もう動いていた。


ガルド工房へ戻ると、ミレアがレンを椅子へ座らせた。


裂けた肩口を確認する。


「切れてない。打っただけね」


「問題ない」


「問題があるか決めるのは私」


冷たい布を肩へ押し当てた。


「痛い」


「それくらい我慢して」


レンは作業台の上を見る。


板ばね。


細い金属筒。


切り落とされた鋼板。


「作れるか」


「まだ何も聞いてないんだけど」


「腕へ固定できる筒がほしい」


レンは指で長さを示す。


「中へ杭を一本入れる。数歩先まで飛ばして、鉄板を抜ける程度の力が必要だ」


「数歩で鉄板を?」


ミレアが眉を寄せる。


「弓を腕につけるようなものね。でも弦を引く幅がない」


積まれている板ばねを手に取る。


曲げる。


戻る力を指先で確かめた。


「薄いばねを何枚も重ねて、一度に解放すれば……」


独り言のように呟く。


レンは口を挟まなかった。


構造を考えているのはミレアだった。


この世界の鉱山で使われている罠と、大型弩の留め具。


ガルド工房で扱ってきた技術。


それらを組み合わせようとしている。


「何回撃てればいいの?」


「一度」


ミレアが顔を上げた。


「一度で外したら?」


「次はない」


「使う相手は?」


「まだ言えない」


「それで作れって?」


「断ってもいい」


ミレアは板ばねを見る。


次に、レンの肩へ当てている布を見る。


「……試すだけよ」


「十分だ」


「完成させるとは言ってない」


「分かっている」


「あと、鉄板を抜くほどの杭を腕から飛ばしたら、反動で腕のほうが壊れるかもしれないから」


「杭が先に届けばいい」


ミレアが包帯を強く引いた。


「痛い」


「今のはわざと」


次の試合まで、あと二日。


相手は金級闘士セラ。


賭場では、四百十二番が勝つと思っている者はほとんどいなかった。


そのほうが都合がよかった。

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