↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
今日も俺は異世界人を◯す  作者: あさきすと
〜闘技場編〜
PR
41/71

金を〇す


覇王祭の予選まで、あと六日。


レンがガルド工房へ通い始めてから、四日が過ぎていた。


朝は大闘技場で在庫を確認する。


昼になると、修理する武具をガルド工房へ運び、代わりに直ったものを持ち帰る。


仕事が終われば、ミレアの帳簿を手伝う。


数日前まで、バルドは修理品を運ぶ人間を毎回変えていた。


だが今朝、レンへ一枚の書類を渡しながら言った。


「今後、ガルド工房とのやり取りはお前がやれ」


「お、俺がですか?」


「向こうからの指名だ」


「ミレアさんが?」


「お前が持ち帰る受領書は、数も日付も間違ってない。前の奴らは剣を三本預けて二本しか書かなかったり、修理代の桁を一つ間違えたりしてたからな」


バルドは面倒そうに手を振った。


「職人に気に入られたなら、そのまま機嫌を取っておけ。それも用具係の仕事だ」


「き、気に入られたというわけでは……」


「どっちでもいい。昼までに行ってこい」


レンはいつものように荷車を押し、職人区へ向かった。


ガルド工房へ着くと、扉は開いていた。


中では、ミレアが胸当ての留め具を調整している。


「こんにちは……」


「遅い」


「す、すみません」


「冗談よ。まだ鐘も鳴ってないでしょ」


ミレアは顔を上げずに言った。


最初に会った頃と比べ、レンが工房へ入っても作業を止めなくなっていた。


レンも、ミレアの前では言葉につかえる回数を少しずつ減らしている。


何度も顔を合わせているのに、初対面と同じ怯え方を続けるほうが不自然だからだ。


それでも、大きな音が鳴れば肩を揺らす。


ミレアが急に振り向けば、反射的に視線を落とす。


気弱で争いを嫌う男という姿は、崩していなかった。


「バルドさんから聞きました。今後は、俺がこちらを担当するそうです」


「頼んだのは私よ」


ミレアが当然のように答える。


「別の人が来るたびに、同じ説明をするのが面倒なの。あんたなら、帳簿も読めるし」


「俺でよければ……」


「嫌なら別の人にするけど?」


「い、いえ。嫌ではありません」


レンが慌てて否定すると、ミレアは小さく笑った。


「なら決まりね」


レンは修理品を荷車から下ろした。


そのあとは、前日にミレアが直した武具と帳簿を照合する。


槍が二本。


胸当てが一つ。


革帯を交換した盾が三枚。


数も修理代も合っている。


「こちらは、今日持ち帰っても?」


「いいわよ。あ、その前にこれ」


ミレアが紙の包みを投げる。


レンは胸元で慌てたように抱え込んだ。


中には、焼いた豆を挟んだ薄いパンが入っている。


「昼食ですか」


「昨日の帳簿代」


「毎日いただいていますけど……」


「毎日手伝ってるでしょ」


「書くだけなので、大したことはしていません」


「あんたが大したことないと思ってても、私は助かってるの。それでいいでしょ」


「……ありがとうございます」


レンは作業台の端へ腰を下ろした。


ミレアも向かいへ座り、自分の分のパンを口へ運ぶ。


以前は食事中にも途切れがちだった会話が、今では自然に続くようになっていた。


武具の状態。


闘技場の試合。


値上がりした炭。


工房の屋根へ住みついた鳥。


どれも、ザグナの調査とは関係のない話だった。


食事を終えたミレアが、不意に腰の革紐へ手を伸ばした。


外したのは、小さな鉄の鍵だった。


「レン。今日の夕方、時間ある?」


「仕事が終わったあとなら……」


「炉材商から、鋼の薄板が届くの。十二枚」


ミレアは鍵をレンの前へ置いた。


「でも、同じ時間に商工連合の集まりがあるのよ。ガレムの盾を修理する費用を、闘技場と連合のどっちが出すか決めるんだって」


「ミレアさんが出席するんですか」


「盾の構造を説明できる人間が、私しかいないからね」


レンは置かれた鍵を見る。


「これは……」


「裏口の鍵。夕方、先に入って待ってて」


「お、俺が一人で?」


「ほかに誰がいるのよ」


「でも、工房には高価な武具もありますし……」


「材料庫と金庫は別の鍵よ。炉にも触らないで。届いた薄板の数と、表面にひびがないかを確認して、受領書へ名前を書く。それだけ」


「そういう意味ではなく……俺みたいな人間に、工房の鍵を預けていいんですか?」


ミレアは眉をひそめた。


「何よ。盗むつもり?」


「そんなことはしません!」


レンが顔を上げる。


声が思った以上に大きく出たように装い、すぐに肩を縮めた。


「す、すみません……。でも、本当にしません」


「知ってる」


ミレアはあっさり答えた。


「あの子がパンを盗んだときだって、自分が殴られるかもしれないのに間へ入ったでしょ」


レンは気まずそうに視線を落とした。


「あれは……放っておいたら、あの子が殴られそうだったので」


「それで、代わりに自分が殴られようとする?」


「俺なら、少しくらい殴られても……」


「そういうことを平気で言わないで」


ミレアが眉をひそめる。


「すみません……」


「怒ってるわけじゃないけど」


ミレアは残ったパンをちぎった。


「少なくとも、子供のために自分のお金を払って、店主にまで頭を下げるようなお人好しが、私の工房から物を盗むとは思わないわ」


「お人好しというほどでは……」


「褒めてないから」


「そうですか……」


「褒めてほしかったの?」


「いえ」


「なら、その顔やめて」


ミレアは鍵を指で弾いた。


レンは両手で受け止める。


冷たい鉄の感触が、掌へ落ちた。


「絶対に失くさないでよ」


「はい。命に代えても」


「鍵一つで死なないで」


夕刻。


仕事を終えたレンは、職人区へ戻った。


ガルド工房の正面扉は閉まっている。


建物の横にある細い道へ入り、裏口の前で足を止めた。


預かった鍵を差し込む。


抵抗なく回った。


扉の先は、工房の作業場へつながっている。


右手には炉。


左手には修理を待つ武具。


奥の扉を抜ければ、ミレアが寝起きしている居住部がある。


レンは鍵を抜き、扉を閉めた。


作業台には、ミレアが用意した受領書が置かれている。


鋼の薄板、十二枚。


厚さ。


長さ。


一枚あたりの重さ。


検品する箇所まで、横へ書き添えられていた。


ほどなくして、表の扉が叩かれた。


「炉材商だ! 荷物を持ってきたぞ!」


レンが扉を開けると、二人の男が木箱を抱えて立っていた。


「ミレアは?」


「商工連合へ出ています。その……俺が受け取るように言われました」


「お前が?」


男がレンの木札を見る。


「闘技場の雑用係じゃねぇか」


「は、はい。ですから、間違えないように確認します」


男たちは面倒そうに木箱を作業台へ置いた。


蓋を外す。


中には、布で包まれた鋼の薄板が重ねられていた。


レンは一枚ずつ取り出し、表面と縁を確認していく。


十枚。


十一枚。


そこで箱が空になった。


「……一枚、足りません」


「あ?」


「受領書には、十二枚と書いてあります」


「入れたはずだ」


「ですが、ここには十一枚しか……」


「細けぇこと言わずに名前を書け。こっちは次の配達もあるんだ」


男が苛立ったように机を叩く。


レンの肩が跳ねた。


握っていた筆の先が、紙の上でわずかに震える。


「す、すみません。でも、十二枚受け取ったと書くことはできません」


「一枚くらい、あとで持ってくりゃ同じだろ」


「同じではありません」


レンは怯えた表情のまま、受領書を手元へ引いた。


「ミレアさんから、十二枚を確認するように言われました。十一枚で名前を書けば……預けてもらった仕事を、俺が勝手に変えたことになります」


「面倒くせぇ奴だな」


男がレンの胸ぐらへ手を伸ばしかける。


その視線が、入口に下がる商工連合の保護札へ向いた。


舌打ちし、手を止める。


「もう一回、荷車を見てこい」


外にいたもう一人が戻っていく。


しばらくして、布に包まれた薄板を一枚抱えてきた。


「荷台の隙間に落ちてました」


「最初からちゃんと探せ!」


男は十二枚目を作業台へ置いた。


レンは表面を確認し、受領書へ名前を書く。


「確かに、十二枚受け取りました」


「お前、見た目のわりに頑固だな」


「す、すみません……」


「そこで謝るくらいなら、最初から黙って受け取れよ……いや、悪かったな」


男は頭をかき、空の木箱を抱える。


二人が工房を出ていったあと、レンは薄板を種類ごとに分け、ミレアが指定した棚へ置いた。


そのまま、途中になっていた修理帳簿を開く。


ミレアが戻ってきたのは、最後の一行を書き終えた頃だった。


裏口が開く。


「遅くなったわ」


「お、おかえりなさい」


言ってから、レンは少し困ったように目を伏せた。


「すみません。俺の家ではないのに」


ミレアが一瞬、目を丸くする。


「別に、それくらいで謝らなくていいけど」


机へ置かれた受領書を手に取る。


「十二枚、ちゃんとあった?」


「はい。一度は十一枚しかありませんでしたが、荷車に残っていたようです」


「そのまま受け取らなかったの?」


「十二枚を確認するように言われましたから」


「怒鳴られたでしょ」


「少しだけ……」


「怖くなかった?」


レンは答えるまでに、わずかな間を空けた。


「怖かったです」


それでも、と続ける。


「ミレアさんが俺を信用して、鍵まで預けてくれたので。勝手なことはできません」


ミレアは受領書を見たまま、しばらく動かなかった。


やがて、小さく息を吐く。


「ほんと、変なところで真面目ね」


「すみません」


「謝るところじゃないって言ってるでしょ」


レンは懐から鍵を取り出した。


「ありがとうございました。お返しします」


ミレアへ差し出す。


だが、ミレアは受け取らなかった。


「持ってて」


「……はい?」


「どうせ、これからも毎日のように来るでしょ。私が仕入れで留守にすることもあるし、先に入って帳簿を始めてもらったほうが楽だから」


「でも……」


「それに、また闘士に絡まれたら、ここへ逃げ込めばいいわ」


ミレアが入口の保護札を指差す。


「工房の中なら、商工連合の保護がある。路地で殴られるよりは安全よ」


「そこまでしてもらう理由がありません」


「あんたは私の仕事を手伝ってる。それで十分でしょ」


ミレアはレンの手を取り、開いた掌へ鍵を戻した。


そのまま、指を閉じさせる。


「私は、あんたなら勝手なことをしないと思って渡してるの」


レンは握らされた鍵へ視線を落とした。


「……失くしたら?」


「給金から引く」


「ほとんど残らなくなります」


「なら、絶対に失くさないことね」


ミレアはそう言って笑った。


レンも、困ったように小さく笑い返す。


「分かりました。大切にします」


工房を出たあとも、レンの背中は丸まったままだった。


人通りのある道を抜ける。


大闘技場の職員寮へ戻る角を通り過ぎる。


明かりのない裏通りへ入ったところで、歩き方が変わった。


背筋が伸びる。


足音が消える。


表情から、先ほどまでの頼りなさが抜け落ちた。


レンは大闘技場の東側にある、古い訓練棟へ向かった。


今は倉庫として使われている建物だった。


扉を三度叩く。


少し間を置き、内側から鍵が外された。


「遅かったな」


ドルグが顔を出す。


レンを中へ入れると、すぐに周囲を確認して扉を閉めた。


倉庫の中央には、木剣や革鎧が積まれている。


その上に、顔の上半分を覆う革製の仮面が置かれていた。


「頼まれたものだ」


ドルグが仮面を差し出す。


「魔法も仕掛けもない。試合前の検査には通る」


レンは受け取り、顔へ当てた。


視界は狭くない。


息もこもらない。


外からは、目元と鼻筋しか見えなくなる。


「番号だけで出る奴は珍しくないのか」


「借金取りから逃げてる奴や、身分を隠した傭兵もいる。予選までなら、顔を隠してても問題ねぇ」


「本戦へ進めば?」


「名前を出すように求められる。断ることもできるが、そのぶん、客の前で仮面を剥がそうとする奴は増える」


「分かった」


レンは懐から小さな革袋を取り出し、木箱の上へ置いた。


中で硬貨が鳴る。


ドルグが怪訝そうに袋を見る。


「何だ、これ」


「仮面の代金と、これまでの情報料。それから、今日の分だ」


ドルグは袋を手に取り、中を確認した。


「俺を脅して使ってるくせに、金は払うのか」


「働いた分は払う」


「最初からそうしろよ」


「最初から金を渡して、お前が素直に話したと思うか?」


ドルグが口を閉ざす。


革袋に入れたのは、レンが持つ金の三分の一ほどだった。


余裕のある額ではない。


それでも、今後もドルグを使うなら、命令と恐怖だけで動かし続けるより効率がいい。


ドルグは革袋を腰へしまった。


表情から警戒は消えていない。


「今日の分ってのは?」


「稽古につき合え」


「それも入ってるのかよ」


「ああ」


レンは作業着の内側から、黒鉄の札を取り出した。


四百十二。


刻まれた数字を見て、ドルグの顔が強張る。


「本当に出るんだな」


「もし、俺と当たったら普段どおり戦え」


「手加減しろってことか?」


「逆だ。お前が不自然な動きをすれば、俺との関係を疑われる」


「本気でやったら、怪我じゃ済まねぇかもしれねぇぞ」


「だから、今のうちに確かめる」


レンは仮面をつけた。


「本気で来い」


ドルグはしばらく動かなかった。


命令どおりに攻撃し、その結果レンを傷つけた場合、何をされるか分からない。


そう考えている顔だった。


「今日の報酬に含まれている」


レンが言った。


「遠慮は必要ない」


「……あとで文句言うなよ」


ドルグは倉庫の端に立てかけてあった木剣を手に取った。


レンは武器を持たない。


腰を落とすこともなく、両腕を自然に下げたまま立つ。


ドルグが踏み込んだ。


木剣が横薙ぎに振るわれる。


レンは頭を下げて避けた。


返す刃が肩へ向かう。


半歩前へ出て、ドルグの手首を掌で押す。


木剣の軌道がずれた。


同時に脇腹へ拳を入れる。


ドルグの身体がわずかに曲がる。


だが、止まらない。


左腕が伸び、レンの作業着をつかんだ。


身体が浮く。


レンは力では抵抗できなかった。


そのまま背中から床へ叩きつけられる。


肺から息が抜けた。


視界が揺れる。


ドルグが歯を食いしばり、木剣を振り下ろす。


レンは横へ転がった。


木剣が床を叩く。


立ち上がるより先に、ドルグの蹴りが迫る。


レンは両腕で受けた。


衝撃を殺しきれず、身体が木箱へぶつかる。


まともに力を比べれば、ドルグのほうが上だろう。


ドルグも、それを理解したはずだった。


それでも追撃する足には、迷いが残っている。


レンは逃げなかった。


ドルグの足が、床へ置かれていた細い縄の輪へ入る。


稽古を始める前、レンが用意していたものだった。


縄の端を引く。


輪が足首へ絡みつき、ドルグの体勢が崩れた。


レンは木剣を持つ手首をつかみ、その勢いを止めずに前へ引く。


ドルグが床へ片手をついた。


その背後へ回り、縄を首へかける。


膝を背中へ当て、後方へ引いた。


「ぐっ……!」


ドルグの手から木剣が落ちる。


それでも、力だけで立ち上がろうとする。


レンは木箱の上に置かれていた訓練用の短刀を取り、その先端をドルグの耳の下へ押し当てた。


「実戦なら、これは刃物だ」


ドルグの動きが止まる。


「お前が俺をつかめば、俺は力では勝てない」


レンは淡々と言った。


「だから、つかまれた時点で俺の失敗だ」


「なら……今のは俺の勝ちじゃねぇのか」


「試合ならな」


レンは縄をさらに引いた。


「だが、殺し合いならまだ終わっていない」


ドルグが両手を床へつく。


降参の意思表示だった。


レンが縄を緩める。


ドルグは咳き込みながら、その場へ座った。


「金をもらっても、割に合わねぇ仕事だな……」


「次から断ってもいい」


「断ったら、指を折るんじゃねぇのか?」


「仕事を断っただけなら何もしない。別の人間を探す」


ドルグが意外そうにレンを見る。


「ただし、俺について誰かに話した場合は別だ」


その一言で、ドルグの表情が再び強張った。


「……分かってるよ」


ドルグがレンに従う理由は、一つではない。


逆らった場合の恐怖。


秘密を握られていること。


そして、頼まれた仕事をこなせば支払われる報酬。


恐怖だけで縛られた人間は、逃げる機会を探す。


だが、利益まで与えられた人間は、自分から関係を切ることを迷い始める。


「それじゃあ、俺は死なねぇぞ」


倉庫の奥から、声がした。


ドルグの顔から血の気が引く。


レンは振り向かなかった。


足音は聞こえていた。


気配を隠すつもりもなく、男が暗がりから姿を現す。


ザグナ。


折れた右腕は、布と木板で固定されていた。


それでも、苦痛を感じている様子はない。


「と、闘王……」


ドルグが後退る。


ザグナは一度もドルグを見なかった。


仮面をつけたレンだけを見ている。


「似合ってるじゃねぇか」


「覗き見が趣味なのか」


「面白そうな音がしたから来ただけだ」


ザグナの視線が、レンの手にある黒鉄の札へ落ちる。


「四百十二番」


口元が吊り上がった。


「やっぱり出るんじゃねぇか」


「出ないとは言っていない」


「俺と戦う気になったか?」


「お前へ近づく方法の一つとして選んだだけだ」


「同じことだろ」


ザグナは楽しそうに笑った。


ドルグが壁際を伝い、出口へ向かう。


「俺は……これで……」


「行け」


レンが言うと、ドルグは逃げるように倉庫を出ていった。


扉が閉まる。


ザグナが倒れた木箱へ腰を下ろす。


「どうだった?」


「何がだ」


「俺の試合だよ。ちゃんと見てたんだろ?」


「初めて受ける攻撃は通る」


レンは答えた。


「反衝盾で、お前の右腕は折れた。二度目は効かなかった」


「それだけか?」


「お前は、未知の攻撃を避けようとしない」


ザグナの笑みがわずかに深くなる。


「避けたら、どんな攻撃か分からねぇだろ」


「その性格は利用できる」


「やってみろよ」


ザグナが立ち上がる。


「毒でも罠でも、見たことのねぇ武器でもいい。全部俺にぶつけてみろ」


「一度で殺せなければ、意味がない」


「なら、一度で殺せ」


「簡単に言うな」


「難しいから面白ぇんだろうが」


ザグナがレンの横を通り過ぎる。


月明かりが、高窓から倉庫へ差し込んだ。


その右腕に着けている、銀の腕輪が反射する。


表面には、小さな花穂を思わせる細かな線が刻まれていた。


レンの視線が、ほんの一瞬だけ止まる。


ザグナが足を止めた。


「何だ?」


「何でもない」


ザグナは数秒黙ったあと、声を上げて笑った。


「やっぱり、お前は面白ぇな」


出口の扉へ手をかける。


「決勝まで来い、四百十二番」


「命令するな」


「途中で負けたら、俺が迎えに行ってやる」


「余計なことをするな」


「だったら負けるなよ」


ザグナは倉庫から出ていった。


笑い声が遠ざかる。


一人になったレンは、仮面を外した。


懐から、ガルド工房の鍵を取り出す。


反対の手には、四百十二と刻まれた黒鉄の札。


一つは、ミレアが自ら預けたもの。


もう一つは、闘王へ近づくために手に入れたもの。


レンは鍵を、木札の裏へしまった。


黒鉄の札は、反対側の懐へ戻す。


鍵は、信じていない相手には渡さない。


信じた相手を、自分の内側へ入れるためのものだった。


予選まで、あと六日。


レンはそのどちらも、使うべき時まで失くすつもりはなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。