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今日も俺は異世界人を◯す  作者: あさきすと
〜闘技場編〜
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39/72

集団を〇す


試合開始を告げる鐘が鳴った。


最初に動いたのは、弓を構えた男だった。


三本の矢が、ほとんど同時に放たれる。


一本は顔。


一本は胸。


最後の一本は、ザグナが避けると予測された先へ飛んでいた。


ザグナは動かない。


顔へ向かってきた矢を首だけで避け、胸を狙った矢を左手でつかむ。


三本目の矢が横を通り過ぎた。


「セド!」


長槍を構えたヴァルダが叫ぶ。


後方に立つ魔法使いが、杖を地面へ突き立てた。


ザグナの周囲から炎が噴き上がる。


逃げ道を塞ぐように、火柱が円を描いた。


その外側を、鎖付きの鉄球が走る。


炎の中から出てきたところを狙うつもりなのだろう。


だが、ザグナは出てこなかった。


燃え盛る炎の中へ、一歩踏み出す。


さらに一歩。


全身を火に包まれながら、魔法使いへ向かって歩いていく。


「嘘だろ……」


セドの顔が引きつった。


ザグナの皮膚が焼けていないわけではない。


髪の先が焦げ、肩から煙が上がっている。


それでも、足は止まらない。


セドが杖を持ち上げる。


二度目の魔法を放つより先に、ザグナの身体が消えた。


一瞬遅れて、セドの杖が中央から折れる。


ザグナの蹴りが、脇腹へ突き刺さっていた。


骨の砕ける音が、試合場の端にいるレンの耳まで届く。


セドの身体が地面から浮き、火柱を突き抜けて転がった。


その背後から、ヴァルダの槍が伸びる。


先端がザグナの左肩を捉えた。


観客席から歓声が上がった。


だが、穂先は皮膚へ届いていない。


ザグナは振り返ることなく、脇の下で槍の柄を挟んでいた。


「三年前と同じだなぁ!」


ザグナが笑う。


ヴァルダの顔が強張った。


槍が前へ進まない。


引き抜くこともできない。


ザグナが身体をひねる。


太い槍の柄が折れ、その反動でヴァルダの体勢が崩れた。


振り返ったザグナの拳が、腹へ突き刺さる。


ヴァルダの身体がくの字に折れた。


地面へ倒れる前に、その襟首をつかむ。


ザグナはヴァルダの身体を、背後から迫っていた鉄球へ向かって放り投げた。


鎖を操っていた男が慌てて腕を引く。


間に合わない。


鉄球がヴァルダの背中へ直撃し、二人まとめて地面へ転がった。


その横を、二つの影が走り抜ける。


短剣を持った女と、先ほど矢を放った男だった。


女が低い姿勢から足を狙い、男は折れた弓を捨て、腰から短刀を抜いて首へ斬りかかる。


上下からの同時攻撃。


ザグナは、倒れているヴァルダの折れた槍を蹴り上げた。


宙へ浮いた柄をつかむ。


短刀を受け流し、そのまま女の短剣を打ち落とす。


二人の腹へ、槍の石突きが立て続けに突き刺さった。


女が膝をつく。


男は後方へ跳び、どうにか距離を取った。


その背中へ、巨大な影が迫る。


大盾を構えたガレムだった。


「どけ!」


ガレムが男を肩で押し退ける。


全身を覆うほどの大盾を前へ出し、ザグナへ突進した。


ザグナが折れた槍を投げる。


槍は大盾の中央へ命中し、乾いた音を立てて弾かれた。


ガレムは止まらない。


ザグナが腰を落とす。


右腕を引いた。


正面から、大盾へ拳を打ち込む。


轟音が響いた。


ザグナの拳と大盾の間から、目に見えない衝撃が弾ける。


砂が円状に吹き飛んだ。


ザグナの身体が、初めて地面から離れた。


後方へ数メートル弾き飛ばされ、片膝をつく。


大闘技場から、すべての音が消えた。


レンは、ザグナの右腕を見る。


拳から肘までが赤黒く腫れている。


指の向きもわずかにずれていた。


折れている。


ガレムが構える大盾から、白い煙が上がっていた。


表面に刻まれた魔法陣が、淡い光を放っている。


「効いた……」


誰かが呟いた。


次の瞬間、観客席が爆発した。


「ガレム!」


「いけぇ!」


「闘王を倒せ!」


それまでザグナの名を叫んでいた者たちまで、ガレムへ声援を送り始める。


強い者に従う。


より強い可能性を見せた者が現れれば、歓声の向きは簡単に変わるらしい。


ガレムは大盾の内側で荒い呼吸を繰り返していた。


「反衝盾だ!」


興奮した解説役の声が、拡声魔法によって闘技場へ響く。


「受けた力を内部に蓄積し、そのまま相手へ返す魔導盾! 闘王自身の拳が、闘王の右腕を打ち砕いたぁ!」


「なるほど」


レンは小さく呟いた。


ガレムがザグナを上回る力を持っていたわけではない。


ザグナ自身の力を返した。


これまでに受けたことのない攻撃。


一度目。


その一撃は、確かに通用した。


地面へ膝をついていたザグナが、顔を上げる。


その表情を見て、ガレムの歓喜が消えた。


ザグナは笑っていた。


右腕を折られながら、これまでで最も楽しそうに笑っている。


「いいなぁ……」


ゆっくりと立ち上がる。


折れた右腕を垂らしたまま、ガレムへ近づいていく。


「そういうのを待ってたんだよ!」


「来い!」


ガレムが戦槌を盾の裏側へ叩きつける。


魔法陣が再び光を放った。


盾の内部に残る衝撃を、正面へ放つつもりなのだろう。


ザグナは、左拳を構えた。


ガレムの口元が吊り上がる。


同じ攻撃を返せば、今度は左腕も折れる。


誰もがそう考えた。


ザグナの左拳が、大盾へ迫る。


激しい衝突音が響き、拳が盾を貫き、そのままガルムへ突き刺さる


ガレムの巨体から力が抜ける。


ガレムは立ったまま、しばらく動かなかった。


口から血が流れる。


やがて、背中から地面へ倒れた。


観客席が揺れる。


「ザグナ!」


「ザグナ!」


「ザグナ!」


先ほどまでガレムの名を叫んでいた者たちが、再び闘王の名を叫んでいた。


ガレムの胸は動いていない。


近くにいた審判も、確認へ向かおうとはしなかった。


試合はまだ終わっていない。


残る三人が、ザグナを取り囲む。


短剣を拾い直した女。


鎖を腕へ巻きつけた男。


短刀を構えた弓使い。


三人の顔には、すでに戦意よりも恐怖が浮かんでいた。


ザグナが笑う。


「次は誰だ?」


三人は互いの顔を見た。


最初に動いたのは、短刀を構えた男だった。


ただし、向かった先はザグナではない。


開いている入場門へ向かって走り出した。


観客席から罵声が飛ぶ。


ザグナの姿が消える。


次に現れたときには、逃げる男の前へ立っていた。


「途中で逃げるなよ」


左拳が男の顔面を捉える。


男の身体が回転しながら宙を舞い、試合場へ戻ってきた。


そこから先は、戦いとは呼べなかった。


鎖はザグナの左手へ巻き取られ、操っていた男の身体ごと地面へ叩きつけられた。


短剣の女は三度斬りかかり、そのすべてを避けられたあと、顎を蹴り上げられた。


最後の一人が倒れる。


試合開始から、四十七秒。


審判が終了を告げる腕を上げた。


鐘が鳴る。


ザグナは、倒れた闘士たちを見ようともしなかった。


折れた右腕を垂らしたまま、試合場の端に立つレンへ顔を向ける。


目が合う。


ザグナが、腫れ上がった右腕を持ち上げた。


――見たか。


その笑みが、そう問いかけていた。


レンは答えない。


ザグナが受けた損傷。


二度目の攻撃への対応。


未知の攻撃を前にしても、避けようとしない性格。


確認したかったものは、十分に見ることができた。


治療師たちが試合場へ駆け込む。


生きている闘士から順に運び出されていく。


ガレムの身体には、誰も近づかなかった。


死体は最後だった。


「木札! ぼさっとするな!」


バルドの声が飛んでくる。


「破損した武器を回収しろ! 次の試合が始まるぞ!」


レンは武器棚から離れた。


折れた槍。


砕けた杖。


刃の欠けた短剣。


一つずつ拾い上げ、荷車へ載せていく。


最後に残ったのは、ガレムの大盾だった。


裏側の魔法陣には亀裂が走り、中央の金属板が割れている。


レンが持ち上げようとすると、近くにいた職員が声を上げた。


「二人で運べ。そいつは普通の盾より三倍は重い」


レンは一度手を離した。


職員と二人で大盾を持ち上げ、荷車へ載せる。


その際、割れた金属板の隙間から、いくつもの薄い板ばねが覗いていた。


魔法だけで衝撃を返しているわけではない。


盾そのものにも、力を蓄える仕組みがあるらしい。


用具管理棟へ戻ると、バルドが大盾の状態を確認した。


「こいつは駄目だな」


「修理できませんか」


「俺には分からん。ガルド工房へ持っていけ」


「今日ですか」


「次の覇王祭で使いたいと、持ち主が言っていた」


バルドが、担架で運ばれていくガレムへ目を向ける。


「もう使う奴はいないが、闘技場が引き取る。直せるなら、見世物用として置いておける」


「分かりました」


「ほかの武器も一緒に頼む。今日中に状態だけ確認してもらえ」


レンは再び荷車へ破損した武具を積んだ。\


ガルド工房へ着いた頃には、空が赤く染まっていた。


工房の看板が見えると、レンは歩調をわずかに落とした。


背中を丸める。


荷車を握る腕にも疲れをにじませ、息を浅く整える。


「す、すみません……」


扉の前から声をかける。


「ちょっと待って!」


昨日と同じ声が返ってきた。


しばらくして、ミレアが工房の奥から姿を現す。


レンの顔を見て、眉を寄せた。


「またあんた?」


「すみません。急に、お願いしたいものが増えてしまって……」


「何を持ってきたのよ」


ミレアの視線が荷車へ向かう。


積まれた大盾を見た瞬間、その表情が変わった。


「これ……ガレムの盾じゃない」


「知っているんですか?」


「何度も修理してるもの」


ミレアは大盾へ近づき、割れた内側を覗き込んだ。


「ガレムは?」


レンは一度視線を落としてから答えた。


「……亡くなりました」


ミレアの手が止まる。


「そう」


それだけ答え、再び盾へ視線を戻した。


驚いてはいない。


公開試合に出ると決まった時点で、予想していたのかもしれない。


「闘王にやられたの?」


「はい」


「これで腕を折ったのに?」


「二度目は、通じなかったみたいです」


「でしょうね」


ミレアが鼻で笑う。


レンは盾の内側を覗き込む。


すぐに、申し訳なさそうに一歩下がった。


「あの……修理の記録に必要なので、一つだけ聞いてもいいですか?」


「何?」


「この盾は、どういう仕組みなんでしょうか」


「受けた衝撃を、中の板と魔法陣へ分散させて蓄えるの。それを正面へ返す」


ミレアが割れた金属板を指で押す。


「元々は父が考えたものよ。私は内側の仕組みを軽くして、ガレムが一人でも扱えるように直しただけ」


「これも、直せますか?」


「中心板が割れてる。交換すれば直せるけど、同じ金属がないわね」


「手に入らないんですか?」


「高いのよ。ガレムが生きてたなら、自分で用意したでしょうけど」


ミレアは荷車に残る武器を見る。


「今日はずいぶん多いわね」


「状態だけでも、今日中に確認してほしいそうです」


「今日中?」


ミレアが空を見上げる。


日没まで、もう時間がない。


「簡単に言ってくれるわね……」


「やっぱり、難しいでしょうか」


レンは困ったように視線を揺らした。


「もし無理なら、そう伝えます。俺の説明が悪かったことにしますので……」


「何であんたのせいになるのよ」


「持ってきたのは俺ですから」


「命令したのは管理長でしょ?」


「そうですけど……」


ミレアがため息をつく。


「もういいわ。そこへ全部下ろして。状態を見るだけなら、何とかする」


「ありがとうございます」


レンは折れた槍へ手を伸ばした。


一本を持ち上げたところで、動きを止める。


「あの……よければ、俺も手伝います」


「運ぶところまででいいわよ」


「でも、一人では遅くまでかかりますよね」


「慣れてるから平気」


「その……俺が持ってきたものを全部押しつけて、自分だけ帰るのは、少し……」


言葉を濁しながら、ミレアの顔色をうかがう。


「邪魔になるなら、帰りますけど」


ミレアはしばらくレンを見つめた。


目の前にいるのは、闘士に殴られてもやり返せず、仕事を断ることさえできない気弱な青年。


少なくとも、彼女の目にはそう映っていた。


「分かったわよ」


ミレアが肩をすくめる。


「じゃあ、私が言ったものだけ動かして。勝手に触って壊したら、あんたの給料じゃ弁償できないからね」


「は、はい。気をつけます」


レンは慌てたように頷いた。


武器を工房へ運び込む。


ミレアが状態を確かめ、修理できるものと廃棄するものに分けていく。


レンは少し離れた場所へ座り、その内容を書類へ記録した。


「短剣二本。片方は研ぎ直し、片方は廃棄」


「はい」


「杖は芯まで割れてるから廃棄。槍は柄だけ交換ね」


「ええと……穂先は、そのままでいいんですか?」


「使えるわ。欠けてるように見えるけど、血が固まってるだけ」


レンが布を手に取る。


一度ミレアへ確認するように視線を向けてから、穂先を拭った。


乾いた血の下から、傷のない刃が現れる。


「本当ですね」


「それくらい見分けなさいよ。用具係でしょ?」


「あ……すみません」


「そんなに本気で謝らなくてもいいって」


「昨日からなので、まだ分からないことが多くて……」


「ああ、そうだったわね」


ミレアは次の剣を手に取った。


「だったら、今のうちに覚えて。血と錆を間違えて廃棄なんてしたら、管理長に殴られるわよ」


「殴られるんですか?」


レンの顔が強張る。


ミレアは思わず吹き出した。


「冗談よ」


「……よかったです」


胸を撫で下ろす。


わずかに大げさな仕草だったが、ミレアは疑わなかった。


「本当に気が弱いのね、あんた」


「よく言われます」


「この街には向いてないわよ」


「仕事がなくて……」


「ああ、潰れた商会から来たんだっけ」


「はい。雇ってもらえただけでも、ありがたいので」


「そのせいで殴られてちゃ、割に合わないでしょうに」


ミレアは呆れながらも、それ以上は何も言わなかった。


調査が終わる頃には、外はすっかり暗くなっていた。


レンは書類へ最後の一行を書き込み、筆を置く。


「お、終わりました」


「見せて」


ミレアが紙を覗き込む。


「字、綺麗ね」


「そうですか?」


「前に持ってきた人なんて、本人にも読めない字を書いてたわよ」


「それは……文字だったんでしょうか」


「私もそう思う」


ミレアが小さく笑った。


昨日よりも、わずかに警戒が薄れている。


「ちょっと待ってて」


ミレアは工房の奥へ入っていった。


戻ってきた手には、固いパンと、湯気の立つ器が二つある。


一つをレンへ差し出した。


「ほら」


「え……俺にも、ですか?」


「手伝わせて、何も出さないのは気分が悪いから」


「でも、そこまでしてもらうわけには……」


「いらないなら下げるけど?」


「あ、いえ。いただきます」


レンは慌てて器を受け取った。


具は豆と刻んだ根菜だけ。


味つけも、ほとんど塩しか使われていない。


それでも温かかった。


「どう?」


向かいに座ったミレアが尋ねる。


「おいしいです」


「本当に?」


「はい。温かくて」


「味の感想を聞いたんだけど」


「あ……すみません」


「そこで謝る必要ある?」


ミレアが呆れたように笑う。


レンも、困ったように口元を緩めた。


それは普段のレンが見せるものとは違う、頼りない笑顔だった。


しばらくの間、工房には食器の触れ合う音だけが続いた。


やがて、ミレアがレンの頬を見る。


「腫れ、少し引いたわね」


「そうでしょうか」


「絡んできた闘士には、また会った?」


「今朝、見かけました」


「何もされなかったの?」


「今日は、大丈夫でした」


「そう」


ミレアが安堵したように息を吐く。


「でも、次に見かけたら近づかないほうがいいわよ。目を合わせたら駄目。すぐ人の多いところへ逃げるの」


「はい。気をつけます」


「気をつけるだけじゃなくて、本当に逃げるのよ?」


「分かりました」


食事を終えると、ミレアが小さな陶器の容器を投げて寄越した。


受け取れる軌道だった。


レンはすぐには手を出さない。


容器を一度胸へ当ててから、慌てたように両手で包み込んだ。


「危な……」


「それくらい受け取りなさいよ」


「すみません。これは?」


「打ち身用の薬。売れ残りだから持っていって」


「でも、代金を持っていません」


「いらないわよ」


「さっき、食事までいただいたのに……」


「また殴られて、荷物を運べませんなんて言われたら困るの。仕事のためだから」


「……ありがとうございます」


レンは大切なものを扱うように、陶器の容器を作業着の内側へしまった。


ミレアは受領書へ署名し、レンへ差し出す。


「明日も来るんでしょ?」


「はい。その予定です」


「なら、昼頃には来て。できるだけ仕上げておくから」


「分かりました」


レンは受領書を両手で受け取った。


「それでは……また明日、ミレアさん」


「ああ、うん」


ミレアが一瞬だけ言葉に詰まる。


それから、少し気恥ずかしそうに視線を逸らした。


「また明日。レン」


レンは小さく頭を下げ、工房を出た。


背後で扉が閉まる。


足音が聞こえなくなるまで、丸めた背中を戻さない。


工房から見えない角まで来たところで、レンは足を止めた。


ゆっくりと背筋を伸ばす。


頼りなく揺れていた視線が止まり、表情から困ったような笑みが消えた。


作業着の内側から、渡された薬を取り出す。


小さな陶器の容器を一度眺め、懐の奥へしまった。


ミレアの前では、弱い用具係でいればいい。


警戒されなければ、話を聞ける。


工房へ出入りする理由も作れる。


そして彼女の側から、レンを心配するようになれば――さらに都合がいい。


夜の職人区を歩き出す。


その足取りに、先ほどまでの頼りなさは残っていなかった。

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