国を◯す
「今度は、こちらが先回りする番だ」
レンが灰晶石の棒を構える。
レオルドの右手に、青白い光が集まった。
魔法陣は現れない。
詠唱もない。
それでも、何が来るのかは分かった。
レンは光が放たれるより先に、横へ跳んだ。
直後。
雷が、先ほどまで立っていた場所を貫く。
耳を潰すような轟音。
床へ青白い亀裂が走った。
灰晶石が魔力を吸収し、表面から白い煙を上げる。
レンは地面を転がる。
立ち上がるより先に、二撃目の光が見えた。
今度は避けない。
近くにあった棚を蹴り倒す。
木材が間へ入った瞬間、雷が直撃した。
棚が内側から破裂する。
砕けた木片が、レンの頬と腕を打った。
「その程度で余を殺せると思ったか」
レオルドが右手を向けたまま言う。
防壁は残っている。
身体から指四本ほど離れた位置。
式典で見たものと同じ。
だが、周囲から流れ込んでいた魔力はない。
使えば減る。
補うことはできない。
それだけで十分だった。
レンは床に落ちた木片を拾い、投げる。
レオルドの顔へ向かった木片が、見えない壁へ衝突した。
乾いた音。
防壁の表面へ、青白い波紋が広がる。
続けて二本。
三本。
すべて空中で弾かれた。
「子供の遊びか」
レオルドが腕を振る。
見えない衝撃が広がった。
床の埃が、一斉に舞い上がる。
レンの身体も後方へ飛ばされた。
背中が灰晶石の壁へ激突する。
肺から空気が抜ける。
視界が一瞬、暗くなった。
足元へ青い光が走る。
レンは痛みを無視し、前へ倒れ込んだ。
雷が頭上を通過する。
壁へ触れた髪の先が焼ける。
焦げた臭い。
耳鳴り。
レンは低い姿勢のまま走った。
レオルドとの距離を詰める。
灰晶石の棒を突き出す。
先端が防壁へ触れた。
青白い光が激しく明滅する。
腕へ強い反発が返ってきた。
肩の関節が外れそうになる。
それでも手を離さない。
灰晶石の先端が、防壁へ指一本分だけ沈む。
レオルドの表情が変わった。
左手をレンへ向ける。
「離れろ」
光が爆ぜる。
レンの身体が再び吹き飛ばされた。
床を二度転がる。
右腕の感覚がない。
握っていた灰晶石の棒も、離れた場所へ落ちていた。
レオルドが追撃しない。
右手を額へ近づけている。
何かを確かめるように、指先でこめかみへ触れた。
王城の最上階で、何度もしていた動き。
だが。
今は、誰の声も届かない。
「静かか」
レンが言った。
レオルドの手が止まる。
「何?」
「いつも聞こえていた声が、聞こえない」
「なぜ、それを知っている」
レンは痺れた右手を開閉する。
少しずつ感覚が戻る。
「南門の検査が、都合よく緩んだ」
立ち上がる。
「青鷺堂の監視も消えた。人材管理所を襲った直後に、王城へ入ることも許された」
「余が命じた」
「ああ。お前が命じた」
レンは床へ落ちている灰晶石の棒を見る。
レオルドから三歩ほど離れた場所。
すぐには拾えない。
「だが、決めたのはお前じゃない」
レオルドの目が細くなる。
「何が言いたい」
「すべて、ニナの指示だ」
静寂庫の空気が止まった。
レオルドの周囲で、青白い魔力が揺れる。
「いつから気づいていた」
否定はしなかった。
「倉庫で線を引いたときだ」
南門。
青鷺堂。
人材管理所。
王城。
レオルドが先回りした場所。
不自然に道を開いた場所。
すべてを線で繋いだ。
「どこにでも、お前の目と耳があると思った」
レンが言う。
「違った。すべての場所にいた人間が、一人だけいる」
ニナ。
命令書を盗み、レンをベルカ村へ連れていった。
王都への道を案内した。
南門を通り抜けた。
青鷺堂へ導いた。
人材管理所を見つけた。
王城へ入る方法を示した。
静寂庫の存在を教えた。
「お前が俺たちを招き入れたんじゃない」
レンはレオルドを見る。
「ニナが、お前に招き入れさせた」
レオルドの口元が、わずかに歪む。
笑みではなかった。
「そこまで分かっていて、あれと行動していたのか」
「ああ」
「馬鹿な男だ」
「お前よりはましだ」
「余が、何を恐れているかも知らぬくせに」
レオルドが右手を開く。
掌の上へ、青白い炎が生まれた。
「ニナは、人を繋ぐ」
炎が細長く伸びる。
剣の形へ変わっていく。
「目を。耳を。知識を。魔力を」
レオルドが魔力の剣を握る。
「一人が見たものを、別の人間へ伝える。一人が持つ力を、別の人間へ流す。距離など関係ない」
レオルドの声が強くなる。
「あの娘が広げた」
国中から集められる情報。
尽きることのない魔力。
敵が動く前に計画を知る力。
すべての中心にいるように見えたのはレオルドだった。
だが。
実際に人々を繋いでいたのは、ニナ。
レオルドは、集められたものを受け取っていただけだ。
「お前は、あいつに従っていた」
「従ってなどいない」
レオルドの声が静寂庫へ響く。
「利用したのだ」
「同じだ」
「違う!」
青白い剣が振られる。
光の刃が床を走った。
レンは横へ跳ぶ。
避けきれない。
刃の端が左脚をかすめる。
布が裂け、太腿へ熱い線が走った。
着地した足から力が抜ける。
膝をつく寸前で、片手を床へ着いた。
遅れて血が流れ出す。
「余が王となる前、この国は腐っていた」
レオルドが近づいてくる。
「ニナの知識があれば、変えられた。飢饉を防ぎ、軍を整え、貴族を従わせることができた」
「だから使った」
「ああ」
「使ううちに、手放せなくなった」
レオルドの足が止まる。
「違うか」
答えはない。
「お前が逆らえば、ニナは繋がりを切る」
レンが続ける。
「魔力も。情報も。国を動かす力も。全部失う」
「黙れ」
「そして、別の人間へ渡す」
青白い剣がレンの首へ振り下ろされる。
レンは身体を沈めた。
刃が髪をかすめる。
熱が頭皮を焼く。
踏み込みながら、レオルドの腹へ拳を打ち込む。
拳が防壁へ止められた。
身体には届かない。
レオルドの膝が上がる。
レンの脇腹へ入った。
骨へ重い衝撃。
身体が浮く。
床へ転がった瞬間、口から血がこぼれた。
肋骨が軋む。
折れてはいない。
だが、深く息を吸うと鋭い痛みが走る。
「余が拒めば、あれは余の敵へ力を与える」
レオルドが言う。
「一度、見せられた。余が粛清しようとした将軍へ、余の軍の配置をすべて流した」
「それで怖くなったか」
「恐れてなどいない!」
「なら、なぜ俺を城へ入れた」
レオルドの表情が止まる。
「南門を開けろ」
レンはニナの口調を真似るように言う。
「青鷺堂から兵を外せ。認証を受けた者は王城へ通せ。レンを殺すな」
「黙れ!」
炎の剣が床へ突き刺さる。
青白い火柱が上がった。
レンは灰晶石の棚の裏へ飛び込む。
直後。
棚が爆発した。
砕けた灰晶石が、弾丸のように飛び散る。
背中へ細かな破片が突き刺さった。
熱ではない。
冷たい痛み。
レンは腕で頭を守りながら、床へ伏せる。
灰晶石の破片がレオルドへ降り注いだ。
一つ。
二つ。
十。
すべてが防壁へ弾かれる。
青白い光が、何度も明滅する。
途切れない。
それでも。
式典で見たときより、明らかに薄くなっていた。
「ニナは、俺とお前を戦わせたかった」
レンが瓦礫の陰から立ち上がる。
「お前を捨てるために」
レオルドが魔力の剣を握り直す。
「分かっている」
初めて。
国王の声から、怒りが消えた。
「余は、役目を終えたらしい」
「国王の役目か」
「違う」
レオルドの視線が、レンへ向く。
「お前を見つけるまでの役目だ」
レンは答えなかった。
「ニナは、お前を気に入っている」
レオルドが言う。
「自分の予測を外す人間。命令されずとも、必要な場所へ辿り着く人間。何を与えれば、何を返すのか分からぬ人間」
「そうか」
「驚かぬのだな」
「何度も言われた」
役に立つ。
もっと役に立つ。
最後までついていく。
ニナは、最初からそう言っていた。
レンが自分を利用していると考えていた。
違う。
試されていたのは、レンのほうだった。
「お前がここで死ねば、それまで」
レオルドが魔力の剣を構える。
「余を倒せるなら、次に使う」
「お前と同じように?」
「ああ」
「断る」
「それを、あれが許すと思うか」
「許される必要はない」
レンは足元にある灰晶石の破片を拾う。
指より少し長い。
先端が鋭く割れている。
「俺が探していたのは、お前じゃない」
レオルドの眉が寄る。
「何を言っている」
「お前に知識と力を与えた人間だ」
「誰の命令だ」
「お前には関係ない」
「余を殺しに来たのではなかったのか」
「そう思わせる必要があった」
依頼書には、レオルドが世界へ最も大きな影響を与える存在として記されていた。
軍の制度。
農地の管理。
税の徴収。
補給路。
だが、レオルド自身が知識を持ち込んだわけではない。
繋がりを通して、与えられただけだった。
レオルドが喉の奥から、小さな笑い声を漏らす。
「そうか」
笑いは少しずつ大きくなった。
「何がおかしい」
「あれが、初めて読み違えた」
「まだ分からない」
「いや」
レオルドは笑いを止める。
「ニナは、お前が自分へ近づくことを喜んでいた。あれの考えを理解するたびに。あれへ必要なものを預けるたびに」
真鍮の鍵。
臨時使用人の名簿。
見張りの夜。
静寂庫の隔壁。
「自分が信じられていると思っていた」
「そう思わせた」
「では、あれを信用していなかったのか」
レンは灰晶石の破片を握る。
「信用はしていない」
「なら、なぜ隔壁を任せた」
「何をするか分かっていたからだ」
ニナは隔壁を閉める。
レンとレオルドを戦わせるために。
自分が選んだ次の人間が、以前の人間を超えられるか確かめるために。
それが分かっていた。
だから任せた。
「善人でも追い詰められれば裏切る」
レンが言う。
「悪人でも、目的が同じなら約束を守る」
レオルドの笑みが消える。
「お前も、十分に化け物だ」
「普通の人間だ」
「普通の人間は、自分を好いている娘を殺そうとはしない」
レンの指が、わずかに止まる。
一瞬。
本当に短い間。
それでも、レオルドは見逃さなかった。
「迷っているのか」
「関係ない」
「なら、余と組め」
レオルドが魔力の剣を下ろす。
「この隔壁を開けろ。余があれの力を引き受ける。その間に、お前が始末すればいい」
「外へ出れば、お前の魔力は戻る」
「ニナを倒すまでだ」
「信じられない」
「何をするか分かっていればよいのだろう?」
「お前は、外へ出た瞬間に俺を殺す」
レオルドは否定しなかった。
「お前を生かせば、またニナの武器になる」
「余を殺せば、あれの望みどおりだ」
「ああ」
「分かっていて、余を殺すのか」
レンは答えず、床を蹴った。
左脚から血が飛ぶ。
痛みで踏み込みが浅い。
それでも、レオルドとの距離を一気に詰めた。
灰晶石の破片を突き出す。
防壁へ触れる。
青白い光が、指先へ食らいつく。
皮膚が焼けた。
破片を押し込む。
一寸。
さらに半寸。
防壁が軋む。
レオルドが炎の剣を振る。
レンは首を傾ける。
避けきれない。
刃が右肩を切り裂いた。
熱が肉へ入り込む。
焼けた血の臭い。
腕から力が抜ける。
それでも、左手は止めなかった。
灰晶石の破片が防壁を抜ける。
先端が、レオルドの胸元へ届いた。
赤い外套を浅く裂く。
「貴様!」
レオルドの身体から魔力が弾けた。
至近距離。
避ける場所はない。
レンは両腕で顔を守る。
衝撃。
身体が宙へ浮く。
灰晶石の壁へ背中から叩きつけられた。
頭の奥で音が鳴る。
床へ落ちる。
右腕が動かない。
左脚も血で滑る。
口から流れた血が、灰色の床へ落ちた。
レオルドも無傷ではなかった。
胸元から、細く血が流れている。
初めて。
防壁を越えてつけた傷。
レオルドが手で触れる。
指先へ付いた赤い血を見る。
「余に……傷を」
「まだ浅い」
レンは壁へ手をつき、立ち上がる。
「次は深くする」
レオルドの顔から表情が消えた。
右手に集まっていた魔力が、剣から球体へ変わる。
青白い光が膨らむ。
人の頭ほど。
さらに大きくなる。
静寂庫全体が震え始めた。
床に散らばった灰晶石が跳ねる。
「ここごと壊すつもりか」
「壁を一枚破れば、外の魔力へ届く」
球体が浮かび上がる。
狙いはレンではない。
背後の隔壁。
灰晶石にも限界はある。
あれだけの魔力を一点へ受ければ、耐えられない。
壁が壊れれば、レオルドは再び国中の魔力と繋がる。
そうなれば終わりだった。
「止められるか?」
レオルドが球体を放つ。
青白い光が、隔壁へ向かう。
レンは近くに落ちていた灰晶石の棒を拾った。
右腕は動かない。
左手だけで握る。
レオルドへ向かって投げる。
棒が回転しながら飛ぶ。
国王の防壁へ衝突。
青白い波紋が広がった。
レオルドの意識が、一瞬だけそちらへ向く。
放たれた光球の軌道がわずかに逸れる。
隔壁の中央ではなく、天井との境目へ直撃した。
爆発。
静寂庫が大きく揺れる。
灰晶石の天井に亀裂が走った。
白い粉が雨のように落ちる。
隔壁は壊れていない。
だが、レオルドの防壁も揺らいでいた。
身体から指一本分。
先ほどより近い。
レンは走る。
左脚の傷が開く。
踏み込むたび、血が床へ残った。
レオルドが振り返る。
右手を上げる。
魔力が集まらない。
先ほどの一撃で、大量に消耗している。
レンは灰晶石の破片をつかむ。
防壁へ突き刺す。
反発。
指の皮膚が裂ける。
骨まで痛みが届く。
それでも押し込む。
灰晶石の先端が、青白い壁へ亀裂を作った。
「退け!」
レオルドの拳がレンの頬へ入る。
視界が横へ飛ぶ。
口の中で歯が折れた。
レンは倒れない。
レオルドの外套をつかむ。
防壁の内側。
そこまで腕が入っている。
もう押し返されない。
額を、レオルドの鼻へ叩きつける。
骨が鳴る。
国王がよろめく。
レンの腹へ拳を入れる。
鈍い衝撃。
胃の中のものが逆流する。
レンは口から血を吐きながら、レオルドの膝を蹴った。
身体強化はまだ残っている。
一度では崩れない。
同じ場所へ、もう一度。
三度目。
レオルドの膝が折れた。
二人の身体が、もつれるように床へ倒れる。
レオルドがレンの首をつかむ。
指へ力が入る。
喉が潰れる。
呼吸ができない。
レンは左手の灰晶石を握り直した。
レオルドの脇腹へ突き刺す。
外套と服を貫く。
肉へ入る。
深くは刺さない。
腎臓と太い血管を避け、筋肉だけを裂く角度。
それでも痛みは十分だった。
レオルドの指が緩む。
レンは破片を抜く。
血が床へ飛び散った。
再び灰晶石を振り上げる。
狙える場所は、いくつもあった。
首。
胸。
目。
どこへ刺しても、今ならレオルドを殺せる。
レンは刃先の向きを変えた。
レオルドの右肩へ突き刺す。
骨の手前で止める。
「ぐっ……!」
国王の身体が反る。
レンはその背後へ回った。
首へ腕を巻きつける。
レオルドが肘を振るう。
脇腹へ入る。
一度。
二度。
レンの腕は緩まない。
頸動脈だけを圧迫する。
息の通り道は潰さない。
レオルドの動きが、次第に鈍くなっていく。
「なぜ……殺さぬ」
「お前は依頼の対象じゃない」
「先ほどまで……殺すと」
「そう思わせたと言った」
「情けを……かけるつもりか」
「違う」
レンはさらに腕へ力を入れる。
「国の後始末が残っている」
レオルドの指が、レンの腕を引っかく。
「余に……させると?」
「お前が始めたことだ」
「断れば」
「今度こそ殺す」
レオルドの身体から力が抜け始める。
レンは耳元へ顔を近づけた。
「目を覚ましても動くな」
「何を……」
「ニナには、死んだと思わせる」
レオルドが何かを言おうとした。
声になる前に、意識を失った。
レンは腕を離す。
レオルドの身体が床へ崩れた。
首筋へ手を当てる。
脈はある。
弱いが、規則的に動いている。
出血も多く見えるだけで、致命傷ではない。
放置すれば危険だが、すぐに死ぬことはない。
レンはレオルドの赤い外套を裂いた。
布を肩と脇腹へ押し当て、出血を抑える。
残った血を、首元へ薄く伸ばす。
外套で胸元を隠す。
少し離れて見れば。
首を刺され、血の中で死んでいるように見えた。
「悪いな」
意識のないレオルドへ言う。
「もう少し、死んでいてもらう」
◇
静寂庫へ、完全な静けさが戻る。
レンは壁へ背を預けた。
身体の至るところが痛む。
右肩から血が流れている。
左脚にも力が入らない。
呼吸するたび、脇腹が軋んだ。
それでも。
依頼は、まだ終わっていない。
レオルドは異世界の知識を持っていなかった。
尽きることのない魔力も。
国中へ張り巡らされた情報網も。
すべて、ニナから与えられたもの。
表に見えていた影響の中心。
本当の中心を隠すための、巨大な影だった。
レンがそれに気づいたのは、倉庫で王都の点を線へ変えたとき。
すべての線が、レオルドへ向かっているように見えた。
だが。
その線の上には、必ずニナがいた。
だから静寂庫を使った。
レオルドを倒すためだけではない。
ニナとの繋がりを切り、本人の口から答えを聞くために。
レンは灰晶石の隔壁へ近づく。
拳を上げる。
二回、短く叩く。
少し待つ。
もう一度。
決めていた合図。
しばらく、何も起こらなかった。
やがて。
壁の奥で鎖が動く。
隔壁がゆっくりと上がり始める。
床との間に隙間ができた。
人一人が通れる高さまで上がったところで止まる。
狭い通路から、ニナが顔を出した。
「レン?」
「生きている」
「見れば分かるよ」
ニナは通路から静寂庫の中を見る。
床へ倒れているレオルド。
首元と外套を濡らす血。
そのあと、傷だらけのレンへ視線を戻した。
「勝ったんだ」
「ああ」
「王様は?」
「死んだ」
ニナの表情に、悲しみはなかった。
長く繋がっていた国王。
自分の力を与えた相手。
それが死んでいる。
そう聞いても。
ニナが見ていたのは、レンだけだった。
「本当に、一人で倒したんだ」
「お前が隔壁を閉めたからだ」
「でも、戦ったのはレンでしょ?」
ニナが静寂庫へ入ろうとする。
レンは隔壁の前へ立った。
「どうしたの?」
「外へ出る」
「王様を確認しなくていいの?」
「脈は止まっている」
レンは迷わず答える。
「兵士が来る前に行くぞ」
ニナは倒れたレオルドを見る。
距離がある。
灰晶石を挟んでいる限り、繋がりも戻らない。
やがて、視線をレンへ戻した。
「すごいね」
声が弾んでいる。
抑えようとしている。
だが、隠しきれていない。
レオルドが言っていたとおり。
ニナは、レンが勝ったことを喜んでいた。
「王様、最後に何か言ってた?」
「お前を信用するなと」
「負け惜しみかな」
ニナが笑う。
「王様らしくないね」
「そうだな」
レンは隔壁の下をくぐり、通路へ入る。
ニナが手を差し出した。
「立てる?」
「必要ない」
「転んでも知らないよ」
「そのときは起こせ」
ニナが目を丸くする。
「頼ってくれるんだ」
「今は歩くほうが先だ」
「はいはい」
ニナは楽しそうに笑った。
「これで終わったね」
レンの足が止まる。
「いや」
「何が?」
「まだ終わっていない」
ニナの笑みは変わらない。
ただ。
差し出した手の指先が、わずかに動いた。
「レオルドは、依頼の対象じゃなかった」
「何の話?」
「異世界から来て、この世界へ知識を持ち込んだ人間」
ニナの目から、少しずつ笑みが消えていく。
レンは続ける。
「国中の人間を繋ぎ、レオルドへ力を与えた人間」
「レン?」
「俺が殺すべき相手は、最初からレオルドじゃない」
狭い通路。
前にも後ろにも、簡単には逃げられない。
ニナは真鍮の鍵を握っている。
レンは何も持っていない。
それでも。
互いの視線だけは、逸れなかった。
「黒幕はお前だ」
レンは最後の標的の名を呼んだ。
「ニナ」




