最上の誇り ~Epilogue~
『興歴三九五一年、六月二十三日実施、軍事演習内容』
公安軍第一部隊所属新隊員八名とOWBst所属隊員二名による対戦演習。
使用武器の制限はなし。銃弾は指定ペイント弾のみを使用。
勝敗は、第一部隊八名全員が被弾するか、OWBst所属の戦闘アンドロイドが胴体、あるいは手足のうち二箇所に被弾した時点で決まることとする。両者ともに頭部への攻撃は禁止。違反した者には終了後にペナルティーを与える。
事前に聞いたルールを再度確認するとジオラルドは、太い幹を背にして隠れたまま、森の奥を窺った。
この第三演習場は森林地帯を模して作られているが、たとえばフェウドーの森ほどは密度が高くない。木は若いものも多く、間隔が広めだ。その代わり日光が地面に届く時間が長く範囲も広いため、膝の高さまで伸びた下草が濃く茂っている。視界はおおよそ確保できるが、移動に難があるのが特徴だ。
(平地での移動速度より平均十九パーセント減速することを確認。また、下草の揺れにより敵がこちらの位置を察知する危険性が高い。警戒項目に追加)
状況をインプットすると、レーダーを使って生体反応の位置をマッピングする。
敵前線までの距離は七十六メートル。木の陰に二名。その右斜め後方約二メートルの位置に二名。大きく回り込む動きをしている者が二名。そして待機中の四名がいる場所からさらに後方約五十メートル離れたところに二名。位置関係から推測するに、彼らは狙撃担当だろうか。
と、そのとき、内蔵通信機に電波が届いた。短いコール音が二回。ローディである。
《様子はどう?》
接続された声は、通常より低く、息が多く混じっている。彼の高い集中力が研ぎ澄まされた証拠だ。
準備が整ったバディへ、音声回路を通じずに情報を送る。
「現在地より六時の方角、距離七十六メートルの位置に敵前線を確認。四名がわずかに距離を取り、二手に分かれている。そこより三時の方角へ向けて動いている者が二名。また、前線より五十二メートル後方に二名が待機している」
《奥の二人は狙撃手だろうね。動いてるのは、回り込んで背後を取るつもりかな。距離は?》
「現在およそ直線距離四十メートル」
《ってことは、武器は狙撃銃じゃなさそうだね。それなら即座の銃撃はないか。ほかに気になる点はある?》
「ない」
《じゃあ、始めよう》
「了解」
通信が切れると同時に、ジオラルドは木陰から飛び出した。姿勢を低くし、下草を刈る勢いで駆ける。目指す先は前線。狙うは近接戦闘だ。
敵がこちらの動向に気づいた。前線四人のうちの一人がアサルトライフルを構え、姿を現す。新人隊員だが、軍隊で最初に扱い方を覚える武器だけあって構えが様になっている。
(警戒ランクCからBに移行)
敵の銃口を見定め、斜め右前方へ跳ぶ。
直後、銃弾が横を抜けていった。
高さ、角度から計算するに、当たっていれば左上腕部に命中したと思われる。初撃で狙うにしては的が小さく、確実性が低い選択だ。しかも即座の追撃がなかった。これらから推察できる情報は四つ。
(銃の腕に自信があるが、完璧ではない。自信ゆえに先走る傾向にある。そして、こちらの能力を侮っている可能性あり。なるほど。ローディの言っていた通りだ)
ジオラルドは比較的太い木の陰に駆け込んだ。オートモードで連続発射される無数の銃弾を幹でしのぐ。
そのとき、視界の横で影が動いた。二時の方角。ということは、遊撃手だ。
顔ごと振り返る。
二人の人間と目が合った。
(距離、三十四メートル)
一人が素早くアサルトライフルを構えるのを見、ジオラルドは地面に伏せた。直後、盾にしていた幹にペイント弾が命中する。
もう一人も銃を構えた。
二発目が来る。
――バァンッ!
銃声とほぼ同時に、何もない空中で蛍光オレンジ色の塗料が弾け飛んだ。
(さすがだ)
銃弾で銃弾を相殺したローディに感嘆するジオラルドとは反対に、敵は自失状態に陥った。突然の事態に理性が対応できないのだ。
銃撃が止んでいる。動くなら今だ。ジオラルドは即座に起き、走り出した。敵前線へと。
遅れて、斜め後方で悲鳴が上がった。五秒の間を置き、ふたつ目の声も上がる。
(残り六人)
「う、うわあぁっ!」
最初に姿を見せた敵が、ジオラルドに銃ごと体を向けた。しかし銃口が低い。これでは当たらない。
ジオラルドは走りながら拳銃を抜いた。左大腿部めがけ、撃つ。
(残り五人)
塗料のついた足を押さえてうずくまった男のすぐ横に立つ、敵の懐に飛び込む。銃身を掴み、下方向へ押し込んだ。
敵が力尽くで銃を振り回し、ジオラルドの手から逃れようとする。だが、腕力で戦闘特化型アンドロイドにかなうわけがない。ましてや理性をなくしている状態ならばなおさらだ。
ジオラルドは相手の力を利用し、銃ごと腕をひねり上げた。体勢を崩した体に銃弾を撃ち込む。
遠くで細く鋭い発射音が鳴った。森の奥で男の悲鳴が上がる。
(残り三人)
ジオラルドは足元に落ちたアサルトライフルを左手で拾い上げ、グリップを握った。腰だめに構え、銃身を横に振る。味方に当たることを恐れて固まっていた残り二人に狙いを定め、続けざまに二発。
そして再び耳の端でかすかな銃声を聞くと、ジオラルドは戦闘態勢を解除した。
ミッションコンプリートである。
――ジオラルドの現在地から離れること、約六百メートル。
「うん、完璧」
狙撃銃の銃口を下げ、ローディは頬を緩ませた。改造ドットサイトに有線接続しているモノクル型ヘッドマウントディスプレイを頭の上にスライドさせ、視界を広げる。
ワンボックスカータイプである第一部隊用高機動車の屋根は高い。そこに立って見下ろす光景は、いろいろな意味で壮観だ。
第三演習場入り口に作られた、演習のための前線基地。ここで、森林内の至るところに設置されたカメラとマイクから届く戦闘の様子をモニターで見ているのは、第一部隊の新人隊員たちである。彼らの表情は一様に固い。なぜこのようなことが起きたのか自分の目で見ても信じられない、といったところか。
彼らの気持ちはわかる。演習の対戦相手としてやってきたのが、戦闘特化型アンドロイドはともかく、もう一人は明らかに自分たちより年下の人間である。しかも彼らの代表として演習に出たのは成績上位八名だ。数的優位もあった。どうせ楽勝だと思っていたのだろう。それが手も足も出ないレベルで負けたのだから呆然とするのは当然だ。
ローディは上機嫌で車の傍らを見やった。新人隊員とは違う、貫禄のある大人に声をかける。
「大尉さーん、終わりましたよー」
「……終わりましたよー、じゃない……」
第一部隊第三小隊隊長カークランド大尉が、渋い顔で肩を震わせていた。
「ローディ・ワイズ。八人全員、新人だって言っただろ。お前の辞書には手心を加えるという言葉はないのか?」
「え~? なんで手を抜かなきゃいけないんですかー。だいたい今回の演習って、現時点での実力を自覚させるための訓練なんでしょー? 負かして何が悪いんですかー」
「だからといって瞬殺していい理由にはならんっ」
「瞬殺じゃないですよー。ファーストコンタクトから二分もかかりましたよー」
「八人を二分なら充分瞬殺レベルだ! にやにや笑いながら言うなっ!」
「にやにやだなんて、ひどいなぁ。あはは」
よっこいしょ、と声を漏らしつつ、ローディは腰を下ろした。銃を膝に置き、両足を屋根の外へ投げ出す。
「別に問題はないと思うんですけどね。だって、手を抜かれたほうが腹立ちません? 馬鹿にされたみたいで」
初指揮の現場で世話になった軍人を見下ろし、ヴィクスを真似て片頬を持ち上げてみせる。
「それに僕、いざってときにまた指揮官役をやらされる可能性大ですから、こういう機会に威厳みたいなものを見せとかないと。ほら、僕たちのこと馬鹿にしたままにしといたら、いざ陣頭指揮を執るってなったとき無駄に文句言ってくるかもしれないですし。そのせいで時間をロスしたらむかつきますもんね。おっと、失言」
ぽんと口を掌で塞ぐなり、カークランドの眉が吊り上がった。
「何が失言だ。わざとだろ」
「えっへっへー」
「だいたい、手を抜かれただの馬鹿にされただのを気にするなら、ジオラルドとの通信を切断した状態で戦闘したのはどういう了見だ?」
ブランクが一秒。遅れて、ローディは相手の言いたいことを理解した。その上で肩をすくめる。
「誤解ですよ。相手がどうこうじゃなくて、ジオだからです」
理解不能という言葉を表情に出しているカークランドを見下ろし、笑う。
「僕の標的は、ジオの攻撃範囲外の敵。これだけの共通認識があれば充分ですよ。ジオなら、どう動けばおとりになるか、僕が作った隙を突けるか、いちいち指示しなくたってわかります。それは僕も同じ。ジオの思考回路を推理すれば、おのずと動線が絞れます。だったら、通信なんていう雑音の元は遮断して、集中力を高めたほうが効率的ってものでしょ?」
大人が唇をねじ曲げる。
「そんな過信で動いていると、いつかジオラルドに当たるぞ」
「あははっ。流れ弾をあいつに当てる日が来たら、引退しまーす」
苦い顔を笑っているとそこへ、人工森林の奥から人影が出てきた。ジオラルドと八人の新人だ。
平然としてるジオラルドとは反対に、新人たちはいずれも疲労の色が濃い。その体にくっきりと残っているペイント弾の痕がすべて急所を外していることだけ確認するとローディは、早足で近づいてきた相棒へと笑顔を向ける。
「お疲れ様。怪我はない?」
ジオラルドはこくりと頷くと、ローディの右足を見、そうして再び見上げてきた。彼の訊きたいことを理解し、ズボンの下に薄型補助器具を付けている右足を伸ばしたり曲げたりしてみせる。
「いい感じだよ。立射でも集中力を乱すほどの違和感はなかったし、痛みもない。サポーターの調整はこれで終了かな」
「了解」
安心したらしい。もっとも、余計な心配もしていなかったようだが。
相変わらずの信頼を向けてくれるアンドロイドの、珍しく目線の下にある頭を、ローディは礼と照れくささをごまかすのを一緒くたにして、よしよしと撫でる。
「カークランド大尉っ」
そこへ、見覚えのある隊員が駆け寄ってきた。敬礼ののち、カークランドに報告する。
「試験射撃の準備が完了しました」
「ご苦労だった。……だそうだ」
ふたこと目はローディに向けての言だ。カークランドは、後方百メートルの位置に立てられた射撃用の的を指差す。
「エレメント弾とかいうものの試し撃ちをするんだろ。やるならさっさとやれ」
「はーい。ジオ、僕の鞄からケースを取ってきて」
「了解」
ローディは再び屋根に足を上げた。
先ほどの演習とは違い、距離を稼ぐ必要はない。精度を極限まで上げる必要もない。ならば膝射で充分だ。教本通りの姿勢を取り、弾倉内に残っている弾を抜く。そうして戻ってきたジオラルドから試作品が入っているケースを受け取ると、四種類の中から赤色のライフル用銃弾を選んで装填した。
「それじゃあ、エレメント弾code:I-β、試験射撃。行きまーす」
狙い、トリガーを引く。通常と変わらない反動を残し、鈍い赤色の銃弾が放たれた。
着弾。
爆発。
そして、空を焦がさんばかりに燃え上がった推定十メートル以上の火柱……。
周囲が呆然とする中、ローディもまた思わず顎を落としていた。
「うわぁい、これなら対ドラゴンもいけそう……、って言ってる場合じゃないや。消火消火っ」
ケースから青色をしたエレメント弾code:Aの試作品を出し、装填してまったく同じ場所を狙い撃つ。着弾と同時に現れた巨大な水しぶき――というよりも、空中に発生した小型津波だ――が、火柱を飲み込んで消える。あとに残ったのは、炭化して元の形を失った射撃用の的だけだ。
銃口を下ろし、ローディは苦く笑う。
「あーあ、これは駄目だなぁ」
発明、開発したエレメント弾とは、属性魔力を持つ鉱石を利用した魔法武器である。属性ごとに四人の天使長の名前を借りた弾は、着弾によって攻撃魔法が発動する仕組みになっている。つまりは、銃を撃てる者なら誰でも使用可能な魔法になるわけだ。生産工程においても効率的な物を考え、作ったつもりだったが、根本的な部分を失念していた。これは量産できる代物ではない。
「火力の調整どうこうの問題じゃないね。うまく行ったら軍に売れると思ったけど、これ、僕しか使えないや」
「誰だろうと、良くないっ!」
即座に怒声が飛んできた。カークランドだ。さすがは数十人をまとめる小隊長、正気に戻るのが早い。などと感心していたら、眉を吊り上げて詰め寄ってきた。
「なんだこの威力は! 爆弾クラスを狙撃銃なんかで撃つ奴がどこにいるっ?」
「大尉……問題はそこではないと思うのですが……」
おそるおそる割って入ってきた声に、二人揃って振り返る。すると、先ほど準備完了の知らせを持ってきてくれた軍人が疲れた顔をしていた。
「仮に、威力を抑えて目標だけにダメージを与えられるものになったとしても、確実に標的を撃てなければ周囲の被害が甚大なことになりかねないのでは?」
「まったくだなっ!」
カークランドが部下の意見におもいきり同意し、ローディを睨みつけてくる。
苦笑いしか出ない。
「心配しなくても、外しませんよ」
一瞬の空白を置いて、周囲の空気が言葉も動きもなく「は?」と首を傾げた。
ローディは重ねて主張する。
「だから、僕なら外しませんってば」
高機動車から、車体を滑るようにして降りる。そうして改めて、カークランドと向き合った。
「演習だろうが実戦だろうが、遠くからの不意打ち系狙撃は外す気がまったくしないんですもん。時間をかけてじっくり狙ったのに外すとか、ありえないでしょ。そりゃあ乱戦状況下での援護射撃になると、命中確率が下がっちゃうのは否めませんけどね」
「しかし誤差は数ミリ単位だ。現状が維持される限り支障はないと判断する」
そうフォローを入れてローディの右側に立ち、上官に向き直るのは、生真面目な顔を崩さないジオラルドだ。
「ローディの射撃技術は平均点からずば抜けております。補足するならば、復帰後の訓練における命中率は九十九.九八パーセント。この数値は入院前よりも向上していることが明白であります。よって、作戦立案における影響は微々たるものだと断言いたします。現に、先ほどの演習では一発も外しておりません」
「そうそう」
相棒と目を合わせ、うなずきあう。
胸に宿った確信とプライドは、最上にして最高に強固だ。ゆえに、目を点にした軍人たちを見渡して、ローディとジオラルドは胸を張る。
「問題ない!」
ともに宣する言葉は、同時にして同音だった。
*
世界平和連盟公安局、原世界均衡調整班。通称OWBst。
はみ出し者ばかりが集まる部隊に所属する天才技術者と暴走アンドロイドは、非常識という名の驚愕で周囲を翻弄し、弾き飛ばしながら疾駆する。
公安軍史上最強コンビ。
――彼らが勝ち得たふたつ名の記録は、まだ始まったばかりである。
お読みくださりありがとうございました。
この作品は、私が書いた別作品『盟約のトリスアギオン』と同一世界観+別時間軸で、『ツイン・ハンターズ』とはあちらの作品上の特殊設定でつながっております。
前者はリュシエール周辺、後者は首領のキャラ解像度が上がります。興味が湧きましたら、作者名のリンク等からお越しくださいませ。




