最遅と最速-6
OWBst専用車両が置いてある格納庫にて、
「お帰り。報告は来ているぞ。犯人に向かって私の悪口を言いまくったそうじゃないか」
「わあぁぁっ」
バイクから降りてヘルメットを外すなり、リュシエールの美しすぎる笑顔に出迎えられた。
ローディは思わずジオラルドの背中に隠れると、片目分だけ顔を出して弁明を試みる。
「いやあのええと、違うんです! 心にもないことだなんて嘘は言いませんけどっ、奥に引っ込んでる犯人さんを苛つかせて引っ張り出そうと思って、ものすっごーく誇張した結果ですっ! ほんとですよっ? ほんとですからねっ?」
グレイが上品に吹き出すのを合図に、リュシエールの笑みが苦笑へと変わった。それとともに目に見えない圧迫感も消える。
「お前は心底正直な奴だなぁ」
どうやら危機は脱したらしい。ローディは安心して――若干おそるおそる――ジオラルドの後ろから出た。隣に並び直してから、話の本筋を振る。
「犯人さんはこれからどうなるんですか?」
「しばらくは留置所暮らしをしてもらうことになるが、グレイが魔法をかけてくれたおかげで冷静さを取り戻している。根は穏やかな気質のようだから、話し合い次第で早く出られるよ」
楽観的な内容の割に、リュシエールの表情は渋い。
「何か問題でもあったんですか?」
「あぁ大問題だとも」
腕組みをしてうなる。
「フェウドーの森で捕まえた密猟団が、全員同じ時間帯の記憶を失っていただろう? 今回の犯人もあれと同じ状態だ。彼の場合、起床した直後から護送車に乗ったところまでの記憶だけが、すっぽりと抜けている」
未解決部分を残す事件と同じだとは、ショッキングな話である。しかし、衝撃と感情に流されて情報をそのまま鵜呑みにできないのは研究者の性か。ローディはとっさに浮かんだ他の可能性を提示する。
「記憶喪失じゃなくて、言い逃れで嘘をついてるとか、あとは寝ぼけてたせいであやふやになってるとかではないんですか?」
一瞬後、リュシエールが満面の笑みになった。
「どれほどの役者であろうとも、私の眼の前では無力だ。記憶のあるなしに関わらず、虚偽の証言など一瞬で見破ってくれるわ」
笑顔なのに、目が笑っていない。怖い。
「うぅ、すみません」
迫力に圧されてじりりと後退したローディに対してリュシエールは、表情を軟化させて首を振った。
「いいよ。疑問があれば検証を試みるのは正しい。だが今回は断言できるから信じてくれ。どちらも、間違いなく第三者によって故意に記憶を消されている」
第三者――すなわち黒幕の存在をここまで言い切るということは、それだけの理由がありそうだ。ローディは背筋を伸ばして指揮官に向き直る。
「何がわかったんですか?」
リュシエールの表情が引き締まった。それとともに、周囲の空気がきりりと透き通る。
「説明する前に、まずは情報を整理しよう。ドラゴンに撃ち込まれた毒薬は解析不能。ヴィクスでもお手上げだった。だから私が、少々反則ではあるが、智の神殿におさめられている叡智と照らし合わせてみた。が、それでも正体を特定できなかった」
「えっと……智の神殿?」
聞いたことのない単語に首を傾げると、すかさずフォローを入れてくれたのはグレイだ。
「人間社会にはいまだに謎や未知とされている研究途中の事象がたくさんあるでしょう? それらも含めて神が創造したものを記録として保管されているのが『智の神殿』です。ワールドネットワークから接続できる架空図書館のようなものだと思ってもらえればいいかと」
「つまり、そこで調べればわからないことはない?」
「自然の摂理でしたらね」
「ってことは、確かに現象は存在してるのに、作った本人である神様にもわからないってこと? そんなのがありえるんですか?」
リュシエールへと問いを振ると、彼女は眉間を寄せた。ゆぅるりと首を振る。
「ありえない。だが、事実として私たちの目の前に突きつけられているんだ。しかも、同時にふたつもな。勘違い扱いもできん」
「ふたつ? ……あっ、記憶喪失も?」
「うん」
彼女が視線を振った先は、傍らに控えるグレイだ。視線で話の続きを促され、今度は彼が口を開く。
「興奮状態だった犯人を落ち着かせるために精神干渉魔法をかけたときわかったんですけど、彼の精神は歪められ、傷つけられてました。精神系魔法の残り香もありましたから、その類の攻撃を受けたことは間違いありません」
自然科学の話ならばどのジャンルでもだいたい把握できるが、魔法はさっぱりだ。ローディは片手を顔の高さまで上げた。質問権を求める。
「精神系ってのは、具体的にはどういう魔法なんですか?」
「大雑把に説明すると、気力をコントロールする水属性魔法ですね。強気になったり弱気になったり、やる気をなくしたり。そういう行動力に関わる機能に干渉して、強制的に変えるのが、精神系魔法です」
「つまりあの犯人さんは、誰かに魔法をかけられたせいでおかしな気分になっちゃったってことですよね」
「はい。犯行におよんだ理由はそちらで説明がつきます。ですが、精神系魔法……もっと言うなら水属性の魔法には、記憶を奪う技はないんですよ」
「えっ?」
ローディの驚愕に対し、グレイが真剣な眼差しで首肯する。
「記憶を司るのは風属性ですから。しかも記憶操作は、上級天使クラスにしか扱えないほど高度な魔法です。属性の相性を考えると、精神系魔法の使い手が記憶操作をおこなったとは考えられません」
「属性……。よく知らないんですけど、そこまで言い切れるくらい重要な要素なんですか?」
「生まれつき魔法を扱える種族は、属性によって得意分野と苦手分野が決まってます。それはどんなに努力しても一生変わりません。例外は、後天的に魔法を一技術として身につけた、人間の魔法使いだけでしょう。ですが、やはり先天的な魔法の使い手と比べると、威力も効果も劣っています」
グレイの話に頷くのは、同じく魔法を扱えるリュシエールだ。
「たとえばグレイは、堕天した水天使の父親を持ち、その血を濃く受け継いでいるから精神系魔法に敏感だ。行使することはもちろん、魔力を読むことにも長けている。反面、風属性の魔法が不得手でな。初歩中の初歩であるつむじ風すら起こせん。私も例外ではないよ。地属性だから水属性の魔法が使えない」
「へぇぇ」
「とてつもなく強い力を持つ者ならば、多少の融通は利く。だが私の知る限り、そんな存在は四天使長様方しか知らん。そんな方々ですら緻密で大がかりな魔法となると制御できないそうだから、『使えない』という考え方で問題ないだろうな」
「なるほど。そこまで徹底的なら、同一人物がやったって線は本当に除外してもいいかもしれませんね」
ローディは目を伏せた。思考に集中し、得た情報を吟味する。
考えられる可能性のひとつは、黒幕複数説だろう。属性の違う者たちが手を組んでいると考えれば、精神操作と記憶喪失の件は片がつく。それこそ、グレイの親が彼を連れ戻すために何者かと手を組んだという線も、なくはない。
もうひとつは人間の魔法使いであるという考え方だ。彼らには二千年近く人間社会の中で迫害されてきたという歴史を持つ。今もほとんどがメイフォリア大陸の奥地に隠れ住んだまま出てきていないらしい。一族の恨みが積もり積もって、と考えれば、同族とはいえ敵対心を持っていてもおかしくはない。人間社会を混乱に陥れようとする可能性は高いだろう。
だが、どちらも決め手に欠ける。さらに言えば、毒薬の件がネックだ。彼らを首謀者とした場合、『この世界に存在し得ないもの』を扱えた理由がまったく見えない。
(たぶん決定的に何かの情報が足りてないんだ。もしくは、考え方が根本から間違ってるか)
使えないはずの強力な属性魔法を扱えた理由。
存在しないはずの毒薬を渡せた理由。
利用した者たちから記憶の一部分だけを奪った理由。
これらがすべて繋がる線がどこかにあるはずだ。
神経をとがらせ、記憶の引き出しを隅々まで掘り起こし、考え、悩み――――、ふと脳裏に浮かんだのは、何年か前に読んだハイティーン向けフィクション小説。
(そういえば、『アウター』とちょっと似てるかも)
科学系フィクションという煽り文句に釣られて読んだそれは、タイムトラベルや異次元の存在といった、科学技術では実証できないものの完全に否定できるだけの論証もない、いわば『サイエンスオカルト』を題材にした小説だ。自称遙か未来からやってきた科学者に出会った主人公が、異次元世界から来た敵によって引き起こされるサイエンスオカルト事件を解決するというストーリーである。
話の展開も面白かったが、特に科学者が言ったひとつの台詞が大好きだった。今も一字一句正確に覚えている。
「目の前に存在する以上、そこには必ず原因があり、理論がある。『ありえない』だと? その思考こそがありえない。己の無知を正当化して何が面白いのだ、お馬鹿め」
「ろ、ローディ?」
目が点になったリュシエールとグレイの表情を見つけ、ローディは台詞をそのまま声に出していた自分に気づいた。慌てて手を左右に振る。
「すみませんっ。ちょっと関係ないこと考えちゃってましたっ」
似てはいても『アウター』は小説だ。作り話である。現実と空想を一緒にして考えるべきではない。
もちろん現実の学会に、知識のひとつとしてサイエンスオカルトが存在していることは事実だ。頭ごなしに否定するのは、作中の科学者曰く『お馬鹿』の所行だろう。それでも、似ているからという理由で可能性の筆頭にあげるのは、論理的に考えて奇想天外すぎる。せめて証拠がいる。誰の目にも明らかな証拠が。偶然の産物では意味がない。
ローディは思いつきを腹の内に隠し、おとがいを掻いて苦笑する。
「あれこれ可能性を考えてるうちに、思考が脱線したみたいで。すみません」
「む、そうか。この私に向かって上から目線で説教してきたのかと思って、ちょっと驚いたよ」
――なぜだろう。釈然としないものを感じる。
「リュウさんの見下し口調がいつもぜんぜん嫌味に聞こえないのも、けっこう驚きなんですけどねぇ」
ほのかな棘に対し、
「当然だろう。だって私は天使だもの」
胸を張ってさらりと断言され、ローディは疲れのようなあきらめのような感想を含んだ笑いをこぼした。やはり、数えるのも馬鹿馬鹿しいほどの年上が相手では、つっかかるだけ無駄らしい。脱力しかけた背筋を伸ばし、本題の軌道修正を試みる。
「科学的アプローチから記憶操作する方法も、ないわけじゃないですよ。ただ、今はまだ臨床試験どころか机上の空論レベルです。実際に使えるとは思えませんけど、僕の専門から外れてるから、知らないだけってパターンがなきにしもあらずかな……。ちょっと気をつけておきます」
「そうか。頼む。薬物の件は、闇ルートも含めてヴィクスが探りを入れてくれている。私たちも、魔法の観点から模索してみよう。この先、再び似た事件が起きる可能性はかなり高い。早めに敵の尻尾を掴みたいものだな」
「はい」
一拍ののち、リュシエールの表情が軟化した。いつもの微笑が楽しげに輝く。
「それにしてもすごいな、ローディは。確かにうまくいく予感がしたから指揮を任せたんだが、ものの数分で立てこもり事件を解決するなんて。世界中の記録を集めてみても最短時間じゃないか?」
頭の芯がぐらりと揺れたのはきっと気のせいではないだろう。疲れがぶり返したように感じるのも、絶対に気のせいではない。ローディはなんとなく泣きたくなりながら、両の手を拳にした。
「リュウさぁんっ。お願いですから心臓に悪いことをいきなり命令するのはやめてくださいよぅ! しかも朝に! 僕、朝はほんっっとうに弱いんですってばぁ!」
「あぁ、はいはい」
「今のは僕にもわかりましたよっ。聞き入れる気ゼロですねッ?」
「ん? 何のことだ?」
「やっぱり無視するつもりだ~っ!」
リュシエールにとぼけられ、グレイに笑われ、ジオラルドに首を傾げられながら、ローディは両手をぶんぶんと振って抗議を続ける。
もちろん、完全拒否されるまで、数分もなかった。




