最初の一歩-1
ローディは精密ドライバーを作業机の上に転がすと、前屈みだった体を背もたれに投げ出した。
「でーきたーぁ!」
腕と足を伸ばした反動で椅子が回転し、視界にジオラルドの姿が入ってくる。研究室の片付けをしていたらしい彼が、集めた資料本を置いてから体ごと振り返った。
「終わったのか?」
「ふっへっへっへっへっ」
ローディは音を立てて床を踏みしめ、立ち上がる
「脳みそをこねくり回し、試行錯誤を繰り返すこと一ヶ月半っ。ついにプロトタイプが完成したのだよジオラルドくん! 見よっ! これが、遠隔ターゲッティングシステム内蔵ドットサイトだぁーッ!」
モノクル型ヘッドマウントディスプレイと改造ドットサイトを高々と掲げたローディは、贈られるジオラルドの拍手に、うんうん、と鷹揚に頷いて応える。そうして、会心作に緩みっぱなしの頬をすり寄せた。
「最近やたらと事件が起きて忙しかったから、一時は完成できないんじゃないかって思ったよぉ。あー、形になってくれて良かったぁ。これからいっぱいテストして、もーっとかっこよく改良してあげるからね、マキシム~」
前々から決めていた名前をドットサイトに付けたところで、我に返った。自分の台詞で現実に戻るとは間抜けな話だが、ここは脱線が短時間で済んだことを喜ぶべきだろう。ローディは急いで作業机に向き直った。
「そうだよそうだよ。完成したわけじゃないのに、呑気に喜んでてどうするのさ。さっそくテストしなくっちゃ。ねぇジオー、射撃場って空いてるぅ?」
机の上にたまった荷物の中から目当ての物を掘り出しつつ背後へ問いを振ると、
「やる気になっているところ、申し訳ないのだが――」
いつも打てば響くように返るジオラルドの答えは、ローディの求めるものでなければ具体性もないものだった。道具をかき集める手を止め、躊躇とも呼べる言葉を選んだアンドロイドを振り返る。すると、ジオラルドはこちらに顔を向けたまま壁を指差した。
「正規の就業時間はもうすぐ終わる」
脳が言葉と現状を結びつけるまで、一秒。
「えぇぇ、うっそぉ!」
思わず叫んでジオラルドの指差す先を見てみれば、壁掛け時計が十八時の一分前を指していた。窓へと顔を向けると、外は赤みを帯びる時間帯を通りすぎ、暗くなり始めている。しかも室内の照明がついていることに今気づいたのだから世話がない。
「うわぁ……。さすがに今から射撃場の使用許可を申請するのは迷惑だよねぇ」
軍部は二十四時間体制で動いているといっても、さすがに事務系統は話が別だ。定時が来たら必要最低限を残して閉めてしまう窓口に、緊急でもない用件を持っていくのは、研究意欲と好奇心をもってしても気が引ける。ローディはヘッドマウントディスプレイとドットサイトを机に置いた。
「しょうがないか。テストは明日にしよう。ジオ、明日って何か予定が入ってたっけ?」
アンドロイドを振り返ると、彼は即座に頷いた。
「リュウにおこなう定期報告の一日前だ。書類作成の必要があるならば、その作業を最優先とすることを推奨する。また、十時より軍部の第二演習場にて新型パワードスーツのテストがおこなわれる。演習場はここから距離があるため、見学するならば通常よりも早めに出社することを提案する」
「うっ。ど、努力はする」
「努力する姿勢は重要だが、この場合は結果に結びつかなければ無意味だ」
「うぅぅ……。ジオ、明日ちゃんと起こしてね~」
「了解した」
大きな首肯が、ひじょうに満足げである。その様はまるで、感情を持っていないアンドロイドが『自分の主張を押し通すことができて嬉しい』と言っているかのようで――
ローディは、体ごと彼から目を逸らした。下腹をさすって痛みにも似た感慨をごまかし、のろのろと机の上に散らばったままの部品や工具を集める。
(まいった……)
ジオラルドは優秀だ。間違いなく。誰に訊いたとしてもある程度の肯定が返ってくるだろう。しかし、
(初めて逢ってから半年。ってことは、起動してから一年か。どう考えても学習速度が異常だよ)
彼の言動に気味悪さを感じるようになってきたのは、ここ一、二ヶ月くらいだろうか。間違いなく無表情だというのに、時折感情的であるように見える。もちろんローディの思い込み、主観によるところは大きいだろう。しかし自己学習によって得た言葉の紐付けが影響していることは想像に難くない。少なくとも彼の中では、『ローディに対して強く意見することが許されている』程度の判断基準と、自分の意見を採用してもらうことへの達成感くらいは形成されているはずである。
完全な自己判断による、感覚的情報選別。
それは、自我という名の、人工物が持つわけがない、持ってはいけない、越えてはならない一線に、限りなく近づきつつある証拠としか思えなかった。
(まいったなぁ。何もここまで育たなくても良かったのになぁ)
最初の頃は良かった。優秀だ、で済ませて面白がっていられたうちは。しかし今は、AIがおこなう高度な反応を見せられるたびに嫌な推測が頭の片隅をちらついて離れない。
ローディは、喉の奥で嘆息を殺す。
(暴走アンドロイドか……。まだまだ可能性の段階だけど、さすがに現実味を帯びてきたな)
出逢った当初こそ、なぜこんなに優秀なアンドロイドを廃棄処分にしようなどと考えたのかと憤ったが、軍の判断はあながち間違っていなかったのかもしれない。
ジオラルドと同型のアンドロイドは皆、機械然としている。アンドロイドとは、人工知能とはこういう物である、という枠から外れている個体は見当たらない。明らかにジオラルドのAIだけが特殊な反応を見せているのだ。
体構造に欠陥はない。AIはほかのG型アンドロイドに搭載されてるものと同じ。運用場所も状況もほとんど変わらない。にも関わらず、ジオラルドにだけ差異が生まれた。その原因はいまだに不明である。
技術者であるローディですら把握できない物を、軍人がまともに扱えるわけもない。人の手に余る物を不良品として処理しようとしたのは、一種の安全対策として当然だ。
(……当然、か)
己の思考が導き出した言葉で、胸の奥がちくりと痛んだ。そして痛みは、思い出したくない記憶を勝手に引きずり出してくる。
《ローディくんって、なんか変》
あの言葉を言われたのは、六歳の時だったか。好きな女の子の気を引きたくて、その子に自分と同じ物を好きになってもらいたくて、当時人気があった戦隊シリーズもののアニメ番組に出てくるロボットとその基地の構造を熱心に話したことがあった。結果はもちろん、推して知るべしだ。小さな女の子がロボットなどに興味を持つわけもなく、つまらない話を延々と聞かされて「素敵な人」だと思うほうがおかしい。今となっては、笑って話せる子供の頃の馬鹿話である。
ただ、あの子に言われた幼いがゆえのストレートな言葉は突き刺さった。棘はいまだに抜けず、あれ以来、年を重ねるごとに他人との間に見えない壁を感じるようになった。
『常識』から逸脱したものは、往々にして拒絶される。
平凡な人間を装っていても、異質な者は見抜かれ、拒絶される――
――プルルルルッ。
「ぅわぁっ?」
突然近くで鳴った電子音に驚き、ローディは手に集めた部品を床にまでばらまいてしまった。
いつの間にかどっぷりと思考の海に沈没していたらしい。呆れと疲れの嘆息をするとローディは、散らばった部品を無視して鳴り続けている電話機に手を伸ばした。
「お待たせしましたー。科学技術局開発課、第七研究室です」
《お疲れ様です。本館ロビー受付の、メイビルと申します。失礼ですが、ワイズさんでよろしいでしょうか?》
受付嬢、しかも本館のとは珍しい相手だ。内心で首を傾げつつ、話を繋げる。
「はい、そうです。何でしょうか」
《こちらに、アスカ・チャールトン様という方がお見えになっております。ワイズさんにお会いしたいとのことなのですが、いかがいたしましょう》
(……アスカ? チャールトン? そんな名前の人、知り合いにいたっけ?)
今度は物理的に首を傾げつつ記憶を探ってみたが、やはり該当する人物は思い出せない。
「えーと、ちなみにご用件は?」
《以前お世話になったお礼をしたいとのことです》
(うぅーん。お世話になったことならいっぱいあるけど、誰かのお世話をした覚えはまったくないなぁ)
これはいくら考えたところで答えは出なさそうだ。あきらめて、電話の向こうに意志を伝える。
「わかりました。これからそちらに行きますんで、待っててもらってください」
《かしこまりました。失礼いたします》
「失礼しまーす」
受話器を下ろすと、ローディはPPCに手を伸ばした。パスワードロックをかけてから閉じ、携帯端末と一緒に鞄にしまう。
「ジオ。僕にお客さんが来たみたい。その人と会ったらそのまま帰るから、きみも適当なところで上がっていいよ」
背中越しに話しつつ鞄を左肩に引っかけ、薄手の上着を羽織らず手で持った。そしてイヤフォン型通信機を右ポケットに入れる。
「消灯と施錠、よろしくね」
「了解。お疲れ」
「お疲れ様ー」
目も合わせずに挨拶だけを残して、研究室を出る。
ドアを閉めた途端に、こぼれたため息。
嘆息した自分に対する嫌気がよぎったが、歯を食いしばって腹の底に押し込め、ローディは廊下を歩き出した。




