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Diamond  作者: 神希
Mission06
25/41

最遅と最速-4

 バイクで走っている最中はいいが、さすがに止まると長袖は暑い。ローディは降りるとすぐにデニムシャツを脱いだ。取ったヘルメットとまとめて小脇に抱え、片手で煽いでわずかながら涼を取る。そして、周辺に集まっている好奇心丸出しの人々を横目に見やった。

 現場は騒然としている。張り巡らされたロープの前には大勢の警察官たちが並び、近寄ってくる一般人を無言ながらに牽制しているのだが、いかんせん、オフィス街での事件である。出勤時間帯にかかっていたのが大きいらしく、野次馬は増える一方だ。そのうちマスコミも押し寄せてくるだろう。時間が経てば経つほど騒ぎが大きくなるのは間違いない。


(これは早めに片付けないとまずいかもねぇ)


 ローディはあきらめにも似た覚悟を決めると、前へ足を進めた。軽い謝罪とともに人波をかき分け、ロープに近づく。と、


「きみ、ここから先は立ち入り禁止ですよ」


 手前で制止の声がかけられた。聞こえてきたほうに顔を振れば、一人の警察官が近づいてくるところだ。


「危険ですから下がってください」

「僕たち、関係者です」


 取り合わずに写真付き身分証を見せると、警察官の顔がぎょっと固まった。その隙に脇をすり抜け、バイクを押すジオラルドと一緒にロープをくぐる。


「ジオ、バイクはその辺に停めさせてもらいなよ」

「了解」


 軍用車たちの横にバイクを並べにいく彼を背にしてローディは、現場の状況をその場で見渡した。

 さすがに軍人はローディたちの顔を知っているらしく、中に入ってしまうと止める声はなかった。こちらを窺う様子はあれど、すぐに準備作業へと戻る彼らに動揺はない。さらに奥へ視線を伸ばすと、せわしなく行き交う軍人たちの中、通信機器を積んでいる高機動車とおぼしき車の前で話している三人が見えた。遠目にも三十代から四十代とわかる。指揮官は彼らの中の誰かだろう。

 手ぶらになって戻ってきたジオラルドを見、ローディは歩き出した。足早に『作戦本部』へと近づく。


「おはようございまーす。お話し中にすみません、責任者さんっていらっしゃいますか?」


 一斉に気むずかしい顔が振り向いた。しかも明らかに、ローディを見て気むずかしさがグレードアップした。――リュシエールはこの人たちをこき使えというのか。彼らの上に立つ自分の図がさっぱり想像できないのだが。

 思わず「うわぁ」とうめいたローディは、情けない顔になっているだろう表情筋を意識して動かし、笑みを作った。ポケットから再度身分証を出し、提示する。


「OWBstのローディ・ワイズです。現場責任者さんはどなたですか?」


 大人たちは戸惑いと不快感を見せつつも、一様に同じ方向を振り返った。視線の先にいたのは三十代中頃の男性だ。


「責任者は私だが、何か用か?」


 男性の右胸についているネームプレートを素早く確認する。カークランド大尉。年齢と階級を考えると、おそらくはエリート組だろう。堅物そうだ。

 第一印象が固まったところで、ローディは重い気分のまま用件を切り出した。


「ドライアード弾使用許可の話は来てますか? あと、それに伴ってOWBstに指揮権が移ること」

「ああ」

「ええと、急遽リュシエールさんの代役で、僕が現場指揮を執ることになりました。ご協力よろしくお願いしまーす」


 途端に、しかめ面がよりいっそういかめしくなった。言い分は「部外者、しかも子供がしゃしゃり出てくるな。腹立たしい」あたりだろう。

 彼の感情も立場もわかる。しかし、こうしている間にもギャラリーは増える一方だ。立てこもっている犯人の精神状態も悪化していく。つまらない押し問答は、本当に時間の無駄でしかない。

 ローディは、軍人たちから伝わる不快感も己の苛立ちも意識から捨て消した。後部ドアが開いたままになっている高機動車に行き、シャツとヘルメット、そして鞄を端のほうに置かせてもらいつつ話を進める。


「僕たちの銃とドライアード弾をください。それと状況についての情報も。ジオ、犯人の位置は把握できる?」


 振り返り問うと、ジオラルドはすぐに頷いた。


「現在、カルドレンス・ビル三階中央付近に生体反応がふたつある。どちらも静止したままだ」

「オッケー。そのまま様子見ててよ。動く気配があったら教えて」

「了解」


 現場だろう五階建てのビルに体ごと向いたジオラルドに遅れること十秒。軍人たちがようやく動き出した。一人がその場を離れ、カークランドは手に持っているバインダーをローディに差し出してくる。


「立てこもり犯は、キーツ・バレッド、人間年齢二十二歳。種族はオーガだ」


 オーガは体格が良くて体力もある、頑強な種族のひとつだ。それもあって実戦臨床試験の許可が下りたのだろう。


「犯人はカルドレンス・ビル三階に入っている株式会社テクノシアの社員で、同じく社員の人間女性を人質にしている」


 ファイルを開き、見ると、カークランドが話した内容以外にも、外見の特徴や性格に関するデータがまとめられていた。

 社員から訊き集めたのだろう情報によると、普段の彼は真面目な勤務態度だったようだ。頭がいいタイプではないが、地味な作業をこなす忍耐力がある。頼み事には喜んですぐに対応する。しかし並んでいる単語からすると、好青年というよりは下僕根性、あるいは他者依存に近いものだったと思われる。これらを総合するに、犯人は『臆病』な気質で、何かのきっかけによって『キレた』のではないだろうか。しかし、これだけの情報では人物像の完全把握には不足だ。


「犯人から要求はありました?」

「逃げることができた他の社員たちの話によると、出勤するなり突然人間に対する不満を口にして暴れ始めたらしい。要求らしい要求はなかったようだ」


 話を流しかけてローディは、我に返った。書類からカークランドへと目を移す。


「え、ほかの社員さんと何かあった、とかじゃないんですか?」

「ああ。そこは俺たちも不思議に思っていたところだ。社員同士のトラブルの線は薄いとなると、何らかの違法薬物か、それに近いものの影響だろう」


 ローディは唇を引き絞った大人たちから目を逸らし、犯人が立てこもっているビルと、それを見張るジオラルドの背中を見やる。


「……う~ん……」


 自分の喉の奥から、うめき声が漏れた。

 ひとことで言えば納得がいかない。もうひとこと付け加えるならば、論理性を認められない。

 情報を脳の中で転がしながら、確定している疑問を上げる。


「物を壊したり人質に暴力を振るってたら、三階からでも音が聞こえてきそうなのに、静かですよねぇ。薬物なり何なりで正気を失って暴れた人が、ほとんどの社員が逃げたら屋内でじっとしてるって、なぁんか変じゃありません?」


 疑問を感じる点は他にもある。


「それに、通勤手段が車か電車かは知りませんけど、道中で暴れたほうがもっと大事になって、注目を浴びることができるじゃないですか。馬鹿でもそれくらいわかりそうなものなのに、どうして自分の会社なんていう閉鎖空間で暴れたんでしょうね。薬物の効果が出たのがちょうど会社到着時だった、って可能性もあるけど、やっぱり違和感ありますよ」


 振り返ると、大人たちの目が変わっていた。ローディに対する個人的感情が消え、軍人としての責任感が表に出ている。


「少なくとも錯乱状態にはない、ということか?」


 返った意見もまっとうなものだった。やっと有意義な話し合いができそうだ。ローディは彼らに向き直った。


「まだ憶測の域を出ませんけどね。公共の場所じゃなくて会社で暴れ出したってとこに、何かしらの意味や不満や要求がある気はします」

「大尉、投降を呼びかけてみますか?」


 部下の提案に、カークランドが首を振る。


「待て。犯人を刺激することになる。説得失敗に陥った場合の作戦を決めてからのほうがいい」

「ですね」


 ローディは同意して、


「ちなみに出口と階段とエレベーターはどんな感じですか?」


 ビルを指すと、情報はすぐにもたらされた。


「出口は正面玄関と裏口が一箇所ずつ。階段はビル裏手の非常階段のみ。エレベータは定員六名のものがひとつ設置されている。窓は通りに面しているもの以外は小さいから、大人の人間はもちろん、オーガの巨体では確実に出入り不可能だ」

「ってことは、正面玄関から出てくるか、裏口から出てくるか、部屋の窓を突き破って出てくるかしか、ないわけですね」


 不意のタイムラグ。


「お前、何を考えてるんだ?」


 視線を上げたそこにあったのは、不気味なものを見る目。思い込みと偏見でローディを見ている目だった。これは、勘がいいと褒めるべきか、失礼だと怒るべきか、微妙なところだ。

 カークランドの向こうに、先ほどこの場を離れた軍人が近づいてくるのが見える。手にアタッシュケースを持っているのを見て、ローディはカークランドに向かってにっこりと微笑みながらバインダーを返した。


「僕が交渉に立ちます」


 またもワンテンポ遅れて、大人の眉が吊り上がった。


「そっ、そんなことを子供に任せられるか!」

「文句は、会議があるからって指揮権を僕に押しつけたリュシエールさんと、会議をすっぽかしていいって言わなかったエイムズ局長にお願いしまーす」


 とぼけて体ごと目を逸らし、やってきたアタッシュケースを受け取った。中に入っていたのは拳銃二丁と狙撃銃だ。そして深い緑色に輝くメタリックカラーの銃弾、一ケース。


「ジオ」


 呼び、振り返る。


「犯人は相変わらずじっとしてる?」


 返ったのは頷き一回。


「人質と犯人の生体反応がごく近いことから、犯人が人質を拘束していると推測する。しかし危害を加えている様子はない」

「周囲の様子は?」

「現場ビルおよび隣り合ったビル内に、犯人と人質以外の生体反応がないことを確認した。あとは、懸案事項に当てはまるかわからないが、現場の半径一キロ圏内にごく微量の魔力反応が見られる」


 魔力とは魔法使いだけが持っているものではない。様々な魔法生物や魔法物質が存在するように、自然界にごく当たり前にあるものだ。しかし、ジオラルドがわざわざ報告してきたということは、自然現象にしては不自然な数値を出しているということなのだろう。とはいえ、ごく微量であるとの言葉もあった。そのまま受け取るならば、事件現場に直接干渉できるほど大きな魔法は使われてはいないはずである。


(マスコミか好奇心丸出しの馬鹿あたりが、覗き見しようとしてるのかな。趣味が悪いね)


 気に食わないが、警戒する必要もない。そう判断して、ローディは頷いた。


「わかった。監視ありがと。銃が来たから、準備しよう」

「作戦は決まったのか?」

「うん」


 ジオラルドを加え、ローディは軍人たちに向き直った。まだ胡乱げな目をしている彼らの感情は無視して作戦案を述べる。


「まずはビルの屋上と裏手に狙撃班を配置して逃走を防ぎます。表側にも、犯人確保に失敗した場合ギャラリーに突っ込まれたら困るのである程度の人数を残してください。そしたら、僕がマイクで説得交渉してどうにかします」


 大尉以下、軍人たちの表情は渋い。

 軍隊において、上から下された命令は絶対だ。『指揮系統をOWBstに渡して指示に従え』と言われたならば、そのまま遂行するべきである。だが、指揮を執るのが成人前の子供で指揮未経験となれば、『被害なしで犯人を逮捕する』という誇りと責務をクリアする自信が出ないのも理解できる。

 このまま強引に進めることもできるが、効率は落ちるだろう。時間を代償にして説得を試みる価値はある。

 ローディは気を取り直して三人の大人たちを正面に見据えた。


「子供である僕が交渉に立つメリットはあります」

「何だ」

「ほぼ確実に、犯人はあらゆることに油断します。もっと言うなら、侮ってきます。僕の射撃技術が公安軍トップ・ファイブに余裕で入るなんて思わないでしょうし、交渉相手としても、大人である自分のほうが知識も経験もあるから有利だって、無意識の決めつけが働く。でしょ?」


 からかう調子で問うと、カークランドの後ろにいる二人が苦った。

 ローディは肩をすくめて己の発言を茶化す。


「僕につけいる隙があるように見えるんなら、こっちのペースに引きずり込むための餌になりますよ。だから、ものは試し、ってことで」

「しかし……」


 渋る大人たちに微笑み、拳銃に手を伸ばした。弾倉を抜き、そこに自身が開発した弾を丁寧に込めていく。


「僕は軍人じゃないし、軍隊を指揮する勉強なんてしたこともないただの技術者ですけど、人質を無事に救出して犯人を逮捕しなくちゃいけないことくらいはわかってます。だから、たぶん大丈夫ですよ」

「たぶんじゃ困るっ」

「え~。それじゃあ、ん~っと……」


 いったん手と口を止めて、大人を納得させられるだろう理由を探す。

 見つけたのはすぐだ。ローディはカークランドに顔ごと向き、胸を張って口を開いた。


「損得の問題でも、失敗したくない理由があります」


 言い切ると、たっぷりいぶかしんだあとで促してきた。


「何だ、それは」

「今回のミッションでのいちばんの目的は、僕の場合、ドライアード弾の実戦における臨床データを取ることです」

「つまり犯人に弾を撃ち込めればいいってことだ。そこに人質の安全は含まれてない」

「そんなことないですよ」


 ローディは再び手元に視線を落とした。弾の装填を続ける。


「首尾良く犯人(モルモット)からデータを取れたとしても、犠牲者を出しちゃったら、次回『実戦でデータを取らせてください』って言ったとき『前回失敗したじゃないか』って渋られるのがオチでしょ? さすがにそんな理由で最高の条件を逃すのは馬鹿馬鹿しいですもん」

「最高の条件? 現場がか?」

「はい。合法で人体実験できる環境、ほかにあります?」


 心の底から断言して、弾を入れ終えた弾倉をグリップ下部から勢いよくセットした。手に響く硬い手応えが、心地良い緊張感とともに興奮を煽る。


「その辺の研究施設なら倫理観だの安全性だのを理由に臨床実験が遅れに遅れるところが、こーんなに正々堂々とできちゃうんだからたまりませんよねぇ。そりゃ頑張りたくなっちゃうってもんですよ、うひひっ」


 口を半開きにしたまま固まった周囲をあえて無視して、ローディは隣に立つ人影へと顔を向ける。そのまっすぐな赤い目を見やるなり、アンドロイドが待ってましたとばかりに体ごとこちらへ向き直った。

 その姿勢はあくまでも無表情、無感動。ゆえに、過信することなく卑下することもなく、自身とローディの能力をひたすら冷静に認識しているのが手に取るようにわかる。何とも言えない感慨で、頬を緩めずにはいられない。


「ジオにはめいっぱい頑張ってもらうから、よろしくね」


 ローディは自ら弾を込めた拳銃を、力強く手渡した。


「うへへ」

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